fighting in spring. -good luck,silent night.2
春。麗らかな陽気に、若葉も花のつぼみも綻ぶ。
「春よねぇ…」
「ああ、春だなあ。」
頬杖をつき窓 の外を眺めながら彼女が何となく呟くと、返事が返ってきた。
部屋の中には彼女と彼しかいないのだから返事をした人物など、すぐにわかる。
そもそも部屋の中に入っているインテリアさえ少ないのだ。中古の事務机にデスクチェア。
それにどこかの粗大ごみ置き場からかっぱらってきたおんぼろのソファ。それぐらいのものである。
「ねぇ、ナギ。何で私達はこんないい陽気の日に――」
彼女、エリーは彼を名指しで呼ぶ。
黒のパーカー、赤いカットソーにカーキのショートパンツ。黒のニーソックスと合わせたスニーカー。
彼女特有の、亜麻色というには暗すぎて、褐色と言うには明る過ぎる茶系色の長い髪を手で掻き分けて、同系色の瞳にすっごくいい笑顔を浮かべて、つかつかと歩み寄りながら。
「――こんな辛気くさいビルの一室で、来るわけもない仕事の依頼をずーーーっ
と待ってなきゃならないの?」
エリーは彼の利き腕を掴むや否や、即座にギギギと捻り上げる。
「いたたた!?エリー止めて止めてー!オレの腕を捻らないで捻らないで折ろうとかしない
で!!」
「なーに言ってんの?アンタ戦争の最前線で活躍した英雄様って話じゃなーい。
こーんな小娘が腕の一本二本三本位捻り千切った所で…」
「こら!戦争の話っていうか、オレが身バレするような事言うな!
って、オレ腕三本もないから!大事な商売道具を駄目にしないでくれ!
オレ剣士なんだから!!」
「冗談よ。冗談。」
そう言って、エリーはナギの片腕を解放する。
一体どんなところでこんな物騒な事を覚えたんだと、ナギは内心頭をひねる。
…十中八九、あいつだな。あいつなら護身のためにとか言って教えてそうだと、
もう一人の従業員である、陽炎という青年の後姿を思い出す。
中肉中背の黒髪を肩まで伸ばした青年であるが、生来の生真面目さが災いしたのか、はたまた余計なお世話か、彼がエリーの身の安全の為にと教えていた護身術を、こんなところで披露したのだ。
後で文句言ってやらないと、と内心固く決心しつつ、ナギは頭から外れかかった深いツバのついた帽子を被り直す。
ファー付きのキャメル色ジャケットに古着屋で掘り出し 物だったビンテージジーンズ、カウボーイブーツ。
昔買っておいた私服や古着で上手く着まわしているからいいものの、流石に以前みたく気に入ったブランドの新作をすぐには購入出来なくなったなあと、しんみりするナギであった。
「それでも、仕事の依頼が全くないってのは本気でマズイでしょ。何か、上手い宣伝考えないと…」
彼の、この呑気なナギと、ピリピリきているエリー、
もう一人陽炎という生真面目な青年の3人組であるが、仕事とは危険代行業…とは聞こえはいいが、ただの何でも屋である。
ナギ達の殆どが元軍人である事、またナギ張本人が何でも屋がいいと言い張って聞かなかった事から、おんぼろビルの一室を借りて始めてみたものの。
見事に創業開始から閑古鳥が鳴き続けている。
まあ、そんなもんだよねと表面的には納得しつつも、やっぱり何も考えてなかったなこの野郎と、内心ふつふつと怒りを煮えたぎらせていたエリーだった。
「えー、この間チラシあんなに配ったじゃん。そのうち依頼がポコポコ来るって
…」
「チラシなんて見もせずにゴミ箱行きに決まってるでしょうよ。」
「でも、ひょっとしたら何か困ってる人が…」
「そんな都合の良い展開あるわけないの!」
あくまで暢気なナギと、怒りと失望に頭を抱えるエリー。
…そもそも、ナギが開業に必要な資金や物資を把握してなかったあたりから疑うべきだった。
ナギの提案を吟味もせずその場のノリで安請け合いしてしまったエリー自身にも非はあるが。
結局、知人や陽炎のつてで同じ業種をやっている人物に会い、エリーが事細かに質問攻めをして、そこから必要なものをリストアップして中古屋で購入したり廃品現場からかっぱらって直して使ったりしてなんとか揃えた。
その騒ぎで何となく、名ばかり社長ナギ、経理事務エリー、その他雑用陽炎という役割に落ち着いてしまっているのである。
