Ⅲ-3 教会の人ってどんな人
サンタイトの国は広大だ。人間が住む場所は自分たちの住処と比べて便利で、同時に集まりやすい。ゼナは故郷の森とサンタイトを比較し、あまりの環境の落差にただ驚くだけだった。
これまで、何度か人間の村や街に出入りしたことはある。変わり種でいえばドラゴンの集落も経験済みだ。だがサンタイトはそれらと比べると明らかに文明のレベルが高い。建物は綺麗で、3階建て以上の家が並んで見える。
教会やお店も多く、城を中心に据えている為か人間の出入りも激しい。入国して僅か数刻でゼナは目が回りそうだった。
「はっ!」
あまりの人混みに圧倒されて呆然としていた自分の頬を叩き、ここに来た目的を思い出す。
ここには観光できたわけではないのだ。あくまで仕事。しかも遂行しなければ自分の命さえ危うい仕事である。雇い主は獲物を前にして興奮気味で、彼の第一の従者は躊躇いがない。
王国の景色に圧倒されてボーっとしてましたなどと報告した日には燃やされてしまう。
彼女に与えられた使命はひとつ。
今夜までに兵士達を眠らせ、シンドー達の入国を手引きすることだ。これが果たされた時、どんなことが起きるのかは理解している。だが、シンドーは今まで獲物以外は必要最低限の犠牲で済ませてきた。この理屈でいえば次はネフィアと彼女を守ろうとする兵士達だけが犠牲になるだけだろう。
無理やり自分を納得させると、ゼナは重い足取りで進んでいく。
彼女は指先から小さな魔力を放出しながら壁沿いに歩き始めた。
このサンタイトは魔王軍の襲来に備えて外壁を用意している。街中すべてを囲うような外壁だ。必然的にそこには外敵の侵入を防ぐ兵士が配備される。ゼナの役割は守りをできるだけ手薄にすること。だからこそ、彼女は遅行性の睡眠魔法を仕掛けていく。
「あら、珍しいですね。エルフの方がサンタイトにいらっしゃるなんて」
「え!?」
急に声をかけられ、驚き振り返る。
法衣を身に纏った女性がいた。彼女は物珍しげにゼナを見やるとずけずけと近づいてくる。覗き込むような形で顔を見られ、エルフの少女は狼狽えた。
「誰かの奴隷ですか? でも主人の方がいないようですけど」
「えっと。御主人様の命令で、買い物に」
「こんな外壁ではいい物は買えませんよ。もしかして王国は始めてですか?」
法衣の女性は街の方に視線を送る。
「サンタイトは広いですからね。ここに住んでいる人でさえ、すべての道を把握してない方は珍しくありません」
「へ、へぇ……そうなんですか」
見た目の華やかさとは裏腹に、かなりの魔境のようだ。
「よろしければ、私が道案内しましょうか」
「い、いいえ! 私はひとりでも大丈夫ですから!」
睡眠魔法の仕掛けに気付かれたらシンドーの計画は失敗に終わる。そうなったら彼はどんな強行軍に出るだろう。もしシンドーが仕掛けなくても、リナは絶対に止まらない筈だ。サンタイトの未来の為にも、ここは絶対に断りきらなければならない。
「遠慮なさらず。私、こう見えても王国で暮して長いんですよ!」
得意げに胸を張る女性。
強調された部位を見せつけられ、ゼナは己のそれと比較する。圧倒的戦力差に敗北しているのは明らかだった。悔しげに俯き、セナはいう。
「でも、私のような奴隷と共に行動していれば変な噂が流れるのではないですか? 教会の方ですよね?」
法衣は教会の正装だ。それを着ているのであれば、彼女は教会の人間なのだろう。
これから殺そうとしているネフィア関係者かもしれない。自分が手伝いをして殺す人物の関係者の善意に付け込もうとする行為は、気が引けた。サンタイトの未来云々などではない。純粋に彼女の善意を踏み潰す行為だと自覚していたのだ。
「確かに、教会では奴隷の売買は禁止しています」
「でしたら変に誤解を、招くような真似は」
「いいのです。私はあなたのような方と出会えてうれしいです」
ゼナの手をとり、女性は目を輝かせる。
