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序章Ⅱ ドラゴニュート

 コロシアムとはモンスター同士を争わせる違法賭けごとの呼称だが、同時に施設名でもある。

 かつては国の戦士達が集まって試合をする場所だったらしいが、今となっては化物同士を争わせ、金が飛び散るだけの場所だ。今のサンタイト王国の法律では、賭けごとは禁止となっている。


「法律に限った話じゃないが、約束を守る奴と守らない奴ってのは絶対に出てくるんだ。どういうわけかな」


 コロシアムの経営時間外。

 早朝の朝、コロシアムの待合室でバースゴッグは横の台車に語りかける。台車には椅子と、それに腰かけたシンドーがいる。

 彼が外出したのも、1年振りだ。


「コロシアムの運営をやってるイアンは、どっちかっていうと後者になるって噂だ。金を渡せば売りはするだろうが、絶対になにか仕掛けられてるぞ」

「例えば?」

「魔法枷だよ」


 イアンが強力なモンスターを従え、コロシアムを経営しているのも魔法枷の力があるからこそだ。

 魔法枷とは術者の魔力によって生成された錠である。拘束された者は本来の力を失い、瞬く間に弱体化してしまうという。


「イアンはオーナーだが、いっぱしの魔術師でもある。奴隷の売買もそうさ。魔法枷をつけた奴隷を売って、必要なら開錠と引き換えにまた金を要求してくる。そういう奴だ」

「けど、ドラゴニュートに怯えている」


 だから今回、バースゴックの商談にも応じた。

 多額の金を動かしたとはいえ、貴重なドラゴニュートを手放すのだ。かなり厄介に感じていたのは事実だろう。


「安心しろ、バースゴック。商談を進めてくれただけで十分だ。後は俺がやる」

「まあ、実際に買うのはお前っていう約束だからな」


 どこかバツの悪そうな顔で闇商人は天井を見上げた。


「……そういえば」

「ん?」

「ドラゴニュートを買った後、具体的にどうするつもりだ。さっそく殺しに出かけるのか?」

「まさか。それは流石に無謀さ。何事にも準備が必要なんだよ」

「そりゃそうだ」


 冷静に答えたつもりだが、感情は沸騰したままだ。可能であれば今すぐ仲間たちと再会してズタズタにしてやりたい。彼らが自分にしたように。

 しかし、彼らは魔王を倒した勇者の仲間である。世間において、勇者シンドーは魔王と相打ちし、仲間たちは彼を最後まで支えた勇気ある者として称賛されていた。


 だが、実際は違う。


 魔王を倒した後、シンドーは仲間たちから攻撃を受けたのだ。

 なんの前触れもなく、信頼していた仲間たちから。


 盗賊クロエによって片足を失った。

 戦士サイラスに腕を斬られた。

 聖女ネフィアから消えない焼き傷を負った。


 何度も問うた。

 何度も叫んだ。


 どうしてだ、と。


 だが、仲間たちは答えてくれなかった。


 まるで最初からそうすべきであるかのように攻撃を加えていったのだ。

 その一撃一撃すべてを、シンドーは覚えている。

 こうして生きていられるのも、危険を冒して魔王城の近くまで商品を調達しにきたバースゴッグのお陰だった。道端で死ぬだけだった勇者を回収し、治療を施してくれたのである。彼と出会ってなければ人間嫌いのまま死んでいただろう。


