episode 1
始業式の朝。
廊下にはクラス分けの結果を見ようと大勢の生徒たちがひしめき合っていた。
――全く、これじゃいつになっても自分が何組か分からないじゃん。
美咲は人だかりを前にイライラしていた。
今日から6年生になる美咲は、新学期のあのなんとも言えないざわめきの中、小学校生活のフィナーレを飾る、平凡であろう1年間を想像していた。
きっと自分は今年も保健委員になり、バドミントンクラブに所属し、どちらにおいても[長]なんていう字がつく程重要な役職に就くこともないだろう。
学校のテストではいつも通り平均より少し上くらいの点数で、きっと今年も特に新しい友人を作ることもないだろう。
気がつけば桜の花びらが頭上を舞っている。
気がつけば蝉の声が開け放した窓から響いてくる。
気がつけば子供たちがどんぐりを夢中になって拾っている。
気がつけば商店街にクリスマスソングが流れている。
そして再び桜が咲き始める頃、自分はもうここにはいない。
そう。もうここにはいない。
小学校という自分の居場所を捨て、中学校というという未知の世界へ踏み出さなければならない。そして3年後には高校へ、その3年後には大学へ。そしてそこで終わるわけでもなく、また次々と新しい環境に順応させられる。
突然保育園に入ることになった日の自分。
小学校に上がる直前の頃の自分。
そして、卒業を1年後に控えている、今の自分。
どの自分も似たような感情――感慨などではない、何か――そんな漠然とした感情を、一人で抱え込んでいた。
「新学期早々、何ぼーっとしているの」
「どうかしたの?具合悪いの?」
振り向くとそこには幼馴染の水野怜香と大野佳奈がいた。
「おはよう。別に何でもないよ」
美咲は明るく笑ってみせた。
「そう? ならいいけど」
怜香は長い髪を指に巻きつけて弄んでいる。彼女のいつもの癖だ。
「ねえねえみっちゃん、うちら同じクラスだよ!」
「佳奈、さっきからそのことばっかりなの。ホント、どうにかして欲しい」
怜香はわざとらしく溜息をついた。
「へえ、何組?」
「1組。去年と同じだよ!」
「そういえば佳奈、同じクラスに愛しの高井君はいたの?」
高井、というのは佳奈が去年から猛烈にアタックしている男子だ。
「えっ?――ああっ、チェックするの忘れた!」
「…」
「佳奈って、高井君のこと本当に好きなのかどうか時々分からなくなるよ…」
「たまたま忘れただけじゃん、うるさいなぁ」
ちょっと膨れる佳奈。だけどすぐにくすくす笑い出す。
ツインテールに結ばれている色素の薄い髪の毛は揺れて、同色の瞳はくりくりと忙しく動いている。
「この子、天然を直せば結構モテると思うんだけどね…」
怜香が呆れた顔で呟く。
「え? 何か言った?」
佳奈は聞き返した。
「何でもないわ」
「えー、嘘だぁ、絶対何か言ってたもん」
「あんたには一生教えないことにした」
「何それー」
もう、と佳奈に睨まれても、怜香はよしよし、と頭を撫でて反撃。
いつもと変わらない2人を前に、先程のあの漠然とした感情は薄らいでいった。
如何でしたでしょうか。まだまだ未熟な作者ですが、これからもどうぞ宜しくお願いします。次回は謎の(?)転校生、達也の登場です。