二人の、口論にもなっていない間の抜けた不毛過ぎる言い合いを割って入るかのように、ガチャリと、事務所の入り口のドアが開いた。
「…お前ら、こんな所で何やっているんだ?」
そこには、ミリタリーコートを着込んだ青年がドアノブを握って呆れ返っていた。
肩で切り揃えられた黒髪。
キリッとした褐色の瞳や顔立ちから生来の生真面目さと潔癖症が伺える。
「…陽炎?お前こそ何処行ってたんだ、心配して…」
「大方バイトでしょ?」
「ビンゴ。じっとしていたって仕事が来るわけないからな。バイトがてら本業の宣伝をしてきた。」
「…陽炎。宣伝って…アンタ、ちゃんと店長の許可取った?」
「許可を取るも何も、『こんな状態じゃ放って置けないから、幾らでも協力するよ』だってさ。
泣けるよな。
ま、お前ら大方ここで不毛な言い争いでもしてたんだろうが…。」
…実は言い争いの体裁も整ってなかったなんて、情けなさ過ぎていえやしないが。
「そんなお二人さんに朗報だ。仕事頼みたい人が店に来ている。」
「ええ!!店に?あ、ありがとうマジでありがとう陽炎!!」
「……それって店にバイトに来いってこと?」
「大丈夫、大丈夫。依頼人店長じゃないから。とにかく行くぞ。口約束でも行くって言っちまったからな。」
「よっしゃ!さーて仕事だ!!張り切って行こーぜ!!」
「店に…ねぇ?それって身内からの依頼じゃ…」
ポツリと呟くエリィ。しかし、その予感は見事的中する事となる。
店とは同じビル一階で営んでいる洋食屋のことである。
「こんにちわー、お邪魔しまーす。」
「はーい、いらっしゃい…あっ陽炎。ナギとエリーを連れてきたのね。
例のお客様は奥の席に案内してあるから。」
「了解。店長様。」
「もう、店長じゃなくて名前で呼び捨てていいって言ってるのに…」
このビルの今は無きオーナーが趣味がてら構えた店なのだが、現在一人娘のアリシアが切り盛りしている。
ナギと陽炎とは顔なじみであったという事で、格安で事務所を貸してくれた上に用心棒もかねて住居用の部屋を貸してくれる。
三人にとっては神様か仏様のような存在だった。
アリシアは亜麻色の瞳に人懐っこい笑みを浮かべながら、ベージュのエプロンを翻して先客の待つ席へと案内する。
エリーはそんな彼女の瞳と、同じ亜麻色の髪の三つ編みがゆらゆら揺れるのを何となしに目で追っていた。
…決して綺麗な亜麻色の髪が羨ましいという訳ではない訳でもない。
奥の、入り口からだと死角になっている席に通される。と。
「で、この方が今回の依頼人だ。」
「ああ、皆さん、お久しぶりです。
で、今回の依頼なんですが…」
そこには、因縁の人物がいた。出来れば会いたくない部類の方である。
黒い髪に黒い瞳。中肉中背ではあるがやや痩せ気味な体格。地味な私服。それ以外に目立った特徴のない平凡な青年。
ただ一点、据わったような黒い瞳をしているという点を除いて。
「レイ――ッ!?おま何のこのこ姿表してやがんの!!
ってか却下!!今回絶対却下ーー!!!!」
この間、とんでもない仕事を依頼してきたレイ・ハミルトンだった。
ちょうど、今日のランチメニューの大盛りのミートソーススパゲティーを平らげたところだった。
スパゲッティーの乗っていた皿の隣にレイ愛用の最新型携帯が置かれている。
机や携帯にミートソースの跳ねが全く見受けられない辺り、割と神経質な性格なのかなとナギは頭の片隅で思った。
「いやだなあ、ご近所さんにいきなり怒鳴り散らすなんて。」
「アンタはご近所だろうと何だろうと危険人物でしょうがっ!
陽炎、何考えてんのよ!?
こいつから仕事回されるなんて絶対嫌だから!
…まさかこの間の騒ぎ、忘れた訳じゃないでしょうね!?」
ダン!!と、彼の座る席のテーブルを思いっきり平手で叩くエリー。
その拍子でレイの手元に置いていた携帯が宙を舞うが、レイは華麗にキャッチする。
わりと怒りっぽい性格の彼女だが、眉間にしわを寄せ血管が浮き出るまで逆上するのは珍しい。
よっぽどこえたんだな、とナギは頬をポリポリと掻く。
「あー、ひょっとしてエリーさん、この間の件、まだ根に持っているんですか?」
「当たり前でしょうよ!?必要性無いのに、何が悲しくて昔の地下下水道を通らなきゃならなかったの?!
