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マリスレギオン  作者: シエン@ひげ
第2章 サイラス
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Ⅱ-9 聖女の朝

 朝。

 目覚めた時、宿のベットにサイラスは居なかった。先に起きたのかと思い、宿屋の中を探してみる。


「サイラス、起きているのかしら?」


 呼びかけるも返事はこない。一通り宿を回ったが、彼の姿はまったく確認できなかった。部屋の中を探してみれば、精霊の剣も消えている。まさかと思うが勝手に外に出たのではないか。

 顎に手を当てて考えていると、激しいノック音が扉を叩く。


「失礼します! ネフィア様、緊急事態です!」

「起きています。入っても大丈夫ですよ」

「はっ!」


 息を切らして兵士が入ってくる。扉の開け方から察するに、尋常ではない事件が起きたのは容易に想像がついた。だが、ネフィアは敢えて平然とした態度で彼と対面する。他人が自分に求める姿というものを、彼女は理解していた。


「どうしたのですか」


 できるだけ笑顔で。それでいて母のような慈しみの感情を以て言葉を求める。こうすることで少しでも兵士に安堵感を与えてやりたいと思った。しかし、彼は複雑そうに唇を噛み締め、重々しく口を開ける。


「昨晩、サイラス様が殺害されました……!」

「え?」


 耳から入ってきた言葉を理解できない。いや、意味はわかるのだが、そこから思い浮かぶ光景をイメージすることができずにいた。混乱するネフィアを知ってか知らずか、兵士は今朝の出来事を連絡する。


「……遺体はハナッジの森で確認されました。今朝、街の人間がキノコを採取する際に発見されたそうです」

「そんな……いったいなぜ」

「遺体には切り傷と火傷の痕跡があったと報告を受けています。恐らく、そのいずれかが」


 そうなるとサイラスは誰かと剣で戦い、負けたということになる。部屋の状態から察するに、自分から森へと向かったのだろう。

 ネフィアは知っている。精霊の剣を持っている彼を倒すことができる魔族など存在しないことを。そもそも精霊の剣で斬られればモンスターなどたちまち消え去ってしまう。魔王の影響力が薄まったなら尚更だ。


 では、人間が彼を打ち倒したのか。

 しかしサイラスは魔法使いが相手だとしても遅れはとらない。鍛え上げた肉体と精霊の剣の加護さえあれば、魔法など相手にならない。できるのなら両方に精通した達人以外にありえないだろう。

 そんな人間がいるのか。このサンタイトに。


「……まさか」


 いや、いる。たったひとりだけ、精霊の剣をサイラスよりも知り尽くしている人間がいた。彼ならば剣技や魔法も問題ではない。自分たちが得意な分野を、技術として授けたのだから。


「サイラスの遺体に変わった個所はありましたか?」


 表情を作る事も忘れ、ネフィアは思うままに問う。今、自分はとても酷い表情をしているのだと思いながらも感情を上手く操作できなかった。


「はっ! それが、信じがたいことに精霊の剣は折られ、サイラス様の周囲には勇者シンドー様の象徴が描かれておりました」

「それはクロエの時と同じでは!?」

「えっ、あ! そう言われてみれば!」


 既に殺されたクロエ。今朝見つかったサイラスの遺体。共に勇者の象徴が描かれ、価値がある筈のものは一切奪った形跡がない。

 ネフィアの中で予感が確信へと変わった。


 彼が戻ってきたのだ。

 嘗ての恨みを晴らすために、ひとりずつ確実に始末している。残っているのは、もう自分だけだ。


「ネフィア様、一度国へ戻りましょう! 守りが強い場所にいるべきです!」


 兵士が強く提案した。勿論、彼が言いたいことはわかる。これは明らかに勇者一行に悪意を持った者が行った凶行だ。

 しかし、当人たちからすれば然るべき報いではないだろうか。クロエはどう思ってたかは知らないが、少なくともサイラスは嘗ての罪を償おうとしたのだと思う。そうでなければ、彼がひとりでハナッジの森まで出向く理由はない。


