Ⅲ-2 さあ行くぞ! すぐ行くぞ! でもすぐに殺さない
「目的地は決まった。サンタイト王国だ」
シンドーが静かに告げる。主人の決定を受け、リナは静かに頷いた。しかし、ゼナは狼狽するだけである。
「えええええええええええええええええっ!?」
「うるさいですね。マスター、口を閉じさせても」
「ゼナ。少し静かにしないと痛いよ」
情け容赦ない主従の言葉を聞き、ゼナは静かに沈黙。おずおずと挙手し、質問の許可を待つ。
「なんだい、ゼナ」
「あの。サンタイト王国って国の中心地ですよね」
「そうだね」
「つまり、敵の本拠地ってことですよね!?」
「偉いぞ、ゼナ。きちんと敵の場所を理解しているな」
「じゃあ、なんでそんなところに行くんですか!?」
あくまで冷静に語る主人に対し、ゼナは真剣な表情で訴える。
話を聞く限り、シンドーは国に黙殺された身の筈だ。全員が彼の境遇を知っているかは疑問だが、ひとりでも彼の存在を知れば瞬く間に囲まれることになる。いかにリナが強いといっても、数に囲まれてしまっては自分やシンドーの身が危ういのではないか。
従者の懸念は正しい。だが、シンドーはあくまでこの一言で切り捨てる。
「決まっているだろ。ネフィアがいるからだ」
正確に言えばここから連れて行かれる、になるだろうか。先程の念話は王国側に聞かれていると思って間違いないだろう。
「ネフィアがどう思っていようが、王国はアイツを死守しようとするだろう。サイラスまでやられて、しかも勇者が生きていると知ったんだ。これ以上、祭をやる余裕なんてないだろう」
「では、帰還中に襲えばいいのでは」
「確実に殺すなら、それでもいいだろう」
しかし、それではいけない。ただの暗殺ではダメなのだ。特にあの聖女は、自分は殺されても構わないと思っている。あんな奴を絶望させるには、こちらの恨みを押し付ける以上のなにかが必要なのだ。
「今までは素早く、最小限に殺してきた。だけど今回は違う。大勢の前でアイツを殺す」
それがシンドーの注文。主人の命令だ。ゼナは始めて見るシンドーの殺意に満ちた瞳に愕然としていた。だが、実際に動くリナはやはり表情を変えずに頷く。
「はい、あなたの望みのままに殺しましょう」
「すまないね。本当はもっと手早くやるつもりだったけど、話しているとムカついて仕方がないんだ。俺の苛立ち、止めてくれないかな」
「私はマスターの怒りを体現します。マスターの怒りさえあれば、私に不可能はありません」
なぜならシンドーの怒りはリナの怒り。この憤怒の炎が湧き上がる限り、炎の剣とドラゴニュートの娘に敗北はない。自分が死ななければ、シンドーの目的は果たされる。そうすれば、彼は幸せになる。マリスレギオンなんて関係ない。リナの望みはそれだけだ。
「ありがとう」
一方、シンドーはリナに甘えているのを自覚していた。マリスレギオンの力で屈服させたつもりが、彼女の力に依存しはじめている自分がいる。サイラスと精霊の剣ですら打ち破り、しかも自分の注文をなんでも果たしてくれるのだ。
彼女なら、困難な注文になってもやってくれるだろうと思うようになっている。
だが、これで最後だ。最後だからこそ、一番注文を付ける。
今までで一番派手な花火を打ち上げよう。
「今まではリナに殺し方を任せていたね。だけど、今回は俺が命令を出す」
「え、御主人様がですか?」
「ああ。ゼナ、君にも働いてもらう」
怯えた表情でこちらを見るエルフの少女に視線を送り、傷だらけの勇者は言う。
「まず、サンタイトにはゼナだけが入国する」
「私だけがですか!?」
「そうだ。向こうには俺を知ってる奴が大勢いる筈だ。下手に俺が国に入ろうものなら、その場で捕まる」
また、リナの同時入国も難しい。彼女はドラゴニュート。メイド服から漏れる翼や尾はなによりも目立ってしまう。
対してゼナは奴隷としては優秀なエルフ族。人間社会に出て、王国に入っても違和感はない。
「ゼナには俺たちの入国を手引きしてもらう」
「手引きと仰られましても、私に兵士は無理です……」
「別に入国検査の仕事につけと言わないさ。ただ、魔法で少し彼らを眠らせてくれるだけでいい」
強固な守りでも、内側から亀裂を生じさせてしまえば大したことはない。向こうには暗殺者部隊も、最強の戦士もいないのだ。恐れる者はない。