おかげで、二週間高熱と悪寒と吐き気にうなされて!
お医者さんに原因不明の病気とまで言われたのよ!?」
喚き散らし肩で息をするエリー。
だがレイは顔色一つ変えず、冷静に淡々と、
「えー、ちゃんと医者と医療費代の手配はしたじゃないですか。」
「っ!!手際はよくても誠意がこもってない!!」
「誠意なら溢れんばかりじゃないですか。」
何処ぞの宣教師よろしく天だか神だかを崇めるポーズを取るレイだが、
「淡々とした口調のどこに誠意が含まれるってのよ!肝心の中身がないってのよ中身が!!」
エリーにもののコンマ数秒で論破される始末だった。
「注文の多い受注先ですね…。」
「エリー、色々不服なのは分かるがそろそろ口閉ざせ。」
「陽炎…アンタ何をトチ狂って…!!」
「…いや、そうでもしないと食いぶちと借金がやばいし…仕方ないだろ…。」
そう言ってふいっと視線を落とす陽炎。
しかし、モノありげな仕草だとしても、所詮全力で視線を泳がせているだけという事実に変わりない。
「まあまあ、とりあえず依頼の内容だけでも聞いてみたら?」
「あ、店長。」
「もー、名前でいいって言ったでしょ?」
「ええと、アリシアさん…。」
「ふふふっ、合格かな?」
「へへ!そうだな。こんなとこで言い争ってもラチ明かないし、依頼内容聞いていいか?」
「ええ、そのつもりでしたし。」
ちなみにナギのみが原因不明の病気にかからずに済んでいる。
「…ああ、死亡フラグ立ちまくりだわ…。
これがまさかあんな悲劇を招くとは…」
「妙なテロップかけるな。頼むから。」
肩を落とし顔を両手で塞ぎながら世迷言を呟くエリーの肩に、陽炎はポンと手を乗せた。
「今回依頼したいのは、何て事ないモンスターハントです。
…ほら、戦争末期に軍事企業が生物兵器としてモンスターを戦場に送り込んだの覚えてますか?
あのモンスター達を育成していた工場を、この間軍が掃討したのですが…
運悪く工場から、何匹か逃げちゃったそうで。
そのモンスターの始末をお願いしたいんです。」
「軍部の連中そんな事まだやってるのか。
しっかしなーんだ、ただの狩りじゃないかよ。
キンチョーして損したぜ。」
気がぬけたのか、ナギは背もたれに背中を預けて頭の後ろで手を組んだ。
それもそのはず、彼は元企業軍に所属していた兵士だ。
このような件はいくらでもこなしている。
「懐かしいな。内乱前は企業も政府も宣伝かねてよく魔物狩りしていたよな。
結構稼がせてもらったよ。」
ちなみに陽炎は政府に雇われていた傭兵だった。
「へぇ…そうなの?私この街に来たのはつい最近だから、内戦の事とかいわれても分からないのよね…」
「あんまり深刻に考えなくていいですよ、エリーさん。
所詮お偉方が欲目と上っ面の張り合いで泥沼の中で殴り合って相打ちになっただけの話ですから。」
レイのひどい纏め方だが、実際のところ割りと的確なので反論も出ない陽炎とナギであった。
というのも、レイも内戦終結まで企業で働いていたのだ。
現場に居合わせた者の言葉は重みが違うのだろう。
などと考えながら、エリーは一方で…よくもまあ、そんなこの間まで泥仕合をしていた連中がつるんでやってけるのだろう?と、内心首をかしげるのであった。
「標的はワイバーンとサーペント、サイプリスとトロルのあいの子三匹です。
位置情報は、仮にも軍事用ですからね…
GPSが体内に埋め込まれていて、こちらの機材で確認出来ます。
持っていってください。」
「へー、随分万全の体制というか…至れり尽くせりなんだな。」
「軍としては失態ですからね。
何がなんでも倒してもらわないと沽券に関わりますから。」
「って、受けるなんて言ってないわ…」
「ちなみに、この依頼の報酬90万goldで…」
「乗った!!!!」
即答するエリー。
「…予想通りですね。分かりやすくて大変助かります。」
「エリー…お前…」
ナギは思わず呆れ顔でエリーを見る。
「あ…ごめん。
何か条件反射的に…う、生まれてこの方貧乏暮らしだったから…
その、つい…」
「初めて聞いたぞ、そんな反射神経…
…まあ、それで受ける気になってくれたんならいいか。」
「よーし!決まりだな。レイ、その依頼受けて立つぜ!」
「ありがとうございます。
前払いとして50万渡します。
それでは午後一時に北の凱旋門広場に来てください。」
「了解。これで支度を整えられるよ。」
「さーてようやく仕事が入ったわけだし、派手に暴れてやろうぜ!!」
「あーはいはい。
張り切るのはいいけど準備はちゃんとしてよ?
