Ⅲ-6 毒を駆除しよう。あの方が穢れてしまう。
本来、ネフィアはサンタイト城下町にある教会で寝泊まりしている身だ。勇者一行として魔王を倒し、『聖女』の呼び名を得た後でもそれは変わらない。
だがサイラスが死んだ後、彼女は強制的にサンタイトで最も守りが堅い場所に移動することを余儀なくされた。すなわち、王室である。
「……そろそろ、ですかね」
今は亡きサンタイト王妃の部屋の窓から城下町を見下ろし、ネフィアはぼそりと呟く。城は兵士達がうろついているが、相手はサイラスとクロエを屠るような奴だ。きっと相手にはならないだろう。それなら自分から目立つ場所に出て行った方が犠牲を減らすことができる。
ネフィアは何度も王に訴えてきたが、却下された。
彼女たちはサンタイトにとって偶像なのだ。どんな事情であれ、国民たちの前で死を晒させるような真似はできない。ましてやネフィアは勇者一行最後のひとりなのだから。
だが、王の意思を無視するかのようにして彼は動いてくる筈だ。
現にサンタイトには彼の魔力が渦巻いている。恐らくだが、城下町の門をこじ開けたのだろう。外が騒がしくないのは気にかかるが、彼がここにきているのは間違いない。
「シンドー。私は此処です」
既にサンタイトにいるのであれば、余計な周り道をさせて無駄な犠牲を出させるわけにはいかない。
王や兵士達の意思に背くことにはなるが、一番大事なのは命なのだ。無駄に散らせるのであれば、標的である自分から出た方がいい。
ネフィアは手を合わせて己の内にある聖なる魔力を充満させる。本来ならこの魔力を放出することで魔族を焼き殺したり、人間の傷を癒すことができるのだが、今ではシンドーに自分の位置を知らせるための餌でしかない。
「シンドー、私がここにいるのはわかる筈です。だからどうか、他の方には構わず私の所に来てください」
時間をかければまたネフィアを止めるために兵士が飛んでくる。騒ぎになればそれだけシンドーに殺される者が増えるだけだ。それだけはなんとしてでも阻止しなければならない。
犠牲は最小限に。そして平和的な解決を。これがネフィアが出した結論だ。
「不愉快極まりないですね」
魔力を練る事に集中していると、後方から知らない声が飛んでくる。
驚き、聖女は振り返った。
扉が開け放たれており、どこには見知らぬ少女がいる。ただの少女ではない。頭から伸びる角や背中から生えた翼、そして尾。いずれも魔族の象徴である。
「あなたは」
「彼女が俺の武器だ。俺に残された、ただひとつのね」
少女が押している台車には布でくるまれた男が座っていた。全身を包帯で覆っており、見るも無残な姿である。だが、その声はよく知っているものだ。ネフィアはこの数年間、彼の声を忘れたことはない。
「シンドー」
「やあ、ネフィア。久しぶり」
残された腕を軽く上げて勇者は挨拶をする。
「念話で話してイメージはできてたんだけどね。こうして姿を見るのは本当に久しぶりだ」
「マスター。処理をしますので、お下がりを」
「リナ、俺の言いつけは守ってくれるね?」
此処に来る直前に交わした言葉を思い出し、リナは僅かに肩を震わせた。
「……私はあなたの武器です。あなたの生の為に、私は戦います」
「ああ、ありがとう。今はそれだけでいい」
リナと呼ばれた少女が台車を押し、シンドーを部屋の片隅へと配置させる。
彼女はシンドーを守るようにして前に出ると、炎を纏った剣を抜いた。自身に強い敵意を向ける少女を目にし、ネフィアは優しく微笑む。
「なにがおかしいのですか」
「気分を害したなら申し訳ありません。ですが、私は素直に嬉しく思います」
「嬉しい?」
「はい。クロエとサイラスを殺した手段はどんな残酷な物なのかとずっと想像していました」
