Ⅲ-5 心がコロセと叫んでる
サンタイト王国の城下町に入る為には門をくぐる必要がある。この門は昼夜問わずに兵士が見張っており、怪しい人物や敵対勢力を中にいれない為の門番としての役割を果たしているのだが、この時だけはその兵士も機能していない。
「マスター、ゼナはしっかりと役目を果たしているようです」
直立不動で眠っている兵士を横目にリナは口にする。
兵士達は皆、立ったまま眠っており、門に近づいてきたシンドー達に近づいてくる気配は一切ない。
「ああ。これで楽にサンタイトに立ち入れる。流石に彼らが俺の声を聞いたら誤魔化しは難しいだろうし」
「ではマスター。城下町へ参りましょう」
「ああ、頼むよ」
鍵がかかった城門にシンドーが目を向ける。彼は睨みつけるようにして鍵を見つめ、早口で呪文を口にした。直後、内側からかけられた鍵が開錠される音が鈍く響く。兵士たちが音に気付いて起きないかと注意を配っていたリナだったが、彼らは全く起きる気配がなかった。
「順調ですね、マスター」
「そうだね。まあ、そうでないとゼナを送り込ませた意味がない」
「私ひとりでも門を突破することは可能ですが」
「だろうね。でも、リナのやり方だと先にサンタイトが燃え出しかねない。それだと炎に紛れて逃げられてしまうかもしれないだろう?」
「流石です、マスター」
リナは思う。流石、私のご主人様は賢いお方だ、と。なんでも力でごり押せばいいものではない。今回の獲物はそれだけ慎重に、且つ確実に殺さなければならない。最後の獲物なのだ。御主人様の期待を裏意義ることがってはならない。
だがその一方で思うのだ。主はこの大一番で有り得ない悩みを抱いてしまっている、と。
自分を購入する時、彼は命じた。
レギオンを刻め、と。
この注文に背くことがあってはならない。中断されるようなことがあってもならない。
その命令は必ず果たすべき使命であり、絶対の契約なのだ。
主がネフィアに抱いていた感情はよく理解できた。彼が毒を吐き出したがるのもわかる。我が主は苦しんでいるのだ。土壇場になって押し寄せてくる『恋』という猛毒に。
では、従者として私はどうすべきだろうか。
リナは台車を押しながら考える。すぐ目の前に見える城を視界に納め、あの中にネフィアがいるのだと強く認識した瞬間、彼女はある結論に達した。
「マスターの命令は絶対です。また、マスターを傷つける者はいかなる存在であっても処断します。例えどのような場所であれど、私は全力であなたの言葉に応えるだけです」
「……ありがとう」
主の言葉に何時もの覇気がない。きっと『毒』のせいだ。
そう思うと、リナは無性に苛立ってくる。
「お待ちしておりました、御主人様」
シンドーを押しながら城下町を進んでいくと、見慣れたエルフの少女が路上に現れた。
「ゼナ」
ここまでお膳立てしてくれたエルフの少女、ゼナ。
彼女は暗闇に紛れつつ、シンドー達へと近づいていく。ただ、彼女が纏う気配にふたりは違和感を覚えていた。どこか決意に満ちた表情をしているのだ。これまでオドオドしながらも必死についてきたエルフの少女は、主人の前で膝をつく。
「命令通り、城下町の兵士達に睡眠魔法を施しました。夜明けまで起きることはないでしょう」
「ありがとう、ゼナ。想像以上の効果で驚いてるよ」
「ありがとうございます……」
「さて、これで君の仕事は終わりなんだけど」
シンドーはゼナを見下ろし、問うた。
「最初に約束したよね。欲しい物があればなんでもあげる、て」
「え?」
どこか戸惑うようにゼナが顔を上げた。
後ろから主を押すリナにしても同様である。
「マスター。それはネフィアを殺した後では?」
「でも、ゼナにできることはここまでだ」
元々、ゼナに頼んでいたことは雑用仕事が大半である。ネフィアを殺すだけなら、彼女の協力はもう必要ないだろう。
「それに、もうじきここは安全じゃなくなる」
「え?」
「わからないかい。城には君の魔法がかかっていない連中が大勢いるんだろう。もうそろそろ静かになった城門に不信感を抱いている連中もいる筈だ」