相手はただの魔物といえど殺戮兵器として培養された物なんだから…って聞いてるの?」
盛り上がりながら、店を出ていく何でも屋一行。
ドアの窓越しに映るその背中に、レイはぽつりと本音を漏らす。
「…本当は200万なんですけど、まあ仲介料手数料差し引いて頭数で割ってあるだけ良いでしょう。」
「頭数って…確か五人でしょ?
あれ、でもそうするとナギ達の取り分は…レイって…陰謀屋だね。」
「せめて策士と言って下さい。あと、そろそろデザートお願いします。」
そうため息をついた、その時。
不意に、レイの手元に置いていた携帯が鳴る。
バイブレーション機能は切ってあるのか着信メロディのみが店内に響く。
レイが素知らぬ顔で無視していると。
「レイ、携帯鳴ってるけど、いいの?」
アリシアが不思議そうに小首を傾げる。
「ああ、いいんですよ。どうせ悪質業者からの勧誘電話なので。」
そうため息ついてレイは携帯を取るなり、さっさと電源を切った。
約束の午後一時。
一行は北の凱旋門広場で、レイからジープと無線通信器具一式を渡してもらい、各自用意したものを積み込む。
中でも陽炎は「一応、念のため」と言って、どこで叩き売ってたのか、それとも拾ってきたのか、RPG7やらライフルやら手りゅう弾やらをごっそり持ってきた。
ジープの積載重量超えそうである。
「それでは、こちらの荒野まで行って待機していてください。
詳しい指示はそちらについてから無線で話すとしましょう。」
と、レイから地図と無線のチャンネルが書かれたメモを渡され、街から三十分ほどのとある東の荒野エリアまで走るように指示された。
何でも魔物どもを町から離れた所で殲滅してほしいとのことである。
運転手はナギ、助手席にはナビ役も兼ねて陽炎、後ろにエリーが座り、途中ガス欠の心配もなくたどり着いた。
借りたバギーに搭載されていた無線は何でも旧企業軍で使われていた軍用無線と同型であり、通信距離何十キロでも多少の障害物では電波障害など起きないという。
その筋では割と高値で取引されているものである。
「普通、山一つあれば通じないのが無線だろうに…どんなハイテク積んでいるんだ…」
と、元政府軍にやっかいになっていた陽炎はボヤき。
「まあ、どんなハイテクがあろうと無かろうと、兵器を幾ら持ってても、内情が杜撰だったからなあ……今思えばだけど。」
と、遠い目をするもと企業軍のナギがいたが。
「いやあの、私に言われても…」
「いいんだ。ただのみっともない愚痴なんだから。」
「そうそう、理解してくれない方が俺たちにとってはありがたいんだよ。
OK?エリー?」
「いや分からんものは分からんし。」
やっぱりエリーにはよく分からなかった。
目的の地点に着くなり、ナギは「うおー、やっぱりなっつかしいなぁー」とコメントをもらしながら、要領よく無線を指定の周波数に繋げ、不慣れなエリーに無線の使い方をレクチャーする。
こういう所はやはり元軍人らしいよな、とエリーはため息をつく。
「…さてと、じゃあ連絡取ってみるか。」
そう言って無線のスイッチを付けるナギ。
「こちらナギ。
おーい、レイ、ついたぞー。
オーバー?」
『こちらレイです。
了解しました。
そのエリアに追い込むように指示してありますので、ちょっと待ってください。
オーバー?
…おい、イエン。まだなの?』
『……レィー!…だあああああ!
…ゼェ…まだなのも何も、話と違うだろーがあああぁ!!