「……そうですね。あなたの仰る通りです」

「では、他の兵士達に伝えてまいります! ネフィア様はどうか我々から離れないよう――――」

「その前に。お願いがあります」


 瞼を閉じる。ネフィアは頭を下げると、手を合わせて静かに祈り始めた。









「素晴らしいな。リナは本当にいい仕事をしてくれる」


 できることなら今すぐ頭を撫でてやりたいところだが、シンドーはその気持ちをぐっと我慢する。

 半分はモンスターでも、もう半分は人間だ。しかも異性であるリナを、中途半端な気持ちで触れるべきではない。ましてや彼女にはプライドがある。マリスレギオンの力で忠実な僕であっても、最低限の礼儀は守るべきだろう。あくまで主従として。


「お褒めいただきありがとうございます。ですが、まだ最後の獲物が残っています」

「わかっているさ」


 そしてこの最後に残った『敵』が一番厄介である。聖女ネフィア。精霊の信仰が厚いこのサンタイトでは、王の次に権力を握っていると言われている人間だ。既にクロエとサイラスを殺した手前、どんなに鈍くてもこちらが悪意を持っているのは明確に理解しているだろう。

 もっとも、気付いてもらわないと困る。連中には報いであることを自覚してもらわないといけないのだから。中途半端な善意を持っている奴ほど、それを自覚させねばならない。


「ネフィアをどう殺すのか、もう決めているのかな?」

「武器の準備は終わっていますが、問題はこの後向こうがどう動いて来るか、ですね」


 サイラスの遺体にわざわざクロエと同じ象徴を刻んでやったのだ。これでまだ勇者祭などとふざけた行事を行うなら、リナは街ごと聖女を灰にするつもりでいる。


「国で最高の剣士が敗れたのですから、既にどこかに移動しているのではないかと」

「だろうね。俺ならそうする」


 寧ろ、誰でもそうする。命を奪われるかもしれないのだ。仮にネフィアが罪の意識に悩み、自ら命を絶つと言っても周りが止めるだろう。彼女は権力を手に入れてしまったのだ。こうなってしまえば、自分ひとりで自らの命を左右することはできない。


「まずは街へいき、勇者祭の動向を探ろうかと思います。さしあたり、ゼナを向かわせたいのですが」

「いいとも。任せると言った手前、最後までやらせるさ。ゼナもそれでいいね?」


 言われ、ゼナは慌てて主の顔を見る。


「は、はい! 街に行くんですね。ええ、大丈夫です!」

「ゼナ。なにをしているのです?」


 彼女の態度を見て、リナは訝しげに視線を送る。明らかにシンドーの言葉に集中していない態度だ。これでは安心して送り出せない。高い金を払ったのだ。価値に見合う仕事をしないのなら、ここで切り捨てなければならない。


 リナの怒気に気付き、ゼナは怯える。が、肩を震わせながらも必死に弁解し始めた。


「違うんです! 誰かが呼びかけてくるんですよ!」

「誰かが?」


 耳を澄ませ、シンドーが意識を集中させる。

 先程まで気付かなかったが、敵意のない魔力が僅かに漂ってきていた。あまりに優しい空気と共に運ばれてきたので、まったく気付けなかった。


「ネフィアの念話だ。向こうからこっちに用があるようだね」


 エルフであるゼナは魔法の気配を敏感に察知するのだろう。尖った耳がぴんぴんと跳ね上がるのを見て、シンドーは愉快に笑う。


「こいつはいい。お手柄だよ、ゼナ。あいつの糞みたいな信仰の強い念話なんて、俺じゃ気付けないからね」

「褒められてるのでしょうか……」

「褒めているんですよ。しかし、どうするのですかマスター。こちらの居場所が気付かれている可能性もありますが」


 今、シンドー達はハナッジの森から離れた別の街の宿屋で待機していた。ネフィアの魔力がここの兵士達にまで届けば、すぐに包囲しにかかってくるだろう。その時は国との戦いになる。リナはとっくにその覚悟ができていたが、動くべきか決めあぐねていた。すべては主が望むままに。それが彼女のモットーだからだ。


「勿論、応じるさ。きっとこれが最後の問答になる筈だからね」


 言うと、シンドーは残された腕に絞りカスのような魔力を凝縮して額に当てる。

 眼を閉じて意識を集中させると、聞き慣れた女の声が頭の中に響き渡った。

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