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マリスレギオン  作者: シエン@ひげ
第3章 ネフィア
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Last episode 燃え尽きた境界線

 サンタイトの城が燃えた。

 この情報は瞬く間に大陸に広がり、魔物たちの耳に入るのも時間がかからなかった。知性を持つ魔物たちは囁き合う。


「サンタイトが堕ちたそうだぞ」

「人間たちの内紛か?」

「わからん。だが、暗黒大陸にのさばっていた冒険者共も続々と帰還しているらしい」

「……我らの楽園を取り戻すのなら、今しかないわけか」


 この事件をきっかけとして、暗黒大陸の防御は手薄に。人が少なくなった機会を見計らい、大勢の魔物たちが暗黒大陸に上陸していた人間い襲いかかった。結果、勝利したのは魔物側。暗黒大陸は再び魔物たちの住処となる。

 当然ながら一度は奪った土地だ。人間側も再び暗黒大陸を取り戻そうと抵抗するが、勇者一行という絶対的な力を削がれた人間側に勝ち目などない。次第に追い込まれ、暗黒大陸から再び魔物たちの襲撃を受けるまでそう時間はかからなかった。


 サンタイトの城が燃えて1年の月日が流れた。

 かつてゼナと呼ばれたエルフの少女は、この混沌とした大地を歩き続ける。目的地などない。理想もない。それらが燃え尽きてしまった今、彼女が求めるのは安息の二文字だけだった。


「……ふぅ」


 煮えたぎるような暑さからフードで肌を守りつつも、額に溜まった汗をぬぐう。太陽を睨めつけつつも周囲を見渡すが、どこにも休息がとれそうな場所はない。

 この1年で人間と魔物の戦いは激化する一方だ。ぶつかりあう戦力は次第に大地を削り、水を干上がらせ、作物すら育たない大地へと変貌していった。かつては人間の欲望が詰まったサンタイトも、今ではすっかり枯れ果ててしまっている。

 こんな水のない大地で、いつまで戦い合うつもりなのだろうか。

 ゼナは思う。主とドラゴニュートの娘も、まだ戦っているのだろうか、と。


 サンタイトの城が燃えた時、ゼナは主の言葉を守って城下町から出ていた。

 遠くの草原から城の様子を眺め、彼らがどうなったのかを見るつもりでいたのだ。その結果、城は燃えた。ネフィアが死んだとの噂を聞いたのはその後のことだ。

 だが不思議なことに、彼女を殺した人物がどうなったのかまでは聞いていない。


 短い間だが、共に過ごしてきたゼナは確信していた。

 彼らは次の復讐へと向かったのだ。乾く事のない憎しみを潤す為に。次の獲物である精霊を仕留める為に。

 ゼナには彼らを止める術はない。言葉は届かなかった。ならばもう、彼らが満足するまで走らせるしかないだろう。サンタイトは彼らの憎しみに潰されて再び戦乱の世となった。そうやって後先考えずに走り続けるといい。振り返った時には、こんな砂漠しか残らないのだから。


 ゼナは歩く。

 行くあてもない。

 会いたい人もいない。

 理想と考えた光景は砂漠へと変わり果てた。


 瞳には果てのない地平線だけ。かつての主とドラゴニュートの娘よ、お前たちの旅路に呪いあれ。

 他者を厭わず、弱きを助けない勇者に呪いあれ。

 これが望みだったというのならば精霊よ、お前にも呪いあれ。


 この大地はお前たちのせいで燃え尽きた。いつかきっと報いを受けるといい。

 できればもう、二度と出会いませんように。

 そう願いを込めて、エルフの少女は砂漠の果てへと消えていった。









 サンタイトにおける勢力図がまた崩れた。一時は人間が優勢だったが、ある時を境にして魔物がまた勢いを伸ばしてきている。この状況は精霊にとってあまり好ましくない。


「状況が一変するのは厳しいでしょうね」


 普段、天使と呼ばれている青年が淡々と報告する。

 サンタイトでは精霊と呼ばれている存在は相変わらず部屋の奥から出てくる気配はなく、ただ忙しげにパソコンのキーボードをたたく音だけが聞こえていた。

 だが、天使は精霊の言葉を待つことなく報告を続ける。

 