何だよアレは!!』
どうも向こうがボタンを押すタイミングを間違えたのだろうか。
イエンの罵声が聞こえる。
「あれ、イエン来てるのか?オーバー?」
『ああ、ちょうどイェンとさっきまで、携帯のスピーカー通話で話をしていまして。
下がらせましょうか?オーバー?』
「いや、構わないが…。」
思わず反応する陽炎。
その様子を見てナギは陽炎に無線を譲り渡す。
イエンとは、レイと同居しているスナイパーだ。
小柄で赤茶色の短髪、鋭い眼をしたミリオタで、基本的には魔物狩りも生業としながらも、物騒な依頼もかなりこなし、その筋ではかなり有名らしいのだが。
「イエン…今回もレイにパシられてるのだな…オーバー?」
『こちらイエン!
パシりじゃねぇ!!このヤマ持ちかけたの俺だって…
ぎゅわあぁー!!来やがったあぁあー!』
機材の向こうで阿鼻叫喚。
かなり危険な状況らしい。
レイと組み出してから何かと貧乏クジを引かされる可哀そうな奴である。
『…おー、そ、そっちに、行った…。
…一応オレが援護し…て…やる……オーバー?』
「…いやイエン、援護はいいから休んでろ。
声からして死にかけてるぞ。オーバー?」
『そうにもいかねえんだよ…成果出さねえとオレの取り分がレイのヤローに…オーバー?』
「…何となく察したが休んでいろ。オーバー?」
こめかみを抑えながら、陽炎がイエンを諭す。
その後ろでナギは自前の双眼鏡を覗いていたが、南東の地平線の異変に気付き声を上げる。
「おい、なんだあの砂煙?!ワイバーンか…!?
てっか…でけええええええええええええええええ!!!!」
いち早く双眼鏡で敵の姿を目視したナギが叫ぶ。
「何だよあれ横の翼含めて30メートルぐらいあるんじゃねーの?!!
ワイバーンって成体でも5メートル、最大でも10メートルがいいとこだろー?!!!」
「ちょっと貸して!!何これ?!!陽炎無線貸して!!」
エリーはナギの手から双眼鏡をかっぱらい確認するなり、無線のトランシーバーでレイを呼び出し怒鳴りつける。
「ちょっとレイッ!何なの?!
あのサイズあり得ないんだけど!!オーバー?…だっけ?」
『エリーさんですか。ええ、でしょうね。
あれは通常の3倍強位に培養しましたから。オーバー?』
「培養って…あ、そっか、あんた内戦前、企業の科学研究課に勤めてたんだっけ……
…………いやいやいやそうじゃなくて!
ちょっとあんたまさかアレを作ったのって………?オーバー?」
『ええ、今さっき製造番号調べたんですが、アレは昔僕が担当した個体ですね。
間違いないです。
いやー懐かしいなー。
我ながら良い出来だなーとは感じてたんですが、まさか軍の包囲網を突破するとは…。オーバー?』
「え?はあ!?
…でっでも、モンスター投入したなんとかって企業、結局負けたんじゃなかった?
あ、あのそういう場合破棄とかになるんじゃない?オーバー?」
レイのキナ臭すぎる話に困惑するエリー。
『破棄も何も、当時はそんな猶予ありませんでしたよ。
まあ魔物も放置しておけば勝手にくたばるだろうと言うお上からの判断もありましたし、僕ら使い捨て研究員はデータ抜き取って工場を締め切りにしてさっさと逃げ出しました。
ええ。本当、今の今までアレらが生き永らえているとは思いにもよりませんでしたねー。全く。
オーバー?』
「ふっざけんな、あんた製作者でしょうに!
自分のケツは自分で吹きなさいよ?!オーバー?」
『いや、無理です。出来ません。
僕はそういう物騒な技術持ってませんし。
だからあなた方にお鉢を回したんですよ。
わかるでしょう?オーバー?』
「「「お前本っ当に最っ底だな。」」」
三人の異口同音が見事にハモッた。
『褒め言葉として受け取っておきましょう。
あと、魔物たちは戦場で戦うために音に反応して向かっていくようセッティングされてますので、参考にして下さい。
それではご武運を。以上です。』
「ちょっまてや、おい!!」
エリーの反論など意も解さずに、冷酷ともぶっきらぼうとも取れる事務的な口調で言ってレイは無線を強制的に切った。
誰もが絶句する中、柔らかな春の風が辺りをそよぎ、蝶々が二匹睦まじく飛んでいった。
…その遥か向こうでは野鳥たちが異変を察知して逃げ回り始めて入るが。
「うあーもう…‼…あいつの尻拭いとか嫌だけど…殺らないと報酬もらえないとかさ。あー、もう…。」
「何言ってんだよ…お前が即答したんじゃないかよー。
しかも多分先陣はワイバーンだぞ。
飛竜じゃないからまだマシだけど、飛行タイプは移動速度が速い上に俺みたいな剣士とかの接近戦専門屋じゃあ対応無理だし、
かと言って銃撃ってなっても、銃弾は数に限りあるし、コストはかかるし…!」
ナギが説明口調でまくし立てる。珍しく焦っているようだ。
「分かってるわよ。
もう少し用心してアイツの話を聞いてればって…だから余計自分に苛つくのよ……!
