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マリスレギオン  作者: シエン@ひげ
第3章 ネフィア
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Ⅲ-4 僕の理想の聖女様

「リナ、少し話をさせてくれないか」


 夜。サンタイトの王国を草原から眺めつつ、シンドーは静かに口にした。復讐は今日、完結する。どんな形で終焉を迎えるかはわからないが、今のうちに毒を吐きだしておきたかった。


「マスターが望むままに」

「ありがとう」


 自分が座っている台車を押してくれる娘は、今となってはもっとも信頼できる共犯者となった。始めて会った時は武器の筈だったが、ここまで付き合って貰えると愛着が湧いてしまうらしい。サイラスに奪われた剣よりも、失いたくないと思う。

 できれば、復讐を終えた後の自分の命は彼女に奪って貰いたいとさえ思った。

 そんな世界で一番信頼できる少女に対し、シンドーは呟く。


「今日殺してもらう女はね。俺が好きだった人なんだ」

「……」


 リナは沈黙する。

 彼女がどんな表情をしているのかはわからない。相槌がないことが返答だと感じ、シンドーはそのまま口を開く。


「パーティーを組む話になって、紹介されたのがネフィアだった。彼女は教会の中でも有望株の聖職者だったようでね。信仰心が強くて、魔法の腕も確かだった。それになにより、優しかった」

「優しい、ですか」


 リナが冷たい声で答える。シンドーとのやり取りの中で、始めて聞いた声色だった。


「怒っている?」

「当然です。優しい人間が、マスターにこのような所業をするのでしょうか」

「確かに。一理あるな」


 どこかおかしそうにシンドーが笑う。


「マスター、私は真剣なのですが」

「悪いね。どうも昔の自分の馬鹿さ加減を思い出すと笑ってしまうんだ」


 昔の自分はとんでもない奴だったと今なら言える。困っている人の言うことを聞いて、助けるために働き続けた。仲間たちからのアドバイスも素直に聞き入れていった。その素直さは、今なら愚直であると断言できるだろう。


「俺はあの頃、とにかく素直だったのさ。あのサイラスから教えを乞う時も、剣の扱い方はすべてメモして、実践した。クロエから貰った知識だってそうだ」


 あのふたり程信頼できない人間はいないというのに、馬鹿げた話だ。


「ネフィアからも教えを受けた。魔法と、精霊の信仰について」

「精霊の、ですか」

「ああ。だが、俺は精霊を信じちゃいなかった。殆ど話半分でしか聞いていなかったね」


 旅に出た頃から思っていた。精霊が人間の味方をするのなら、どうしてサンタイトの大地に君臨して直接戦わないのだろうか、と。

 遠回しに魔王殺しの剣など用意し、導きはする。だが肝心の精霊はいつも語りかけてくるだけだ。


「精霊の声が聞こえた時、彼女は感極まっていたよ。俺はそんな彼女の顔が好きだった」


 眩しい笑顔だった。

 精霊の存在や言動に疑問を抱く事はあったが、彼女が信じるなら精霊の言う事を信じていいかもしれないとさえ思ったものだ。


「俺は精霊なんぞ信じちゃいなかった。確かに声は聞いて話もしたけど、あまりに胡散臭すぎる。なんでこんな奴の言葉をサンタイトの人間は素直に聞き入れるのか、不思議だった」


