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マリスレギオン  作者: シエン@ひげ
第2章 サイラス
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Ⅱ-4 ただ、そこにいたいから

「炎の剣はこの祠に祀られている。本来ならここに入ることができるのは選ばれたドラゴンのみだ」


 現竜王が後ろを振り返り、シンドー達に語りかける。

 彼らは『選ばれたドラゴン』とはいえない生命だ。人間とエルフ、そして『混血』。特に後者は忌むべき存在として里から追い出された少女だ。

 現竜王は覚えている。バーゼトと呼ばれたドラゴンが人間の女に惚れこみ、恋慕したのだ。しかもあろうことか、外部との接触を嫌う里にその女を連れてきたのである。

 結果だけ言えば、女は追放された。生まれて間もない娘を連れて、迫害されたのだ。その時の娘が、まさかドラゴンの秘宝と呼ばれる炎の剣を寄越せと言ってくるとは夢にも思わなかった。きっと過去のどの竜王も、こんな日が来るとは考えてもいなかっただろう。


「先にも言った通り、剣は持ち主を選ぶ。リナが選ばれなければ身体は炎に包まれ、灰になるだけよ」

「これまでに炎の剣を所持したドラゴンは居るのか?」


 シンドーが問うも、現竜王は黙って首を横に振るだけだった。


「ティアマットも挑んだが、身体に炎が移った寸でのところで手放した。ここのドラゴンたちの記憶に残っているいい例がそれだ」


 それ以外は全員消し炭になった。

 ドラゴンの始祖はいかなる技を持ってあの剣を作ったのだろうか。疑問は尽きないが、実物が目の前にある以上は納得するしかない。


「悲しいことだが、我らは炎の剣を祀っているだけにすぎぬ。ティアマットはこの剣をちらつかせることで魔王から里を守っていたが、もしも扱える戦士がいないと知られたら、この里はとっくに攻めいれられているだろう」

