Ⅱ-7 再会
夜はモンスターが活発に動き出す時間帯だ。魔王がいた頃はそうでもなかったが、人間が支配するようになってからは彼らの生活周期に合わせてモンスターたちも生活するようになっている。支配者が寝静まった頃が、一番動きやすいのだ。
このハナッジの森も例外ではない。人間の手が入ったとはいえ、夜には果物を求めてモンスターが入り込む。
だが、今日だけは違った。
入り組む道にモンスターの足痕はなく、木の傍にモンスターの亡骸が転がってる。酷い血の匂いだ。サイラスは鼻をつまみ、森の中を進んでいく。
当てもなく彷徨っているわけではない。この森に足を踏み入れた瞬間、得体の知れない魔の気配を感じたのだ。魔王城に生息していたモンスターなど比ではない。敢えて近い存在を挙げるなら、それこそ魔王やそれに近しい強力なモンスターたちだろうか。
だが、ハナッジの森にそのようなモンスターが生息しているという報告はない。恐らく、彼が手招きをしているのだろう。自分を誘い出す為に。
罠だと理解している。
だが、サイラスは要求通りにひとりできた。部下は連れていない。ネフィアにも相談していない。
彼の要求が自分ひとりなら、自分がすべてを解決してみせる。きっとそれが贖罪だろう。信頼してくれた勇者に対しての、最大の贖罪。サイラスはここにきて理解したのだ。ずっと彼に謝る機会が欲しかっただけだということに。
「……来たな」
平原が広がる場所に辿り着くと、そこには待ち望んだ人物がいた。
片手片足を失い、顔の火傷を隠すための包帯。そして身体を支えている椅子と、それを後ろから押している黒いフードの人物。すべて、自分たちが奪った証だ。
「シンドー」
「久しぶりだな、サイラス。俺を覚えてくれていたとは嬉しいよ」
「忘れるわけないだろう。長い間、一緒に冒険したんだ」
「そうだな。長かったし、楽しかった」
シンドーの椅子を握る黒いフードの人物の顔は見えない。だが、その指先が震えているのをサイラスは見逃さなかった。
「その人は?」
「協力者だよ。いかんせん、今の俺はひとりじゃ生きていられない」
気配を探る。森の中で蠢く強烈な気配はこのふたりではない。シンドーはその気になればわからないが、今の彼は不気味なほどに穏やかだった。
「どうした、サイラス。折角の再会だ。あの時の続きをやればいいだろう」
「あの時……」
「まさか忘れたわけじゃないよな?」
失った右手を見せつける。サイラスが絶句したのを見ると、シンドーは吼えるように叫んだ。
「お前がやったんだ!」
「それは……」
「違うわけがないだろう。クロエが押さえつけて、サイラスが斬ったんだ! 俺の腕を!」
やめてと叫んだ。
サイラス、やめてよと。
何度も。何度も。涙目になりながらも訴えたのだ。
だが、剣は振り下ろされた。その結果がこれだ。
「……俺がお前を呼び出した理由はわかるな?」
「ああ。もちろんだ」
「じゃあ遠慮なく聞こう。なんで俺を襲った」
クロエはわかる。ネフィアもわかる。彼らが動く相手は限られている。だが、サイラスだけは違った。王宮兵士とはいえ、クロエのように盲目的に王を信じていたわけではない。ネフィアのように精霊への信仰が厚いわけでもない。
なのに、彼はクロエ達と共に襲ってきた。
「ハッキリさせておきたいんだ。どうしてこうなったのか」
「……それは」
「まさか、今更言えないわけがないだろう。ここまで来ておいて」
サイラスが口籠ったところで追い打ちをかける。
今更逃げることなど許さない。シンドーの強い視線を受け、サイラスはゆっくりと口を開けた。
「……クロエが提案してきたんだ。全員でシンドーを倒そうと。この3人なら勝てるって」
「なぜ」
「王が精霊様のお告げを聞いたと言っていた。お前が魔王に代わってサンタイトを滅ぼす、と。ネフィアも同じ内容のお告げを聞いていたそうだ」
「……そうか」
想像通りの答えだった。精霊のお告げを聞いた王がクロエを差し向け、彼に流される形でサイラスも裏切ったのだ。あのうさんくさい精霊のお告げとやらに振り回されて。