 彼には感謝しているのだ。

 こうして復讐のきっかけも運んでくれた。後は自分がなんとかする。その為に必要な駒も、もうじき手に入る。


「お待たせしましたね」


 扉から軽いノックが聞こえる。

 こちらの返事を待たないまま扉が開く。何人かの屈強な男たちと、半獣人。そしてふくよかな中年男性が待合室へとやってくる。


「バースゴックさん。先日はどうも」


 葉巻を口に咥え、待合室に置かれてある一番豪華な席へと座り込む。椅子に埋め込まれた数々の宝石に手を置くと、いやらしい手つきで撫で始めた。


「お陰で私のコレクションもまた増えましたよ。ところで、今日はドラゴニュートの購入でしたな」

「ええ。私ではなく、彼がですが」

「んん?」


 バースゴッグに促され、イアンはようやくシンドーの存在に気付く。

 台車に乗せられた椅子。包帯に巻かれた片手片足の男。シンドーは世界的に有名な男だが、今の彼にはその片鱗は一つもない。当然、イアンも気付くことがないまま話し続ける。


「失礼ですが、あなたは?」

「名乗るほどの者ではありませんよ。ただ、そちらのドラゴニュートのご活躍を耳にしまして。是非とも手元に欲しいと思ったのです」

「これは驚いた。随分と饒舌にお話になる」


 ごほん、と咳払い。


「失礼。いや、しかしお目が高い。ドラゴニュートはサンタイトでも発見例が極めて少ないですからね。それにまだ若いですから、将来性もある。ウチでも高い戦績でしてね」

「それで、お譲り頂けるのですか?」

「……入れ」


 イアンが扉に向けて命令する。

 部下と思われる男が、女を連れて入ってきた。見たところ手錠と足枷はない。代わりに目についたのは首輪と、黒い髪の毛から飛び出た角、そして背中から生える蝙蝠のような黒い翼に、長い尻尾だ。

 始めて見るドラゴニュートは、シンドーの想像よりも遥かに人間に近かった。同時に、想像以上にドラゴンの要素を含んでいる。人間とドラゴンを足して割ったら、まさにこんな感じだろう。


「家事はできない。文字も書けない。このドラゴニュートは戦うことしか能がないのですよ。顔はいいですが、夜伽の相手にするのもお勧めしませんぞ。前に唾をつけようとした調教師が焼かれましたからな」

「そうですか」


 イアンの品のない笑いを無視し、ドラゴニュートの少女を直に観察する。

 見たところ、十代の少女に角と翼がはえたといった感じだろうか。周りを囲んでいる男たちと比べても細い体つきだ。サイラスあたりが拳をぶつけただけで壊れそうな脆ささえ感じる。

 それを特に印象付けたのは、なにもみていない瞳だ。彼女はどうでもよさそうに周りを見て、言葉を発そうとしない。


「喋れるかい?」


 なので、シンドーは直に少女に尋ねる。

 話しかけられたことに反応すると、彼女は包帯男を視界にいれた。しばし目が合う。


「……はい。喋ることはできます」

「買いましょう」


 小さく紡がれた言葉だけ聞くと、シンドーは即座に言い放つ。

 仲介人の闇商人も呆気にとられたようで、ぼそぼそと耳打ちをしてきた。


「おい、いいのか。もっとコイツのことを知ってからでいいと思うんだが……」

「最低限のやり取りができれば問題ないさ。バースゴック、金を」


 梃子てこでも動かないであろうシンドーの態度を見て、バースゴックは肩を落とす。

 諦めの溜息をつくと、彼は足下に置いてあった袋をイアンの前においた。どっしりとした重みのある袋だ。床に置いた途端、中からじゃらりと音が鳴る。


「約束の金貨があります。ご確認ください」

「いいでしょう。おい!」


 イアンが従者を呼びつける。

 呼び出された男は袋を丁寧に持ち出すと、イアンの横で袋を広げた。中身の金貨を取り出し、1枚1枚を丁寧に、それでいて素早く数えていく。


「よく訓練されておいでだ」

「ええ。やはり今の世の中、魔物を欲しがる人間は多いですからな。貴族のペットだったり、労働力だったりと理由は様々ですが。ちなみに、あなたはそのドラゴニュートになにをお求めで?」


