表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マリスレギオン  作者: シエン@ひげ
第2章 サイラス
10/25

Ⅱ-3 マリスレギオン

 ドラゴンの屍が転がっていく。ある者は首を捥がれ、ある者は羽を捥がれ、またある者は頭が丸ごと潰されていた。まさに地獄絵図である。先程まで一面真っ白だった雪の大地は、あっという間に深紅に染まってしまった。辺りに転がる同胞の亡骸を余所に、リナは平然と歩いていく。


「うえ……」


 リナの肩に担がれていたエルフの少女が嗚咽を漏らす。彼女に触れていた為か、ドラゴンが砕ける生々しい衝撃を直に感じてしまった。


「誰かが死ぬのは始めて感じる?」

「いえ……」


 他者が殺される場面を見るのはこれが始めてではない。既に前の街では目の前でリナの所業を見ているのだ。しかし、ここまで死体の山が築かれたのを見るのは始めてである。ゼナはこういう場面に免疫があるわけではない。

 最初はこちらを囲んでいた十数匹のドラゴンの群れ。さっきまで生きていた彼らを構築していた塊が辺り一面に散らばっているのを見ると、どうしても嫌悪感が湧き上がる。


「その感覚は大事にすべきだよ」


 すると、同じく担がれているシンドーがゼナに向かって呟いた。

 ゼナにはそれが意外で、きょとんとした顔をしてしまう。


「本当に平和を望むなら、そういう嫌悪感は誰もが抱いてないといえない。俺はそう思うな」

「……意外です。御主人様がそう仰るなんて」

「確かに。復讐を望む男のセリフじゃないね」


 自嘲的に包帯男が笑う。

 くっくっ、と不気味な笑いが響く中、不意にリナが足を止めた。


「マスター。到着しました」

「ん。ご苦労様」


 ゼナが肩から降り、改めて大事そうに抱っこされながらもシンドーは見る。

 洞窟のような穴の開いた岩の塊。それが無数に並んでいた。また、入り口なのを象徴するかのような火柱が二本、左右に並んでは侵入者を威嚇する。


「先代の竜王、ティアマットが作った竜の籠です。見た目はただの火柱ですが、結界になっていて外敵を遠ざける役割を持っています」

「もしも入ろうとしたらどうなる?」

「黒焦げになって崩れ去るでしょう」


 涼しい顔で語るリナに対し、どんどん顔が青ざめていくゼナ。


「も、もちろん突破する方法はあるんですよね!?」

「はい。ドラゴンの血を引く者と、それに触れたものなら通る事ができます」

「なるほど。つまり、リナだけが俺達を里の中に導けるわけだ」

「その通りです。では、マスター。ついでにゼナ。ちゃんと捕まっていてください」


 私はついでなんですか。

 涙目になりながらもリナの肩を掴むエルフの少女。だが、彼女たちが里へと近づいた瞬間、鈍い声が響き渡る。


「止まれ」


 どっしりとした、重みのある声だった。

 シンドーはティアマットの影を思い出しつつも、声の主に問う。


「ドラゴンか。さっきの連中といい、手荒な歓迎が好きな種族なのかな」

「群れの気配が消えたと思っておれば、これはまた懐かしい顔がおるもんだ」


 竜の里の一番奥。唯一、爪痕のようなマークが刻まれた洞窟の中から一体のドラゴンがゆっくりと姿を現した。先程襲い掛かってきたドラゴンたちと比べると、敵意はない。代わりに、動きに衰えが見れた。