あーもう!!」
エリーは地団駄を踏む。だがひたすらむなしいだけだった。
「…はあ、愚痴っても仕方ないか。ここは言い出した私が引き受ける。
これは仕事仕事………」
そう言い聞かせて、エリーは静かに目を閉じて、詠唱に入る。
「遍く総てを照らす恒常の聖光よ。われに祝福を、そして我らを導き給え。そは謡う流星の如くに。」
まず、手のひらに簡単な光の球を生み出し、すぐさま空高く打ち上げた。
ワイバーンと同じ高度のあたりで爆発させる。
その姿は花火か、消えゆく直前の彗星の様であった。
「魔道で花火か、ワイバーンの光につられる習性を利用するワケだな。あと音にも。」
「陽炎。
その言い方だと、ワイバーンが夏場の街灯につられる夜の虫みたいに思えるから止めて。」
「おお、来た来た!ワイバーンがこっちに進路変えたぞ。」
「まずは誘導成功ってとこね…さてと、じゃ、引き続いて。」
エリーは足元に小さな円陣を右足のつま先で描く。
次に左手の親指のはらを噛み切り、その血を足元の円陣に垂らす。
「…本当は竜の髭か、牙あたり持って来れればよかったんだけど、急ごしらえじゃこれが限界かぁー。」
「ん?竜の髭?なんだそれ?食いもんじゃなさそうだけど?
つーか魔術に血なんか使うのか?聞いたことないぞ。」
「おいおい…魔術の媒介の事だろ。
それに魔術で血を使うのは珍しい話じゃない。」
「媒介?」
「そう。ナギには時短アイテムって言った方がわかりやすいかな。
そういうのあれば、もっと景気よくバンバカ詠唱手抜きでも打てるの。
まあ竜も最近この辺じゃ絶滅危惧種認定されちゃってるからね。
おいそれとは手ぇ出せないけどねー…」
「それって、高く売れんの?」
「売れると思うわよ?
ただ売り先が魔術院とか教会とか限られた相手だから…
来たわ、詠唱始めなきゃ。
…追い詰めよ。そしてわが怨敵に、赤き鉄槌を下し給え。」
そう唱えると同時に魔力が反応し、足元の円陣が赤い光を放ち始めた。
簡単なホーミングの術式の完成である。
続いて攻撃術式の詠唱に入るが、その直後ワイバーンが発射した炎弾が飛来する。
ドンドンドンドバォォォン!!!
辛くもエリーやジープに乗り込んだままのナギや陽炎には当たらず、周囲の枯草に着弾し火の手を上げる。
赤銅色をした巨大なワイバーンがこちらをめがけてハイスピードで接近してくるが、エリーは構わず詠唱を続ける。
「天高くより、愚かなりし者を焼き尽くせ赤き雷電。フレアボルト。」
赤い雷炎が、空を舞うワイバーンの羽を穿つ。
飛行手段を失ったワイバーンは墜ちてゆく。
苦し紛れにワイバーンは火の玉で攻撃するが。
「切り裂け水流の刃。アクエリアスエッジ。」
突如として現れた水刃は、火の玉もろとも、落下してゆくワイバーンの巨体をも凄まじい速度で切り刻んでいく。
ドスーン!!
土埃を舞いあげ、地面に激突するワイバーン。
地上に落下する前には息絶えていた。
「うわ、呆気ない。相変わらずチート仕様えげつねーな。」
何故積んだのかわからないが、ジープ積んであった消火栓で火の手を消して周りながらナギが呟く。
「なー、ワイバーンって、風系の魔法使えば一撃なんじゃなかったか?」
「レストレイン!