 この時、イアンは終始深い笑みを浮かべていた。

 魔法枷はなんとか機能したままだ。貴重種であるドラゴニュートの娘を手放すのは惜しいが、彼女が自力でイアンの魔力を打ち破る前にさっさと売りに出すのが正解である。

 しかも、この不気味な客は制御できるかもわからないドラゴニュートにかなりお熱のようだ。だからこの際、搾り取れるだけ絞ってやろう。その為にも情報を引き出さなければ。


「少し、頼みたい仕事があるだけですよ」

「なんなら、他の奴隷もお見せしますかな?」

「いいえ、構いません。彼女がここの最強モンスターなのでしょう」


 従者が金貨を数える横で、シンドーは言う。


「私が欲しいのは魔王と同等。あるいはそれを超える可能性がある逸材です。魔王城でくすぶっている程度の雑魚に用はありません」

「ほう。暗黒大陸にでも殴りこむつもりですかな?」


 暗黒大陸。魔王が倒れる前まではモンスターの巣窟と呼ばれた大陸だ。今でこそサンタイトの支配下だが、その地図にはいまだに未知の土地が多い。土地の調査の為に冒険者や兵士が派遣されているが、いまだに強い魔物がいて調査も難航しているとのことだ。


「確かに、この娘なら暗黒大陸の攻略も可能でしょうなぁ。実力を出し切れば、ですが」


 イアンが更に笑みを濃くする。同時に、使用人が報告した。


「金貨1000枚。確かに確認いたしました」

「ほほっ。商談成立ですな。えーっと……」

「私のことはお気にせず。大した名前でもありませんので」


 これ以上会話する事さえも疎ましい。そんな態度を隠すこともなく、シンドーはドラゴニュートに語りかけた。


「今日から君のご主人様は俺だ。よろしくね」

「……はい。宜しくお願い致します、マスター」


 娘がシンドーの前でお辞儀をして見せる。どうやら最低限の礼儀は教え込まれているようだ。イアンの話を聞く限り、身体が目的でなければ害はないのだろう。


「ところで、買ったばかりでこんなことを尋ねるのはどうかと思うけど」


 シンドーが首を傾ける。

 ドラゴニュートを下から覗き込むような形で眼差しを送り、彼は尋ねた。


「ここの連中を皆殺しにしろって命令したら、できる?」

「はい。枷さえ外していただけるなら、お時間は取らせません」

「はははは! 面白いことを言いますなぁ!」


 冗談だと受け止めたらしく、イアンは腹を抱えて笑い出す。

 が、バースゴックは息を飲んでいた。彼の緊張を受け止めたまま、シンドーは口を開く。


「ディスペル」


 直後、ドラゴニュートの首輪が音もなく砕け散った。

 誰かが口を開くよりも前に。

 行動を起こすよりも前に、シンドーは命令する。


「やれ。レギオンを刻むことを許そう」

「はい、マスター」


 直後、ドラゴニュートの娘が笑った。近くに居た男の頭を掴むと、そのまま乱暴にイアンめがけて投げつける。


「ひっ!」


 薄気味悪い笑いは一瞬で引っ込んだ。イアンは身を丸め、従者の飛来に備える。

 が、従者はぶつかってこなかった。代わりに飛んできたのは、火球。ドラゴニュートが広げた左手から巨大な火炎弾が放たれ、その場にいた従者たちとイアンを一瞬で消し炭にしてしまう。

 爆炎と共に溶けた壁穴を見て、シンドーは満足げに言った。


「流石商人だな、バースゴック。目利きがいい」

「お、おい。今、あいつになにを命令したんだ? レギオンを許すとか言っていたが……」

「ドラゴン族に伝わる合図のようなものさ。意味は、まあ……敵の殲滅だと思ってくれていいよ」

「敵の殲滅って……」


 ここはコロシアムだ。イアンはモンスターたちを違法に戦わせて儲けている。言ってしまえばコロシアムのオーナーだ。そのオーナーを消し炭にするということはつまり、ここにいる化物すべてを殺せと命じたというのか。