「大して変わりはしません。今、こうして私が求めているのですから」


 リナが低い声で言い放った。

 言葉から察して、ドラゴンという種族に対する深い嫌悪感を感じる。


「あなたがたは何時もそうでした。他者を認めず、自分たちがドラゴンであるというだけで勘違いしている。魔王を恐れ、ティアマットも勇者シンドーに敗北したというのに」

「リナ。あまり同族を悪く言うのはよくないよ。俺が言えた義理じゃないけどね」


 シンドーが小さく笑った。リナは沈黙するも、代わりに御主人様が言葉を紡ぐ。


「だけど、リナがいうことも一理ある。ティアマットは尊敬に値する生物だった。勿論、ティアマットだけじゃない。俺の目から見て、尊敬できるモンスターは一杯いる」


 だが、今のドラゴンたちはプライドが高いだけだ。身を潜め、人間たちの影に隠れながら偉そうに踏ん反り返っている。


「もし、俺が剣だったらティアマット以下の連中に託したいと思わないね」

「……勇者よ。お前はそうやってその娘を選んだのか」

「彼女はきちんと力を示してくれたとも。もしも俺の想像未満だったら、その場でお役御免だった」

「光栄です、マスター。次もあなたの期待に応えてみせます」

「ああ、期待している」


 リナが小さく笑った。

 現竜王は彼女の細かな表情の変化を観察しつつも、彼らを炎の剣のもとへと案内する。


「ここだ」


 祠の中。ドラゴンが何十匹も入り込める大きな空洞の中央部に、それは祀られていた。

 鞘に納められた剣だ。見たところ、炎が漏れている形跡はない。


「炎の剣は鞘から抜かれた途端、持ち主に牙を剥く。燃え上がる炎を制した時、剣の持ち主として認められることになっている」

「なるほど。わかりやすくていい」


 満足げに頷くシンドー。その後ろからゼナが小さく問いかけてくる。


「あの。こう言うのもなんですけど、あの剣で魔王を倒したっていう聖剣に勝てるのでしょうか?」

「勿論、切れ味や実際の威力を見ないと俺はなにも判断できない。でも、リナが必要だと言ってたんだ。俺はリナを信じるよ」


 絶対的信頼。言葉を受け、リナは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

 嬉しそうに尻尾を揺らすと、彼女はシンドーに向き直る。


「ではマスター。行ってまいります」

「ああ。行っておいで」


 自然なやり取り。ふたりとも別れることがないと確信しているかのような会話が交わされた後、リナは剣に向かう。

 鞘を手に取った。続いて柄を手に取ると、迷うことなく剣を引き抜く。


「!」


 直後、鞘から炎が溢れ出した。灼熱はリナの鱗に飛び移り、熱量は服を焦がす。

 焼き焦げる痛みを感じながらも、リナは聞いた。


『汝はなぜに剣を求めるか』


 問いかけだった。誰が発したものなのかは知らない。聞いたこともない声だ。

 しかし、あまりにも簡単な問いだったので、リナは迷わずに訴える。


「マスターの復讐を果たす為」

『竜と人の子よ。それはお前の望みか』

「勿論です。それから、ひとつ訂正を」


 怒気を孕んだ口調でリナは訴える。


「私はドラゴンの子でも、人間の子でもありません」

『では、汝は何者なのだ』

「リナです。あの方が私につけてくれた、唯一にして絶対の存在の証です」


 手が焼ける。肌に炎が燃え移っても、リナは剣を手放そうとしなかった。


『では、リナよ。汝はなぜにその男に尽くすのだ』


 マリスレギオンの呪いがかけられていても、リナは自分の意思で剣を握っている。

 シンドーに強制されてはいない。彼がその気になれば、炎の剣を屈服させるまで握れと命ずるのは簡単だ。しかし、彼はそれをしない。リナもその意思に応えようとしている。

 これはマリスレギオンによる畏怖の主従関係ではない。

 もっと純粋で、歪な形。

 シンドーが気付かず、リナだけが持っている一方的な隷属の魂。


「理由がいるのですか?」


 剣の問いに、リナは迷うことなく言ってのける。


 人間の母。ドラゴンの父。ふたりに祝福されて生まれたドラゴニュートの娘。

 しかし、周りの反応はどうだろう。


 ドラゴンたちは『混血』だと言って激しく罵り、人間たちも中途半端なドラゴニュートを奴隷として扱った。

 誰も助けてくれなかった。

 里から追い出され、激しい吹雪に母とふたりで身を打たれた。人間には厳しすぎる環境であてもなく彷徨っている内に、母の身体は冷え切ってしまった。倒れ、何度も揺する。母は目覚めない。

 ドラゴニュートの娘は知った。何度吼えても、懇願しても、結局この地で生きるためには力が必要なのだ、と。


 なにが精霊様のご加護だ。

 なにが誇りあるドラゴン族だ。

 なにが人間の天下だ。


 どいつもこいつも混血を見下して、偉そうにしているだけじゃないか。大した実力を持ってない奴も、大きな力の影から笑ってくる。不愉快な笑い方だった。


 そんな世界で、生きていたいとは思わない。

 小さなドラゴニュートは絶望し、やがて寒さに身を任せようとした。


 そんな時だ。あのお方と出会ったのは。


 本人はもう覚えていないだろう。たった数年で自分はあまりにも成長しすぎた。ただの子供が、人間の10代後半ほどの大きさになっているのだ。気付かないのも当然だ。

 気付かないことを攻めるつもりはない。

 なぜなら、吹雪の中で手を差し伸べてくれた『勇者』もまた、あまりに変わり果てていたのだ。


 輝いていた。あの人みたいな人がいるなら、まだ生きてみたいと思った。

 叶う事なら、この人と旅をしたいとさえ思った。彼がいたからこそ、今の自分がいる。だからこの身を捧げることは当然なのだ。

 変わり果てた彼の怒りを体現する。その役目として自分を見つけてくれたことに、感謝してもし足りない。


「この命はあの方の物です」


 マリスレギオンの継承になど興味はない。ドラゴンを従える力も、支配者としての証も不要だ。

 この身にあるのは、どの生物に対しても優しくありたかった『勇者』の為の力だ。

 小さな自分は役立たずだと知っていた。だから力をつけた。何時か彼の力になりたかったから。


 その時は来た。

 あの方は自分に気付いてくれなくていい。都合のいい駒のままでいい。それだけでも十分幸せだ。今まで誰かに必要とされた記憶などなかったのだから。


 だから、あの方の復讐は私の復讐。

 絶対に果たさないといけない。だって、そうしないと私の人生なんてからっぽでしょう?


『汝が復讐を遂げた後は?』

「わかりきったことを聞かないでください」


 もしも志半ばで彼が倒れるなら、最後まで彼の代弁者でいよう。

 すべてが終わり、彼が『もういい』と言ったのなら、自分も動くのが止まる。ゼンマイが切れた人形のように。


 だから、さあ復讐だ。

 クロエは殺した。あの方を蔑んだ汚い暗殺者を葬ってやった。

 でも、まだサイラスとネフィアがいる。あのお方の信頼を絶対のものとしながら、踏みにじった。

 あの方の怒りは、私の怒り。この怒りを具現化し、精霊の加護を受けた彼らを焼き払う。その為には炎の剣が必要だ。


『もし、剣がお前の望みに応えなかったら?』

「捨て去ります。ガラクタに用はありません」


 熱が退いていく。身を焦がした灼熱の炎は鞘へと収まっていくと、やがてリナに言葉を投げかけた。


『修羅の道だぞ』

「ええ。ですが、それでいいのです」


 剣を鞘へと納め、携える。


「私が、そこにいたいだけなのですから」


 誰にも聞こえないような小さな声で、ドラゴニュートの娘ははにかんでみせた。

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