…だから、私は風属性苦手って何度言ったら…
それに私が使ってるのは魔法なんて格式の高いやつじゃない、魔術の亜流。
俗にいう魔道ってとこ。
儀式を省き、詠唱や呪術をより短縮効率化させた二番煎じよ。
第一、言語術式のみで構成しうる魔術なんて存在しないし、魔法なんて言語すら必要ない…」
手早く魔道の詠唱で通り雨を降らせ、その口上で魔道の特性を説明するエリー。
しかしナギも陽炎も、釈然としない顔で頭をひねるばかりだった。
「よく分からないんだよな。その辺。
魔法も魔道も同じに見えるしなあ…」
「…右に同じくだな。
専門家と素人の眼は違うから。…消火は終わったか?」
「うん、これで大体は火の気は消えたかな。」
「春先とはいえまだまだ乾燥するからなー。
ちゃんと火は消して置かないとあとで山火事になりにでもすると事だから…って班長がよく言ってたなぁ。」
その時無線が入った。
案の定レイからだった。
『こちらレイです。皆さんお疲れ様です。次の魔物がそちらに向かってます。
標的はサーペントです。ご武運を。以上。』
そう言ってブチッと切れた。
あわててこちらから何度か無線を飛ばすが全く応答しない。
流石に呑気なナギも呆れ返る。
「おい、こちらナギ。おーい。
もう少し労いの言葉をかけてもいいんじゃねーの?」
「………アイツにそういう期待する事自体まちがってると思う。レイだし。」
「正直なところ、全くもって同感だ。レイだもんな。
…来るぞ。獲物だ。」
陽炎はジープからRPG7を持ち出す。
今度のサーペントは斑色をした全長は約25メートル、直径にして2~3メートル。
先程のワイバーンに比べるといささかサイズが落ちて見えるが、その巨体が大地を這い回り、とぐろを巻くとなると、中々壮観だ。
「次は大蛇か…。綺麗に三枚におろしてやるぜ!」
ナギが大剣を携えて走り出すのと同時に、陽炎がRPG7が発射する。
バシュッ……ドオオオオオオオン!!!!
見事左目に命中する!が。
「あ、やば。…当たっちまった。」
左目を潰され、のた打ち回るサーペント。
本来ならわざと外し、サーペントが爆発に怯んだ所をナギが一気に叩くはずだったのだが。
「命中させてどうするの…ナギ!」
エリーはジープに飛び乗ってアクセルを踏み込む。
こんなこともあろうかと簡単な運転方法を習っておいたのだ。
ただしまだ仮免である。
いい子も悪い子も、普通の子も、真似したら死ぬので止めましょう。
陽炎は後部座席に放りこんでおいた巨大なボウガンを見つけ、矢をセットし、すぐさま数発発射する。
こういう事態に備え、猛毒と麻痺剤を仕込んでおいたものだ。
ぐがぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!
「どわっ!」
見事に左腹部に命中し、サーペントは咆哮する。
振り回される頭部。
尻尾はうねり狂うるたびに地面に叩きつけられ、迂闊に近づいただけで叩きつぶされそうだ。
しかし、毒や麻痺で動きが鈍る気配すらない。
「効いていない?耐性でもあるのか?!」
「だったら極寒ならどう?…ブリザード!」
サーペントの動きを封じるべく、エリーは氷と吹雪の荒れ狂う呪文を繰り出すが。
「おいおい!氷雪弾き返しやがったぞ?!」
「爬虫類じゃないのこいつ?!!」
「そういう固定概念に囚われるな!足元掬われるぞ!!」
「こらー!オレごと凍死させる気かー!!」
サーペントの脇から出てきたナギが、さっきの吹雪で霜の降りた大剣をブンブン振り回して猛抗議する。
ナギの手には革製のグローブが装着されているので、しもやけや凍傷の心配はないのだが。
「大丈夫!ナギなら雪山で遭難しても生きていける!!」
「お前らオレをなんだと…うわっと!」
サーペントの大口がナギを目掛けて開かれる。
むき出しの毒牙は彼の横腹を狙うが、ナギはすぐさま飛び退き。
「おりゃあ!!」
その反動を上手く使って、死角となっている左目側からサーペントの頭部に飛び乗り、サーペントの額に大剣を突き刺した!
グギャオオオオオオオオオオオオオンン
頭を刺され、暴れまわるサーペント。
「くっそ…!まだ死なないのかよ!?」
ナギはサーペントの額に刺した大剣の柄を握りしめ、振り落とされない様にしがみつく。
「閃光弾を投擲するぞ!!」
陽炎が咄嗟に閃光弾を数発サーペントの右目を狙って放り投げ炸裂する。
突然の、凄まじい閃光にサーペントは身じろぎし、身を強張らせた。
その一瞬の隙をついて、ナギは額の傷口を狙って技を繰り出す!!