「魔物の勢力図ですが、現在は幾つかの派閥に別れているようです。対して人間の勢力は主力であるサンタイトが打撃を受けたがために統一が取れずにいます。サンタイト国王が城と共に燃え堕ちたのは大きいでしょう」

「どちらかというと、勇者一行が死んだのが大きいだろうね」


 今まで静かに報告を受けていた精霊が部屋の奥から声だけを投げかける。相変わらず姿を見せるつもりはないらしい。


「ネフィア達がシンドーに殺され、人間側は勢いが削がれている」

「やはりシンドーを消しかけたのは早計だったのでは?」

「いや、そうでもないさ。彼が死んだお陰で私のレポートは一歩前進した」


 言われ、天使は白い目を精霊がいるであろう部屋へと向ける。


「サンタイトで死んだ人間に関する資料ですか」

「ああ。あの空間で得た技量が現実でもある程度使えるのはわかっていたからね。後はゲーム空間『サンタイト』で死んでしまったらどうなるのかが知りたかった」


 天使は視線を僅かに横へと逸らした。

 そこにはベットに横たわる青年の姿がある。白い布で覆われ、二度と動かなくなった後輩――――進藤・要の遺体がそこにはあった。


「進藤はやはり蘇生しなかったのですね」

「ああ。サンタイトでゲームオーバーを迎えた時、彼の心臓は鼓動を止めた。正真正銘、サンタイトは死のサバイバルゲームであることが証明されたわけだね」

「嬉しそうですね」

「君は嬉しくないのかい。君が作り上げた世界じゃないか」

「設計したのはあなたでしょう」


 確かにサンタイトを作り上げたのは天使だ。友人と別世界を作り上げた経験を買われ、この『精霊様』の仕事の手伝いをしている。だが、それは決して大学の後輩を死に追い詰めるためではない。


「私はサンタイトの実権を通じて世界の境界線――――ゴミバコの秘密を探れれば良いと思っていました」

「秘密は探れた。進藤君が進んで穴を探り当て、私たちが作ったサイ・ゲルパに足を踏み入れてくれたのだからね」

「踏み入れた? 踏み入れらせたの間違いでしょう」


 天使は進藤の枕元に置かれているヘルメットのような装置を一瞥しながら、抗議する。


「確かにシンドーは進んでサンタイトの調査に乗り出した。だが、勧めたのはあなただ」

「私は強要していないけどね」

「同じことだ。進藤はあなたを崇拝していたのだから」


 教師と生徒。彼らを一言で表すのなら、これに尽きる。だが天使から見て進藤の『精霊様』に対する信頼は気味が悪い程厚かった。


「彼を仕向けたのではないですか? まだ未知の世界だったサンタイトに向かわせるようにした」

「天使君はなにが言いたいのかな」

「ハッキリさせておきたいんですよ。サンタイトを作った理由を」


 天使は疑問に思う。

 サンタイトを作ったのは自分だが、具体的にどのような世界を作り出すかは精霊が――――大学教授が考えたことだ。天使は当初、サンタイトは増えすぎた人類を受け入れる土地として活用する為のサンプルケースだと聞いていた。だから実験としてサンタイトに誰かが入らなければならないのも理解していたし、サンタイトに生きている生物とコンタクトを取ってみるのも大事だ。

 無論、サンタイトの中で死んでしまったらどうなるのかも。


「だが、冷静に考えればサンタイトは私たちが作り上げた世界と違って、誰でも入れるわけじゃない。現実世界とサンタイトの間には時空の境界線がある」

「君がゴミバコと呼んでるアレだね」

「はい。ですがあなたは、誰かが住む前にサンタイトを整理したいと仰った」


 すなわち、サンタイトを牛耳る魔物たちの殲滅。誰かが進んでこれをやってくれないと、人間が住める土地ではなくなってしまう。これでは研究の意味がない。

 そこで手を挙げたのが同じ研究室の後輩である進藤・要だった。


「サンタイトを『体験』するため、進藤は仮想空間を通じてサンタイトに足を踏み入れた。だが、あなたはそこに仕掛けを施していた」

「折角別の世界を体験するんだ。もっとリアルな体験をするべきだろうと思ったまでだよ。VRMMOを使ったゲームさ」

「記憶を失わせてまでやることだったのでしょうか」


 幸か不幸か、サンタイトの人間にはこちらからメッセージを送る事が出来た。精霊像を通じて、精霊として喋る事で進藤プレイヤーを勇者として誘導させる。

 記憶を失った進藤は疑問を抱いていたようだが、これが精霊のカラクリだ。


「わかっていないな、天使君。進藤は私たちの研究を知った上でサンタイトに足を踏み入れたんだ。つまり、あの世界が作り物――――まがい物だと気付いているんだよ。それじゃあいけない。あの世界の魔物たちを葬ってバランスを調整するには、ゲーム感覚じゃなくてもっと真剣になってもらわないといけないんだ。だから彼には本物の勇者になってもらったんだよ」

