Ⅱ-5 揺らがぬ炎
炎の剣を手にする者には幾つかの資格が必要だと言い伝えられている。
揺らがぬ心。どんな状況でも、絶対に折れない鋼のように強靭な精神力こそが炎の剣の持ち主に相応しいのだという。誇りをなによりも第一に考えるドラゴンたちは、何時の間にか炎の剣を扱う者こそが最強のドラゴンであると考えるようになった。
竜の里の長い歴史の中で、炎の剣を制御しきれたドラゴンは居ない。
ただひとり、混血のドラゴニュートを除いて、だが。
「おお……」
現竜王は声を漏らした。
長い間、骨董品も同然だった炎の剣に持ち主が現れたのだ。他の竜の民は怒るかもしれないが、歴史が動いた瞬間を見て、興奮が抑えられない。
「お待たせしました、マスター」
レナが剣を我が物のように携え、シンドーのもとへと戻ってくる。
「よくやったね。傷は大丈夫?」
「平気です。この程度、マスターが受けた傷に比べればかすり傷ですから」
「別に俺は火傷してないよ。炎は全部君が受け止めたからね。ゼナ、傷を治療してあげて」
「は、はい!」
エルフの少女が回復魔法をかけてくる。
その様子を傍から見て、現竜王は思った。バーゼトの娘はこの数年で逞しくなりすぎた、と。彼女が里から追放されたのは、丁度ティアマットがシンドーと戦っていた頃だ。
あの時はまだ人間の子供のように矮小で、貧弱だった。それがたった数年で見違えるように成長した。美しく、逞しく、それでいてどこか儚い。
モンスターの外見は精神で決まる。ゆえに、精神が幼ければ相応の小さな身体に。逆に完成した心であるならば、相応の強さを持つ肉体へと変貌する。
ドラゴンが優れているとされるのは、一重に身体が大きいからだ。モンスターの世界では、身体の巨大さがひとつのステータスとなっている。当然だが、単にデカければ強いというわけではない。しかし、大きければそれだけ自分の力を誇示しやすいのも事実だ。
リナはドラゴンの血が入っているが、決して巨体ではない。
人間の女性と比べても、そこまで身長がある方ではないだろう。にも拘らず、炎の剣を所持する程の精神力を完成させている。力でも、だ。なにがそこまで彼女を変えたのか。これから先のドラゴン族を率いるうえで、大事になる気がする。
現竜王は問うた。
「バーゼトの娘。いや、リナよ。お前はどうやって力を手に入れた」
短くも、率直な質問だった。
火傷の痕を治療しているリナは、現竜王に振り返らないまま答える。
「イアンは優れた調教師でした。魔王城に生息する魔物を大量に保管していたことを考えると、もしかしたら魔王とも関わりがあったのかもしれませんね」
「どういうことだ?」
「簡単です。私はイアンに捕まった後、そいつ等を全員屈服させただけです」
あっけらかんと言ってのけた。
だが、それが何を意味しているか、わからない竜王ではない。
「まさか、子供のころから暗黒大陸のモンスターと戦っていたというのか!? まだ小さいお前が、魔王城に住むことを許された強きモンスターと戦って、勝ったというのか!?」
「はい。そうです」
イアンは死んだ。だから当時のことを知る者はいない。
だが、現竜王は『バーゼトの娘』がどれだけ矮小な存在だったか、よく知っていた。親の力を借りなければ岩を登る事すらできなかったような小娘だったのだ。そんな奴が、どうして勝てる。
まさか、その秘密が揺らがぬ精神力だというのか。ただの小娘を一瞬で最強ドラゴンに仕立て上げた、気高き魂だというのか。
「話の途中で悪いけど」
現竜王が口を開く前に、シンドーが間に入る。
「リナは俺のだ。彼女に質問するのは結構だが、困らせるようなら所有者である俺に一言許しが欲しいかな」
「人間よ。お前の目利きは優れているが、彼女は炎の剣に認められた」
「だから?」
「正式に、我らを束ねる権利がある」
「お断りします」
興味もなさげに、リナは即答した。
現竜王は落胆の表情を見せるも、予想できた解答だったらしく、そこまで深く追求することはない。彼女の力の源が『揺らがぬ精神力』ならば、当然の解答だった。