「そんなに難しいことじゃないだろ」
「それは、そうですけど」
「いけないことをしてる自覚がある?」
主人の言葉を聞き、リナが怒気を含んだ目線をゼナへと向けた。怒りの眼差しを受けたエルフの少女は恐怖に身を震わせる。
「リナ、あまり怖がらせちゃいけないな」
「しかし」
「いや、いけないことをしている自覚があるっていうのは大事なことだ。今後の反省にもつながるからね」
だからこそシンドーは自覚のない人間に植え付ける。その為にも行動は素早く、しかし即殺せずだ。連中には均等に苦しみを味わってもらわなければならない。例えそれが聖女であろうと、王であろうと、国民であろうと、精霊であろうと。
「そして反省で胸を縛り付けた後、死んでもらう」
勇者と呼ばれた男が酷く歪んだ笑みを浮かべた。これが最後の獲物なのだと思うと、嫌でも興奮してくる。恐らく、魔王との対面でもこんなに昂ぶることはなかっただろう。
懸念があるとすれば、精霊の存在だ。声は聞いたことがある物の、どうすれば彼女と会えるのかはわからない。ゆえに、確実に手が出せる範囲での活動はこれが最後だ。
「君たちも、これが最後になる」
ふたりの従者を見渡し、シンドーは目を細める。
「最初に言った通り、これが終われば君たちは自由だ。俺ができる範囲でなんでも願いを叶える」
少しの間、共に行動をしてきたが、彼女たちは実に無欲だ。立場の問題があるかもしれないが、あれが欲しいこれが欲しいとねだる事はない。ゆえに、念を押しておく。
「だから、最後の時には各々考えておいてほしい。俺の戦いが終わった後、どうするのかを」
「マスターの戦いはこれで終わりではありません」
すると意外な事に、リナが口を開いてきた。普段ならシンドーの言葉を常に肯定し続ける彼女が、こうして割って入ってくるのは非常に珍しいことだった。
「まだマスターには憎む敵がいます」
「……聞こうか」
「無論、あなたを倒すように連中を誑かした張本人、精霊です」
リナは思う。
罰を与えるべきは罪を犯した者である、と。ゆえにシンドーを殺す意図があるのであれば、精霊とて同罪である。
「私はマスターの矛。いかなる敵であろうと、あなたの代わりに首を跳ね飛ばすのが私の使命です」
「ありがとう、リナ。その気持ちだけで嬉しいよ」
確かにシンドー自身にも精霊を問い詰めたい気持ちはある。元々、不愉快な言動が多かった神様だ。気に入らないという理由で消されてもおかしくはない。ネフィアにもそう宣言している。
「だけどね。肝心の精霊の手掛かりはなにもないんだ」
「え、そうなんですか?」
ゼナが首を傾げる。意外だったのだろう。精霊から魔王退治に必要な剣を受け取った張本人が、その精霊の手掛かりがないというのはおかしい。
「俺たちは声しか聞いたことがない。信仰心が厚いネフィアにしたってそうだ」
自身は直接手を下さず、人間の味方のように振る舞ってモンスターを駆逐させていった。まったく、彼女の手口は呆れる程鮮やかである。モンスターに襲われている人間たちを上手く乗せ、自分は信仰を得ているのだから大したものだ。もっとも、シンドーもそれに乗せられたわけなのだが。
「ん?」
だが、ここで勇者は疑問に思う。
今、なぜ精霊を『彼女』と断定したのだろうか。声質は確かに女性のものだった。しかし、モンスターの中にも人語を操る者は大勢いた。中には両性類も混じっていた筈だ。
最初に聞いた声で勝手に決めつけてしまったのだろうか。
「マスター。いかがなさいました」
「あ、いや」
それにどうにも理解できないのが、さっきから自分が精霊との戦いを避けていることにある。ネフィアに宣言し、リナに進言されて断る理由はなにもない。寧ろ、彼女から協力してくれるのであれば百人力ではないか。今のシンドーにとって、リナより信頼できる味方はいない。
これではまるで、自分が精霊を大事にしているようではないか。ここまでやられて、心のどこかで信じようとしているようではないか。
「……ゼナ。早速だが、入国の準備を進めてくれ。なるべく、急いで」
「は、はい!」
気を紛らわせるように言うも、気味の悪さが抜けきらない。感情的な熱と、未知の感覚による恐怖の寒気が一気にシンドーへと降り注いだ。




