Ⅱ-8 僕が理想とした戦士様は想像よりもずっと自分の身が大事だった
間違っている、とは言えなかった。シンドーが言い残した言葉に反論する余地もなく、サイラスは襲い掛かってきた少女に剣を振るう。が、少女は炎を纏った剣でこれを弾いた。
「なんとぉ!」
細腕から繰り出された払い。剣戟から伝わる強烈なパワーを受け、サイラスは掌が痺れるのを感じた。
「君は誰だ。なぜ彼の味方を!?」
「みたらわかりませんか?」
つまらない物を見る表情で見下してくる。そんなことをわざわざ説明しなければならないのか、とでも言わんばかりの口調だった。が、ややあってから少女はふと気づく。
「ああ、すみません。見てもわからないし、自分の都合のいい形で自己完結してしまうようなお方でしたね。それでは説明してあげないと理解もできません」
「なにを……!」
「違うのですか? いいえ、違う筈がないでしょう?」
少女の背中から翼が広がる。確かな怒気を瞳に宿し、跳躍。羽ばたき、サイラス目掛けて突進してくる。
「うぅ!」
少女の羽ばたきが風を生む。風は大地を揺るがし、森を泣かせ、サイラスを責めた。
お前が悪くない筈がないだろう、と。冷たいそれを肌で感じながらも、サイラスの身体はあくまで抵抗を選ぶ。
突き出された炎の剣を弾くと、そのまま力任せに少女の顔面を殴りつけたのだ。
「ぶっ!?」
少女の顔が歪み、そのまま草原に叩きつけられる。サイラスは息を整え、倒れた少女目掛けて切りかかった。
「ほら、あなたは自分が可愛くて仕方がないから他人を傷つける」
振り下ろされた精霊の剣が途中で静止する。いつの間にか腕を絡め取っていた尻尾が、サイラスをそのまま木にへと放り投げた。
激突。
「ぐあ!」
背中に走る痛みを堪え、サイラスは起き上がる。
が、その喉元に炎の刃が付きつけられた。持ち上げられるようにして剣先が彼の顎をなぞっていく。
「私にはわからない。心ではやってはいけないと理解していると言いつつ、それを実行することが。あのお方にあんなに言われて、尚も自分の命だけでどうにかなると――――いいえ、自分さえも助かる道があるのではないかと考えていらっしゃる」
それがどうしても解せない。
理解できない。
生き恥を晒すだけの下呂に塗れたような存在。
人は彼を理想の戦士だと言う。あのお方もそうだと信じていた。しかしこの男はそれらの気持ちを裏切ったのだ。
許せない。他はともかく、あのお方の気持ちを弄んだその罪は、あらゆる業火に捧げられても尚足りない。
「だから死ね!」
少女の顔が歪む。刃先から炎が溢れ出した。さながら彼女の激情を象るように炎は噴出し、瞬く間にサイラスを包み込んでしまう。
「まだ倒れるわけにはいかない!」
「は?」
炎を切り裂き、サイラスが前に出てくる。突き出された精霊の剣が、リナの頬を切り裂いた。
顔面目掛けて突き出された精霊の剣。これを難なく回避したと思いきや、リナはつまらなそうにサイラスの横へと回り込んでいく。
「お前を倒し、シンドーを止める!」
「はぁ、そうですか」
回り込んだリナに目掛け、再度剣戟が向けられる。
リナはそれを軽くステップを踏みながら避け、呟く。
「それ以上の恥を晒すことはおススメしませんが」
「なんとでも言え! これ以上、アイツを進ませるわけには――――」
「そうさせたのはオマエだろ」
丁寧な口調から一転。敵意を込めた眼光で射抜かれた。サイラスは怯まなかったが、怒りに身を任せたリナは止まることなく切りかかる。
「私はあの方の剣。あの方の怒りの化身!」
ゆえに、怒りが収まらぬ限りは矛を向けよう。
怒りが吼えるままに。怒りが燃えるままに剣を振るい、敵を刻む。憎い敵を。
「オマエは敵だ! あのお方を傷つけ、私腹を肥やした憎むべき敵!」
サイラスは問うた。
なぜお前はシンドーの味方をするのか、と。そこにはあらゆる意味が含まれているのだろうが、その問いに対しては敢えてこう答えよう。