 シンドーは異端だった。後にドラゴンにも似た感情を持つ者がいると知ったが、少なくとも人間の中で精霊を疑う者はいない。あくまでシンドーが出会った人間に限った話だが。


「でもね。最終的には魔王を倒すまでは深くは考えないでおこうって思ったんだ」

「彼女の笑顔のため、ですか」

「そうなるね」


 我ながら臭い台詞だと思う。同時に、青すぎるとも思う。

 彼女が喜び、仲間たちも喜ぶのだから疑念は自分の中にしまっておいた。その結果がどうだ。


「ひとつ、お伺いしたいのですが」

「なんだい」

「マスターは今でもネフィアを愛しているのですか」


 従者に問われ、シンドーは考える。

 言い切るのは簡単だ。己の心が叫ぶままに言えばいい。殺されかけたのだから、あんな奴はさっさとくたばってしまえばいい、と。

 ところが、その言葉は喉元まで出たところで止まった。


「……」

「マスター?」

「ああ、そうだね。うん、俺の中ではまだ未練がある」


 結局、シンドーはまだネフィアを捨てられずにいる。だが、断ち切らねば。これから彼女を殺しに行くのだから、己の中にある毒をすべて吐き出さなきゃ。


「リナ。人間ってのは面倒くさいね。毒だってわかってても飲み込んでしまう。彼女は毒だと理解してる筈なのに、俺の中のネフィアはまだ微笑んだままなんだ」

「マスター、毒は処分しなければなりません」


 力強い言葉が後ろから響いてくる。肩に圧し掛かり、そのままシンドーを押し潰すかのような重圧。リナの言葉はそれほどシンドーに重くのしかかってきた。


「わかってるよ。今更止めるわけにはいかない」


 顔を伏せる。

 胸の奥から湧き上がる様々な感情がかつての勇者を締め上げた。心が軋む。

 苛立ち、悲しみ、怒り、愛情。色んな感情が入り乱れて、脳みそが沸騰してしまいそうになる。


「アイツはズルいな。本当に、ズルい。リナ、俺はアイツのことを考えるとムカついて仕方がないのに、心のどこかでまたあの笑顔を見たいって思ってる。それも、俺だけに」

「マスター、ご注文に変更がありますか?」

「いいや」


 既に準備はされている。クロエとサイラスも殺した。今更後戻りはできない。覚悟はとっくの昔にできていた。今更後ずさるのだとすれば、それは自分の中に未だ『勇者シンドー』の残りカスがあるからに違いない。

 ネフィアに対する感情と共に残された猛毒だ。


「リナ。注文に変更はない。ネフィアは国内で殺す」

「はい、マスターが望むままに」

「だが、もしも」


 顔を伏せたまま、彼は呟く。


「俺がネフィアの死に耐えられなかったら、その時は俺を葬ってくれないか」

「え?」


 竜の従者が聞き返す。普段は主の注文を常にふたつ返事で返すのが彼女のモットーなのだが、そんなリナでも今回のシンドーの言動には驚きを隠せなかった。


「マスター、今のはどういう意味でしょうか」

「クロエとサイラスが死んで、ネフィアも死ぬ。その瞬間に俺が哀しむようなら、勇者として俺を葬って欲しいんだ」


 正直なところ、今更『勇者』だなんて称号は惜しくはない。欲しい奴がいるなら喜んでくれてやる。

 だが、この称号とも付き合いが長い。もしもこの称号が自分の運命だというのなら、その運命と共に果ててしまいたい。どうせこの後生き残っても、なにもないのだから。


「できるね?」

「できません」

「どうして」

「私はマスターの所有物です。マスターが私を買いました」

「そうだね」


 主人が座る台車を握る手に力が入る。シンドーは俯いたままで、奴隷の表情を見ようとしない。


「私はマスターに買われた武器です。マスターの忠実な武器が、どうしてあなたを傷つけれるでしょうか」

「俺がそれを望んでいても?」

「はい。ですが、どうしても望まれるのであれば私の願いを叶えていただけませんでしょうか」

「いいよ。俺にできる事なら」

「どうか、私に最期まで戦えとご命じ下さい」


 リナがシンドーの眼前まで移動する。下から覗き込むような形でしゃがみ込み、不安そうな表情で主の瞳を見た。

 シンドーは思う。この娘は、こんな表情ができのか、と。


「私の願いはただひとつだけです。私の生など、とっくの昔に捧げています。だからどうか、あなたの為にご命じ下さい」


 俺の為に最期まで戦い、死ね、と。

 たったそれだけでいい。冷徹な勇者なら簡単な言葉の筈だ。

 リナの発言はシンドーの予想を超えて自分に都合がよかった。彼女を超える『武器』などこの世にはないだろう。魔王を倒す剣さえ打ち破ったのだ。彼女の強靭な意志ならば、サンタイトを武力で制することも決して不可能ではない。

 

「……行こう、リナ」


 だが、シンドーは言葉を出すことができなかった。彼はリナの顔を上げさせると、それ以上の問答を打ち切る為に別の言葉を発する。


「ネフィアを殺す。俺の毒はまだ残ってるけど、今日までだ。いいね?」


 念を押すように言うと、彼は返答を待つ。

 竜の奴隷は今にも崩れそうな表情を即座に凍てつかせ、射抜くような視線でサンタイトの城下町を眺めた。


「はい。マスターが望むままに」

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