「結果的に、消しかけたのは?」

「さっきのレポートの通りさ。サンタイトの中で死ぬとどうなるのか、実験しておきたくてね」


 つまり、こういうことだ。

 ゲーム感覚でやられると困るから、真剣に魔物退治をしてもらいたい。だからサンタイトという仮想現実にインする際に頭を弄り、記憶を失わせた。真剣に勇者として活躍させる為に。

 だが同時に、サンタイトにインした状態で死んでしまうとどうなるのか、とても興味が湧いた。


「だからネフィア達に提言したんだ。シンドーがサンタイトを滅ぼすぞ、とね」

「……結果は、ご期待に添えれるものでしたか?」

「あー、その答えは少し難しいかな」


 教授は憂鬱そうな声を出す。進藤のことなど忘れているのか、サンタイトを使った目的のことしか頭にないのか、悲しみの色はまったく感じなかった。ただ、この先どうするかしか考えていない様子である。


「サンタイトを作ってくれた天使君には悪いんだけどね。この世界って、お金を稼ぐためのものなんだよね」

「どうだと思いましたよ。当初聞いてた話とは随分と食い違ってますから」


 そもそも人類が住む土地を確保する為に新しい世界を作ったのなら、仮想シュミレーションなどで精神を世界に移す必要はない。穴の研究を進め、直接足を踏み込めばいい話ではないか。天使は以前から提言していたが、毎回却下されていた。


「あなたの目的はサンタイトを使っての金儲け。たぶん、大勢の人間に新しいヴァーチャルリアリティ空間ですとでも銘打って、荒稼ぎするつもりでしたか? サーバーの代金とかかかりませんしね」

「少し違うかな」


 精霊は隠す気はないらしい。

 天使と呼ばれる学生が共犯者だからなのか、やや饒舌に語り始めた。


「サンタイトを造るにあたって、スポンサーがいるんだ。どこかわかる?」

「どこかのコンピュータ会社ですか?」

「軍だよ」

「軍!?」

「そう。軍隊」


 スポンサーの正体を知った瞬間、精霊は走り出す。

 彼はドアを力強く開け放つと、中で作業をしている年上の女性――――精霊を睨みつけた。


「軍とはどういうことですか!?」

「そのままの意味さ。サンタイトは訓練場として用意された舞台。わかりやすくいえば、トレーニング施設なのさ」

「馬鹿な! そんなものに軍が金を出すとは」

「VR訓練って知ってるかい?」


 仮想空間の中で行われる訓練のことだ。現実にはない敵や障害物を用意することで、よりリアリティのある訓練ができる。優れた兵隊が育てやすくなる。


「だが通常の訓練だとどうしても場所が限られる。装備も似たり寄ったりだ。だったら専用の舞台を用意すればいい」

「まさか、それが」

「サンタイトだ。最低限、魔物と人間を整理したかったのは敵と味方の分布地をわかりやすくしておきたかったからだね」

「しかし、あの世界は剣や魔法で構築されています。実弾兵器やレーザーの類は持ち込めない」

「だから経験になるのさ。君は想像したことがないかな? ロールプレイングゲームで自分が育てた勇者が、現実の軍隊と戦ったらどうなるのか」

「しかしサンタイトは今、仮想現実でしかない。そこで得た経験など、どうなるというのですか!」

「境界線は外れているさ。あの世界で足を踏み込み、魔法でもなんでも力を得れば、それは確かに身になって帰ってくる。進藤が実践して持ち帰ってくれた」


 だが、ここで問題が出てくる。

 サンタイトは便利な戦場体験舞台だが、いかんせん本物の世界だ。世界の境界線であるゴミバコを越える手段がこちらにないのなら、ヴァーチャルリアリティという名目で『体験』してもらう他ない。