自分たちが知らない武器を用意したのか。
本当に魔王を復活させ、サンタイトを滅ぼす為に共謀を測ったのか。
結果はどちらでもなかった。
「シンドーは信頼できる素晴らしい仲間を得たのですね。あんなことがあっても、誰かに頼り、素敵な信頼を紡ぐことができた」
「ふざけるな」
「ええ、そのとおりです。私には語る資格はありません」
なにせ『あんなこと』を起こした張本人のひとりなのだ。今更、どんな言葉を送っても彼らの心に響いてはくれないだろう。
「ですが、シンドー。あなたには知っていてもらいのです」
「マスターの前で語るな、毒め!」
炎の剣が振りかざされる。横一線で聖女の首を刎ねんと放たれた一撃を見て、ネフィアは身を一切動かすことなく続けた。
「私は、真に平和を求めています! あなたと共に冒険した時も、その後でも変わらない! 無論、あなたを襲う時でも!」
「リナ、待て!」
切っ先がネフィアの皮膚を焦がす寸前で停止する。
リナは瞳を揺らしながらも、震える声で呟いた。
「なぜですか、マスター」
「サイラスと同じだ。最後に、確認しておきたい」
「いいではないですか」
リナがシンドーへと振り返る。
無表情で、今にも壊れてしまいそうな人形のような不気味さを漂わせていた。
「そのようなことに、なんの意味があるのですか」
「意味を決めるのは俺だ」
「不要です、マスター。この女は毒です。毒なのです。あの剣士が都合のいい正義を振りかざしたのと同じように、この女も都合のいい言葉を並べてマスターの機嫌を取ろうとしているだけなのです」
「リナ、どうした」
今日のリナはおかしい。いや、正確にいえばサンタイトの城下町に来てから明らかに歯止めが利かなくなっている。
確かに、彼女に無茶な注文はしてきた。それでも常に注文に応えてくれたし、常にシンドーの期待に応えてくれた。自分自身を武器とまで比喩してまで、シンドーの為に戦うと明言してくれたのだ。そんな彼女がどうして、ここにきて反抗的になる。
シンドーにはわからない。
「俺の言うことがきけないのか?」
厳しめの言葉を投げかけ、リナの様子を見守る。
だが、彼女は一気に表情を崩した。まるで惨めに殺される直前まで追い詰められた自分のような顔だ。
「ああ、なんということでしょう」
リナは涙を流す。心底悲しそうな瞳で主を見つめた後、憎しみの言葉を聖女へと向けた。
「お前のせいでマスターはおかしくなってしまった。お前のせいで!」
主は言った。ネフィアを殺す、と。毒は残っているけど、今日までだと言った。
同時にこうも言った。聖女はズルいと。俺だけに笑顔を振り向けてほしい、と。
「お前に関わった奴はおかしくなる。お前の毒のせいで! マスターさえも、毒で惑わす!」
殺そうとした癖に。
自分の都合で殺した癖に。
今更、綺麗な言葉でなにをほざく。
ゼナもそうやって懐柔したのだろうか。
コイツは放っておけない。主の命に背くことになったとしても、ここで残さず灰にしなければならない。コイツの毒はすべてを惑わしてしまう。私まで毒に侵されない内に、早くトドメを刺さないと。
「……そうなのですね。あなたは、シンドーを」
「お前がマスターを語るな、毒婦!」
感情を剥き出しにしてリナが剣を動かした。これを見たシンドーはとっさに手を前に出す。残されたすべての魔力を指先に注ぎ込み、燃えるような熱に耐えながら言葉を紡いだ。
「止めろ!」
叫んだ時、シンドーはなにも考えてはいなかった。
とっさの判断で魔法を唱え、リナとネフィアの間に割って入る。
勇者の武器だと断言した少女は剣を止めることなく、聖女の胸を刺し貫く。
転移魔法で割って入ったシンドーもろとも串刺しにしたことなど、彼女はすぐに理解しきれなかった。