「普通、奴隷は魔法枷が付けられているじゃないですか。でも、あなたは枷がついていませんよね!?」
「あ!」
言われ、ゼナは気付く。自分は普通の奴隷とは違うのだ。魔法枷を外され、本来の力を十分に発揮できる。それはつまり、人間の支配下におかれていない状況を意味していた。
「あ、いえ。これはですね。なんというか複雑な事情がりまして」
必死に誤魔化そうとするが、うまく言葉が出てこない。なんて説明すれば彼女は引きさがってくれるだろうか。
すっかりカモフラージュのことを忘れていた。こんなことがリナに知られたら頭蓋骨を砕かれてしまう。
「つまり、あなたは主人から信頼されていますね!?」
「え」
「それだけではありません。こうしてあなたひとりでサンタイトまでやってきて、主人の為に買い物をしようとしています。これが信頼ではなくなんでしょう!?」
長年、人間とモンスターはいがみ合ってきた。外見が人間に近い種族もいるが、それでも彼らの力が脅威となるのは変わらない。人間の天下がやってきた以上、モンスターの力を恐れて弱らせようとするのは道理なのだ。
しかし、このエルフにはそれが適用されていない。
「人とモンスターはわかりあえます! あなたは素晴らしい主人と巡り会えたのですね、エルフさん!」
「はあ……」
熱が入った言葉を受け、ゼナは呆気にとられる。
今のサンタイトでこんな夢みたいなことを興奮気味に叫ぶ人間がいるとは思わなかった。人間とモンスターの信頼関係。この国ではありえない話だ。
ただ、身近に強い信頼関係で結ばれている主従がいるのを知っているので、強く否定できない。
「よろしければ、お話を伺えませんか? あなたの主人がどんな方なのか、是非お聞きしたいのですが」
「え!? いや、それは」
「あ、見つけましたよ!」
やや目が血走っている女性に恐怖を感じ始めた時、真横から男の声が響き渡る。兵士だった。それもひとりやふたりではない。大勢の兵士達が押し寄せ、自分たちの前へと寄ってくる。
ゼナは自分の所業がバレたのかと身構えるが、兵士の一言で杞憂と終わった。
「ネフィア様、探しましたよ。勝手に出て行かれては困ります」
「なにを言うのですか。狙われているのは私です。何度も言いますが、サンタイトに留まるよりも外に出た方が国の安全の為にもなるのですよ?」
「確かにそうかもしれませんが、ネフィア様に万が一のことがあれば」
「国王様も哀しみます。どうか、御自重を……」
彼らのやり取りを見て、ゼナは思う。
彼女がネフィア。法衣を纏って歩き回っていたのでてっきり教会の見習いシスターかと思っていたが、まったく予想が外れていた。
では、自分はこれから彼女を殺す手伝いをしようとしているのか。
クロエやサイラスは遠くから見守るだけで、余計な接触はなかった。だがゼナはネフィアの心にほんの僅かだが触れてしまった。彼女は人間とモンスターの共存を理想としている。すなわち、本当の意味で争いが絶えることを望んでいるのだ。
それは争いを嫌うエルフの理念と一致している。
「ああ、すみません。私は一度帰らなければなりません。エルフさんはしばらくここにいる予定ですか?」
「いいえ。長くいても、3日程度かと」
「そうですか。残念ですね」
溜息をつき、ネフィアは改めてゼナと向き合う。
「では、お話はまた今度としましょう。その時は、あなたの主人にもご挨拶させてください」
「え、でも」
「お構いなく。今は自由に外へと出れぬ身ですが、きっとなんとかなりますよ。だって人とモンスターがわかりあえるのなら、人間と人間がわかりあえない筈がないじゃないですか」
ネフィアの目に輝きが灯る。彼女は兵士達へと向き直ると、最後にゼナへ言葉を送る。
「ありがとうございます。私がすべきことはハッキリしました。どうかまた、サンタイトにお越しください。聖女ネフィアが歓迎しましょう」
視線がゼナから正面へと向けられる。
その背中を見送りながら、ゼナは脱力していった。