 しかし、あそこで受けるダメ―ジは現実にも跳ね返ってくるのだ。


「サンタイトはデジタルであり、リアルでもあることが証明されてしまった。あの世界で得た力は確かにものとなる。だが死はそのまま受け入れなくてはならない。これでは商売になるかは難しい」

「……金稼ぎの為に、私の夢を利用したのですか?」

「金を稼ぐのは一時的だ。こちらの目的は最強の兵士を作ることにある」

「最強の兵士?」

「定義はいろいろあるだろうね。私が思い描く最強の兵士はさっき言った通りさ」


 魔王を倒すロールプレイングゲームの勇者。

 教授が目指す最強の人間は自分が育成した万能のキャラクターである。


「君の技能は私の夢にはぴったりでね。使わせてもらおうと思ったわけだ。怒っているかな?」

「……正直、失望しました」

「無論、君の研究も手伝うさ。だけど君にはこのまま私の研究も手伝ってもらうよ」


 教授がデスクから立ち上がる。


「進藤が死んだ今、私たちは完璧な共犯者だ。夢を諦めて刑務所に入るのか、それとも政治の闇に消されるか。好きな方を選ぶといいだろう」


 肩を叩き、教授がその場を後にする。

 研究室に取り残された天使は拳を握りしめ、その場に佇むだけだった。

 デスクに置かれた写真に目がいった。進藤や自分を含めた研究室の仲間たちに、あの闇が深い教授が映っている。いつか新聞で研究が取り上げられた時に撮影した一枚だ。あの中の仲間たちは皆笑っているが、影でこのようなことが行われていると知ったらどう思うだろう。

 特に教授を信じて人柱となった進藤。彼は今、報われているだろうか。最後まで操り人形だと気づかずに帰らぬ人となった後輩は、このやりとりを聞いたら何と思うだろう。


「ん?」


 そんな時だった。

 デスクに置かれたパソコンが発光し始めたのだ。教授が電源を入れっぱなしにしれいるのかと思ったが、違う。

 画面から伸びてきた鱗塗れの腕を見た途端、天使は腰を抜かした。


「ひっ!?」

「あ、ああああああああああああああああああああああああああ!」


 パソコン画面から悲鳴にも似た苦悶の声が聞こえる。

 女の声だ。まるで海面から飛び出すかのようにしてパソコン画面から腕を伸ばすと、力任せにその身をひっぱりだす。


「はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸を整えることもせず、画面から現れた女は周りを見渡す。

 トカゲのような尻尾。コウモリのような翼。そして頭から伸びる角。彼女は『少女』と表現するにはあまりにも異形だった。


「き、君はいったい……!」

「……」


 天使は尻餅をついたままの姿勢で尋ねる。

 が、少女は天使を見てはいない。彼女が見ているのは天使の斜め上。デスクの上に置かれた写真だ。そこに映りこんでいるひとりの若者の姿を確認すると、彼女はぼそりと呟く。


「マスター、私はどうやら辿り着いたようです。あなたを追い詰めた元凶の場所に」

「なに?」

「さあ、始めましょう。そこに映っている全員ですよね。ええ、始末します。私の幸せのために」


 マスター、あなたは私に言いましたね。

 幸せになれ、と。マリスレギオンという強い呪いの枷をつけて。

 しかし私の幸せはあなたの幸せに他なりません。


 だから私はこの復讐を続けます。

 マリスレギオンはそれを可能にする枷を私にくれました。私を幸せにする、という強い呪いの力を。見てくださいマスター。お陰で憎い精霊の元へと辿り着けました。


 さあ、燃やしましょう。

 始めましょう。

 続けましょう。

 炎の復讐劇を。


 標的はマスターと一緒に楽しげに並んでいるそいつらでしょうか。

 いいでしょう、何年経っても必ず全員殺してさしあげます。


「君は、まさか」

「精霊、覚悟しろ。マスター・シンドーに代わって竜王リナがお前たちに宣言しよう」


 レギオンを刻め、と。

 この言葉に従い、精霊の仲間を全員殺してやる。


「そんな馬鹿な! 自力で穴を超えて来たっていうのか!? サンタイトの住民が、自力で!」

「うるさいぞ」


 掌がかざされる。

 天使めがけて巨大な火球が飛んでいった。火球はその場で弾け飛ぶと、天使ごと研究室を爆発させた。

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