「なぜ敵が生まれないと思わない!?」
精霊のお告げ。王の命令。理由はこの際なんだっていい。
問題はサイラスが行動したことにある。その結果が今の引き金になっているのだから、理由なんてものはどうだっていいのだ。
リナがサイラスを殺す理由なんて、たったひとつしかありえないのだから。
「オマエはあのお方を信じていたと言ったな!」
だが、サイラスが裏切った。悩んだのかもしれない。
しかし、結果としてサイラスはシンドーを切った。だからこの話はこれで終わりだ。
「ならば信じたまま殺されろ! 私はその為に剣を取った!」
精霊の剣。魔王さえも殺してみせた聖なる刃。一説によれば、あの剣で斬られたモンスターはたちどころに消滅してしまうらしい。効果は個体差があるらしいが、魔王でさえも切り伏せたのだから効力は本物だと思っていいだろう。
ハーフとはいえ、リナも半分モンスターだ。刃が通ればそれだけで致命傷になる。
しかし、それがなんだ。
怖気づく理由なんてない。
私はあの方の憤怒の化身。
私はあの方の刃。
あの方の憎悪の体現者。
私が止まってはあの方の望みは果たされない。もしもあの方の復讐が果たされないと言うのであれば、私が世界の全てを燃やしてやる。その為の炎の剣だ。
「止めれるか!? オマエに、私を!」
リナの激情がサイラスを押し黙らせる。物静かだと思えた炎竜の少女は、内に想像以上の熱を貯め込んで突っ込んできていたのだ。
サイラスは思う。自分がそうさせたのだ、と。
「私を憐れみますか」
サイラスの目を見て、リナは呟く。
「この期に及んで、まだそんなことができる。私にはそれが理解できない」
なぜそんな真似ができる。
シンドーを勇者と尊敬したと言った癖にあっさりと言いくるめられた癖に。
善人のような真似をするな。お前の情は腐っている。
それとも、モンスターを絶対殺す精霊の剣を握っているからか。その剣があるから自分が負けるはずはない、と。殺される筈がないとでも思っているのか。
「……だったら、その剣を折りましょう」
小さく紡がれた言葉を受け止め、サイラスの瞳が揺れる。
信じられないとでも言いたげな顔だ。嗚呼、やはりコイツは剣があるから自惚れているのか。
「できないとでもお思いですか? いいえ。いいえ。できますとも。あの方にレギオンを刻めと命じられれば、私に不可能はなくなる」
今までそうしなかった理由は単純だ。元の主の元に返し、そこで改めてへし折るか否かの指示を仰ぎたかったからだ。精霊の剣は勇者シンドーのシンボルだ。輝かしい剣はあの方こそが相応しい。
決して、サイラスではない。あっていい筈がない。もしも偽善の塊が素晴らしいと言うのであれば、そのすべてを灰に返そう。
さあ、最初は偽善の代表者から。
「う、く」
「怖いですか? 私が怖いですか!?」
剣が交差する。サイラスは打ち払おうと力を絞るが、少女はその圧力を物ともしないでどんどん前進してきた。
「ただ火を出すだけの剣だと思いましたか。あなたが精霊の剣を持っているのは皆知っているんですから、殺すつもりで来た以上、折れるような剣で挑むはずがないでしょう」
もしも折れたなら、その時は剣を捨ててそのまま拳でへし折りに行く。もう精霊の剣はサイラスの偽善の色に染まりきってしまった。だったら、いらない。
「怯えて、震えながら死ね。お前じゃ誰も救えない」
吐き捨てるように少女が言う。
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
眼前に差し迫る嘗てない脅威を前にし、サイラスは懸命に足掻く。腕には血管が浮かび、額からは溢れんばかりの汗が噴き出ていた。身体の芯から熱を放出させ、リナを押し退けようと力を放つ。
しかし、少女は揺るがない。
その眼に絶対的な自信を宿しながらも、少女は剣を真下へと降ろした。
砕ける音が響く。
ハナッジの森が静寂に包まれたのは、その直後だった。