「バーゼトの娘か。それにお前はもしや……ティアマットを討ち取った者ではないか?」

「だとしたら?」

「要件を聞こう。村の者が倒された以上、返答によってはそなたらを侵略者とみなすかもしれんがな」


 老ドラゴンがゆっくりと近づいてくる。村の若者を殺した者達だというのに、誰も止める気配がない。

 シンドーが軽く他の洞窟を観察する。長年積み重ねた経験が静かに語りかけてきた。ここに脅威となる魔の気配はない、と。


「炎の剣を頂きに来た」

「なに?」

「使うのはこの子だ。名前をリナという」

「名前? 人間がモンスターの子に名前を付けたというのか」

「悪いかな?」

「いや……」


 炎の剣のことよりも衝撃的だったようで、老ドラゴンは激しく狼狽する。

 現状、あらゆるモンスターが人間に支配されているのだ。ある者は奴隷、またある者は素材として解剖されていく。言ってしまえば家畜のような扱いなのだ。

 そんな世界で、家畜に名前をつける。傍から見れば、変わった人間に見えるのかもしれない。


「剣を使い、どうするつもりだ」

「復讐を。後にどう使うかは彼女次第さ」


 顎でリナを指す。メイド服に身を包んだドラゴニュートの娘は、表情ひとつ変えないまま老ドラゴンを見つめていた。


「バーゼトの娘よ。なぜ炎の剣のことを話した。あれは我らドラゴンの始祖が作り上げた宝の炎。それを人間に売り渡すなど……」

「金などに興味はありません。そして現竜王」


 付け足すように言うと、彼女は力強く言い放った。


「私はリナです。バーゼトの娘という名前ではありません」

「母親から名を与えられたというのに……!」

「母はこの大地で凍死しました。父も既に死んだと聞きます。私を必要とする方は、マスターだけです」

「その者はティアマットを殺したのだぞ! 分かるか、この意味が!」


 現竜王が吼える。怒りの感情を込めて、彼は叫んだ。


「マリスレギオンを継承してしまったのだ! お前はマリスレギオンによっていいように扱われているの過ぎん!」

「いいえ、現竜王様。マスターは私に仰いました。レギオンを刻め、と」

「なに?」

「おわかりでしょう。マリスレギオンは代々の竜王が受け継ぐ力の名称。今は先代のティアマットからマスターに継承されましたが、ある言葉によって効力を失います」


 マリスレギオンは竜王が同族を従えるために作りだした呪いの枷。

 その瞳に魅入られたドラゴンは、どんな命令でも絶対に服従しなければならない。例えそれが自らの死であったとしても、だ。

 しかし、竜王が孤独でない為に『ある信頼の言葉』が存在する。

 私はお前を信頼している。だから私の為に全力を尽くして戦ってくれ、という意味を持つそれは、


「……レギオンを刻め」

「はい」


 竜王とその腹心。どちらにも深い信頼がないと効果がないと言われるこの言葉。

 彼らはティアマットでさえも構築できなかった絆の形を構築したというのか。現竜王が言葉を失くしていると、シンドーが横槍を入れる。


「マリスレギオンについてはティアマットから聞いていた。彼を倒した時に、力を受け継いだんだ」

「なぜティアマットが同胞ではなく、お前を選んだ……!」

「同じ疑問を抱いていたからだろうね」


 生前のティアマットとのやり取りを思い出す。

 彼は精霊の言葉を同胞に伝えた気配はなかった。同時に、悩んでいたようにも思える。ドラゴンという種を守る為に魔王の傘下に入ったが、果たしてそれは正しかったのだろうか。

 同じように精霊の言葉を聞いた者の意見を聞きたかったのかもしれない。


「俺とティアマットは敵同士だった。けど、ある意味において同志だった」

「その疑問とは……」

「世界の有様」


 漠然とした回答だった。

 だが、ティアマットを倒した男にしてはあまりに無残なその姿が、現竜王に強烈な印象を残した。


「……復讐と言ったな。炎の剣をどう使うつもりだ」

「どう使うかはリナに託すつもりでいるよ。ただ、当面は魔王を殺した聖剣の相手をしてもらうかな」

「魔王を殺した精霊の剣か。なるほど、確かにあの剣に太刀打ちできるのは我らが始祖の剣だけだろう!」


 どこが上機嫌に語ると、現竜王はリナ達に対して背を向ける。


「ついて来い。剣の場所まで案内してやろう」

「現竜王、感謝する」

「勘違いするな。炎の剣は持ち主を選ぶ。バーゼトの娘が剣に選ばれなければ、消し炭になるだけよ」

「竜王様、先程から言っている筈です」


 主の会話を邪魔すまいと沈黙を保っていたリナが、怒気を孕んだ声で言った。


「私はリナです。もうバーゼトの娘ではありません」

「……現代のマリスレギオンを得た者よ。なぜに貴様はここまでバーゼトの娘の信頼を得ているのだ」

「さあ。強いて言うなら、彼女も立派なドラゴンだからじゃないかな?」


 最初に会ったとき、目を合わせた。その時にマリスレギオンの証を眼球から浮かばせてみた。

 普通のドラゴンなら、これだけで諦めて忠誠を誓うのだろう。しかし、彼らの信頼の形は歪だ。


 シンドーはこの戦いが終わった後、すべてをリナに渡す覚悟でいる。

 彼女が望むのであれば、喜んでマリスレギオンを渡そうではないか。シンドーには過ぎた力だ。それに、彼女がマリスレギオンを目当てに媚びているのであれば丁度いい。

 この力をちらつかせて、どこまでも突き進んでいこう。行けるところまで。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