「安心しろよ、バースゴック。君の目利きは確かだ」


 それに、


「彼女はできる、と言った。だったら見せてもらおうじゃないか」

「はい、マスター。折角買っていただいたのですから、ご期待に応えてみせましょう」


 にこやかに笑うドラゴニュート。

 リラックスする主従を余所に、コロシアムは慌ただしく動いてくる。


「ドラゴニュートが暴れてるぞ!」

「イアン様がやられた!」

「おい、モンスター共! ドラゴニュートを殺せ! できた奴は自由にしてやる!」


 イアンの従者たちが檻を解き放ち、調教されたモンスターを解き放つ。

 大勢の気配を察すると、シンドーは再び問う。


「どのくらいで片付けれる?」

「こちらの金貨を拾い終えた頃には」

「よし、いけ。こっちは気にしないでいい。寧ろこっちに来る前に全員潰せ」

「はい」


 バースゴックが焦げていない金貨を慌てて回収しはじめる。

 同時に、ドラゴニュートも翼を広げて待合室から飛びだしていった。彼女が飛んで行った方向から断末魔の叫び声が響きわたる。


「ひええ……」

「バースゴック、金貨は無事かい?」


 奥で行われている殺戮ショーがないかのようにシンドーは尋ねてきた。コイツ、本当にサンタイトを救うために旅をしてきた勇者なのだろうか。闇商人は心の底から思う。


「シンドー、お前って仮にも勇者だった奴だろう。こんなことをして……」

「もう勇者じゃないさ。それに、イアンは思っていたよりも不快だった」

「なんで」

「笑い方がクロエに似ている」


 シンドーの瞳が強く輝くのを見て、闇商人は声を出すことができなかった。


「大丈夫さ、バースゴック。君にこれ以上の迷惑はかけない。俺は旅に出る。城からの調査団が来たら、商談の前に誰かに襲われたと言えばいい」

「け、けどお前……!」

「今までありがとう。俺の復讐は俺と俺の道具が果たす」


 だから命の恩人に迷惑をかけるのはここまでだ。包帯越しでもわかる穏やかな笑みを向けられ、バースゴックは思わず腰を抜かしてしまった。

 年相応の無邪気さを感じた。1年も一緒に暮らしたが、こんなの初めてだ。


「……魔の気配が消えたか。終わったようだね」


 しばしの無言の時間を堪能した後、シンドーは静かに前へと向き直る。

 全身を返り血で染め上げた、ドラゴニュートの娘が小さく笑いながら戻ってきた。


「お待たせいたしました」

「早かったね。随分と欲求不満だったみたいだ」

「枷を外していただいたおかげです。あんなものをつけられては、満足に戦えませんから」


 もっとも、それは他のモンスターも同じ条件だ。にも拘らず、彼女はバースゴックの目の前で上級の魔物を粉砕している。そして、自分の目の前でも。


「イイ買い物をした」


 彼女には躊躇いがない。人間でも、モンスターでも殺しにかかれる。

 理想的だ。


「君に名前をあげよう。今日から君はリナだ」

「私はリナ」

「不満かな?」

「いいえ。ありがとうございます」


 ドラゴニュートは――――リナは、シンドーの前ではにかんで見せた。その表情は、幼い子供のそれと大して変わりがない。


「君に窮屈な思いをさせるつもりはない。欲しいものがあればなんでも言えばいい。やりたいことがあれば遠慮なく言ってくれ」


 その代わり、頼みたいことがある。

 なによりも優先すべき命令オーダーだ。


「俺の代わりに殺してほしい奴がいる。それさえ達成してくれれば、君の望むままだ。欲しいなら俺の命だってくれてやる」


 奴らは強い。

 魔王と勇者が消えた今、サンタイトでの3強と言っても過言ではないだろう。今の世界のバランスも、彼らの尽力で成り立っている。


「やってくれるかな?」

「私はマスターの所有物です。遠慮なさらず、命じてくださればいつでも狩りに出かけましょう」

「では、言おうか」


 連中に。俺を裏切った仲間たちに。

 俺を捨て去ったすべてに対し、


「レギオンを、刻め!」

「お望みのままに」

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