そうなった際、脱出は困難となる。
「さっきり言っておこう。ゼナ、君の仕事は今日で終わりだ。だからここで君に褒美をあげようと思う。俺の命でもなんでも言ってみるといい」
「マスター、それは」
「では、お願いがあります」
ゼナが決意に満ちた瞳でシンドーを見上げる。
「今からあの人を……ネフィアさんを殺しにいくのですよね?」
「会ったんだな、アイツに」
「はい」
首を縦に振ると、エルフの少女は頭を抱えて訴えた。
「たった少ししか喋りませんでしたが、私にはあの方が悪い人には見えませんでした」
「なるほど。それで?」
「もしも御主人様がお許しになっていただけるのなら、あの方を生かすことはできないでしょうか」
「なにを言っているのです、ゼナ」
答えたのはシンドーではなく、彼の後ろで佇むリナである。
彼女は高い金で購入した奴隷を睨み、淡々と告げた。
「ネフィアはマスターに手をあげた。許されざる行為です。殺さなければなりません」
「待ってください! あの人は今の世界の在り方に疑問を抱いています! 私たちのような奴隷でも、受け入れてくれる器量が――――」
それ以上は言葉が出なかった。
エルフの少女の胸を鋭利な刺――――リナの尻尾が貫いていたのだ。ゼナは口から血を吐きだしつつ、倒れる。
「器量とか、理想とか、そういう問題じゃない」
リナは尻尾を引き抜き汚らしい物を見る目でゼナを見下ろした。
「アイツはマスターに手を出した。殺されて当然でしょう?」
「リナ、止めろ。彼女は俺たちに尽くしてくれた。その礼がこれでは……」
「いいえ、マスター。彼女は此処で殺さないといけません」
ゼナは自分たちの存在を知っている。
自分たちの武器を知っている。
挙句の果てに小さいながらもネフィアと交流を経てしまった。彼女がその気になれば、魔力を絞ってネフィアに危機を伝えることなど容易いだろう。
彼女の魔力はシンドーも認めているのだから。
「最後の敵だからこそ、確実に仕留めなければなりません。邪魔をするなら、なんであれ殺さないと」
「止めろと言っている!」
シンドーが怒気を込めて言い放った。
リナは震えながら動きを止め、ゼナは虚ろな目で主人を見上げる。
「ゼナ。君の望みは理解した。ネフィアなら平和な世界を本当に作れるかもしれないと思ったんだね? 可能なら彼女の理想の世界を見てみたいとさえ思った」
動けないの代わりに、上半身と顔を前に出すことで動けないエルフの顔を覗き込む。
彼女は小さく頷き、咳き込むように呟いた。
「でもね、それはできないんだ」
エルフの少女の瞳が揺れる。
「前に精霊が実在するかどうかって話はしたよね。彼女は精霊を強く信じてる。盲目的なくらいに」
あの精霊を信じている限り、ゼナのいう理想の世界はやってこない。例えネフィアがそれを目指していたのだとしても、方向があまりに違い過ぎる。精霊は人間以外を家畜かなにかとしか考えていないのだから。
「だから彼女が精霊を信じている限り、君が求める未来はやってこない。とても残念だけど、信仰と言葉には大きなすれ違いがおきるものだ」
だから、
「ゼナ。俺はお前を叱るつもりはないよ。でも、これまでだ。治療魔法を使っておく。後は機を見てここから逃げてくれ」
シンドーは呪文を紡ぐと、ゼナの出血は見る見るうちに収まっていった。だが、彼女の苦しそうな顔は歪みとなって残ったままである。
「行こう、リナ。今度は戦う相手を間違えるなよ」
「……はい、マスター。申し訳ございません」
台車を押し、ゼナはサンタイトの城へと歩いていく。
振り返り、蹲ったままのエルフの少女を見やった。
心の中で確信する。
聖女ネフィアは毒を撒き散らす害悪だ、と。
主だけではなく、ゼナまであんなことを言い出すなんて。自分の身を守る為にあらゆる手を尽くしているのだろうか。
だったら、それでもいい。
私には揺らぎのない炎がある。その炎が燃える限り、聖女の命運は決まったも同然なのだ。