「それで、サイラスはそのお告げを信じたのか」
「信じたくはなかったさ! だが、」
「だがもなにもないだろう!」
それ以上の問答は必要なかった。シンドーにとって大切なのは結果だ。
結局のところ、サイラスも他のふたりと同じだった。
「信じたくない? 馬鹿を言うな。現にお前は俺に襲い掛かったじゃないか!」
「だが、サンタイトを滅ぼすかもしれないお前を放っておくのは!」
「言葉で挑まなかったのは何故だ!?」
サイラスは絶句する。返すべき言葉は見つからない。
「お前は長い間後悔したのかもしれない。苦しんだのかもしれない。しかしお前は、権力を手に入れた! 国王たちとグルになって! その道を選んだんだ!」
「そんな物は欲しくなかった!」
「だが、現に手に入れてるじゃないか!」
街中でサイラス様と呼ばれる男が後ずさる。額から汗を流し、車椅子の男を恐れるように。
「精霊様のお告げだと? 便利な言い訳だ。本当に俺がサンタイトを滅ぼすつもりなのかもクロエ達に言い流されて。3人で俺に確認すればよかったんだ。なにも言わずに切りかかってくるなんて、あんまりじゃないか!」
なんで一言話してくれなかったのだ。
シンドーは心の底から吼える。包帯の奥から僅かに見える瞳から、小さな滴が零れた。
「あの冒険はなんだったんだ!? 一緒に魔王を倒そうと誓った! 倒したら用済みだと言うことか!? それが精霊と国王、お前たちの望みか!?」
「違う! 俺は、お前を信じていた! お前なら魔王を倒せると! お前こそが勇者だと思っていた!」
「ふざけるな!」
勇者? そんな肩書に何の意味がある。
魔王を倒せる? 誰でもよかったんじゃないのか。
お前を信じていた? 嘘をつくな。最後に襲い掛かって、剣を奪ったのは誰だ。
「どんなに取り繕っても真実は変わらない。お前たちは、俺を捨てたんだよ!」
「シンドー!」
「やれ! サイラスにレギオンを刻め!」
森の中で蠢く強力な魔の気配が、一気に膨れ上がる。サイラスはその空気を肌で感じ取ると、腰に携えていた剣を抜いた。
「そうだ、サイラス。それがお前だ」
身構えるサイラスに向け、シンドーは言葉を投げる。フードに包まれた協力者に連れられ、森の奥に向かいながら。
「自分の身の可愛さに、仲間から奪った剣を振るう。自分の正当性を主張する為に言葉を振るう。お前はそういう奴だったんだ」
それはシンドーの中にあるサイラスの理想像とは遠くかけ離れた存在だった。
ゆえに、彼は命じる。レギオンを刻め、と。闇夜の森に潜む最高の武器に注文する。
「俺が信じた仲間はいなかった。もっと早く気付くべきだったんだ」
「待て、シンドー! どうするつもりだ!?」
暗闇の奥へと消えていく嘗ての仲間に呼びかける。が、彼は強い眼光を向けたままだった。敵意の籠った眼光だ。
「決まってるだろう。お前にはクロエと同じ道を辿ってもらう。その為に俺は新たな力を手に入れたんだ。お前たちが築きあげたものをすべて破壊する為に!」
「やめろ!」
サイラスは叫ぶ。精霊の剣を構えたままシンドーに駆け寄るが、その間に割って入る黒い影があった。反射的に剣を振るった。精霊の剣と、燃え盛る炎の剣がぶつかる。炎の明かりで相手の顔が見えた。
少女だった。メイド服に身を包んだ、角と翼が生えた少女。人間の面影はあるが、立派なモンスターだった。
「なぜ止める? お前は俺が止めてくれと言っても聞いてくれなかったじゃないか。腕を切断し、剣も奪って、俺からすべてを取り上げたんだ! まさか、今更自分の命だけで終わると思ってないよな?」
だとした甘い。あまりに甘すぎる。
相手はサンタイトを滅ぼすと精霊様がお告げになったような男だぞ。そんな希望を抱いてどうする。
「信じろよ、お告げを。そうでないと俺を切った甲斐がないだろう?」
シンドーと協力者が闇に消える。追おうとするも、立ちはだかる少女の剣撃を防ぐのが精一杯だった。