里で用意できるあらゆる欲望などでは、決して動かないだろう。
「よかろう。一族の掟に従い、炎の剣はお前の物だ」
「ありがとうございます」
それだけ聞けば十分だ、とでも言わんばかりにリナは歩き出す。シンドーを抱きかかえ、ゼナの治療を受けながら。
きっと、もう二度とここに来ることはないだろう。無言だが高圧的に発するリナのオーラが、現竜王に確信させた。事実、彼女たちは既に次を見ている。
「大変お待たせいたしました、マスター。これでサイラスを葬る武器は準備できました」
「ああ、大分待ったな」
サンタイトから暗黒大陸まで、時間をかけた。こうしている間にもサイラスたちは準備を整えていることだろう。クロエを殺した、自分への対策を。
「冒険の司令塔はクロエだった。俺たちの中で、彼は一番罠の知識が豊富だったからね。サイラスとネフィアは寧ろ戦う事に特化されている」
片方は最強の戦士。もう片方は最高の魔導師。
どちらもクロエとは比べ物にならない強敵だ。クロエがいなくなったとしても、彼らは大勢の部下を引き連れている。既に勇者一行はバラバラになった。彼らには、優秀な部下が付いている身である。
「俺のメッセージに気付いてくれている筈だ。少なくとも、シンドーが関わっている可能性がある程度にはね」
「はい、マスター。ですが、まだ彼らは私を視認していません」
リナと接触した暗殺者は全員殺した。
もしも仮にリナを知り、対策をしたとしても、揺らぎはない。
「勝つのは私です。マスター、私にご注文を」
「本当に頼もしいな、君は。嬉しくなってくる」
こんなに頼れる武器は始めてだ。精霊の剣を手にしたときでも、こんな安心感を得ることはなかったというのに。
「サイラスを殺すんだったな」
「はい、その為にこの剣を手に入れました」
「確信はあったわけか。自分は炎の剣を使うに値する、と」
「いいえ。使えないなら、その時に考えました」
「大した度胸だな」
「お気に召しませんか?」
「いいや、そういうのは好きだ」
寧ろ、実力があって度胸がある方がいい。土壇場になってサイラスやネフィアの名前にびびるような腰抜けに用などない。
「まあ、元からクロエをやった時点で信頼してるとも。それに、必要な物ならなんでも用意すると言ったのは俺だ。君はあくまで買い物をおねだりしただけさ」
だから、これから思いっきり働いてもらう。
ここからは自分の注文も付けて、だが。
「リナ。サイラスを殺す前に、ひとつ頼みがある」
「なんなりと」
「殺す前に、彼と話をさせてほしい」
「それは危険です」
ここで始めてリナが渋い顔を作った。
ゼナも同様だった。
「そ、そうですよぉ! ご主人様に剣を向けたのなら、また襲われる可能性が」
「殺す前に、本人にハッキリさせておきたいことがあってね。悪いが、ここは俺の我儘を貫かせてほしいんだ」
それに、心配は無用だ。
「もし、サイラスがまた切りかかったらリナがなんとかしてくるだろう?」
「それは、もちろんです。ですが……」
「不満か?」
「……はい」
「珍しいね。いつもは二つ返事だけど」
リナは常にシンドーの命令は絶対服従。笑顔を絶やさずにいた。ところが、今回に関してはリナでも思う事があるようで、中々納得する気配がない。
「……彼らは勇者祭の主役だそうです」
「そうだな。そうなるだろう」
勇者シンドーは死んだ。だから仲間である彼らが主役になる。必然だ。
「しかし、私は彼らがマスターを除け者にしているのが……いえ、除け者にしてしまったことがどうしても許せません。そんな連中にあなたが会うなど」
「気持ちは嬉しいけど、それでもどうしても聞いておかないといけないことがある。サイラスはその後に消してくれ」
納得しなきゃいけない。
クロエはまだわかる。だが、サイラスとネフィアまで殺しにかかってきた理由はなんだ。本当に自分の想像通り、精霊か国王に言われてやったことなのか。
本人に聞いて、納得する必要がある。
「なにも知らずに地獄にいくのは嫌だからさ」