「雷斬剣!!」
硬い皮膚では通らなかったが、傷口を伝い、全身に強烈な電撃を喰らわせる。
サーペントは大きく見開いた瞳を白化させて崩れ落ちる。
身体の所々から煙があがりはじめた。感電死だ。
「焼き蛇だな。」
「三枚におろして食べるんじゃなかったの?」
「いちいち揚げ足取るなよ。」
「それはそれとしてさぁ…私からしてみればアンタの技の方がよっぽど魔法じみてるんだけど。」
「だからオレそういうのわかんねーんだって。」
『こちらレイです。
こちらでも二匹撃破されたのが確認出来ました。あと一匹お願いします。オーバー?』
「こちらナギ。意外に楽勝だったぞ。
最後の一体もあっという間に片づけてやるよ!オーバー?」
『こちらレイ。それは心強い事ですね。
そういえばすっかり言いそびれていたんですが、
そのバギーの中に、魔物の位置が確認できるGPSが搭載されている端末がありますので、参考に使ってください。
最後の一体もその調子でお願いしますよ。以上。』
といってレイは無線を切る。
「ねえ、それワザとでしょ?
ぜーったいワザと教えなかったんでしょ?!」
「落ち着けってエリー。
確かもう、一匹いるんだよな。
何だったっけ?トロールと…」
「あー、確か一つ目の巨人みたいなやつとそれの雑種とか言ってなかったか?」
「言ってた言ってた。
トロルって傷再生する奴でしょ?あれ厄介なのよねー。」
「たしかレイの奴GPS積んでるっていったよな。
お、GPS。あった!
あれ、これ、こっちに向かってないな…十キロ圏内にいるみたいだけど」
「方角は?」
「ここから北西だな。」
「北西?確か町が…」
その時、無線が入ってきたやはりレイからだった。
『こちらレイです。すいません!
イエンの馬鹿がトチって、最後の一匹をそこから北西へ9キロの町の方面へ追いやってしまったようです!
直ちに向かって下さい!オーバー?』
「こちら陽炎。ああ、こっちでも確認した。直ちに向かうがな。
お前、少しは自分でやれや。…オーバー?」
『…わかりました。
最後の一匹ぐらいなら自分で倒せるでしょうし…
今まで無茶ばかり言ってすいませんでした。』
「えらく殊勝ね…」
『但し、その場合。
キャンセルと言うことで、前払い金返却してもらう上、依頼料全額振り込まれませんが。
それでよろしいですか?…オーバー?』
「「「それは 絶 対 に 許 さ な い 。オーバー?」」」
レイの鬼畜発言に、異口同音で凄む三人。
『ですよねー。
…と、いうことで、さくさく向かってくださいね。
じゃないと、こっちで勝手に処理して、料金踏み倒しますから。オーバー?』
「この外道…!!」
「こらエリー…
こちら陽炎。…引き受けたからには善処はするけどな。オーバー?」
『誉め言葉として受け取っておきますね。それでは。以上。』
やっぱり事務的な声色で一方的に言って、レイは無線を切った。
「おい待てレイ!レイ?!
……ってかどうするんだよ、マジで…トロルって再生能力ハンパねーんだぞ…
何度痛い目に遭わされたか…」
「どうするも…倒すしかないでしょうに。
納得いかないけど…」
頭を抱え込むエリーとナギ。
その中で陽炎はGPS端末と地図を交互に睨みながら、静かに口を開いた。
「…なあ、ナギ。
北西の街の周囲って、沼地だよな?」
「え?ああ、確かそうだったよーな。」
「エリー。
縦40m×横40m×深さ40m程度の土壌を魔導で大地を液状化させることは出来るか?」
「かなり無茶だけど、…何とか出来ると思うわ。」
陽炎は額に手を当て、しばらく思案げに目をつむっていた。
が、何かを決心したのか、ゆっくりと目を開いて。
「なら、思っているより楽かもしれないぞ?二人とも。
まずは北西の街に近い沼地に向かおう。
イエンにも協力してもらわないとな。」
『こちらイエン。おーい陽炎、本当にこっちに追い詰めていいのか?オーバー?』
「ああ、手筈通りこちらでトロルの姿を確認できた。感謝するよ。オーバー?」
『ホントにこれでいーのか?なんか他にやる事ねーの?オーバー?』
「これ以上、イエンは手を出さない方がいい。
何せスナイパーは一人だからな。
それにこちらから遠くに陣取っているようだと、万が一トロルがそちらに襲撃しにっても加勢できない。
お前の役目はこれで完了だ。
休んでいろよ。オーバー?」
『あざーっす。
そんじゃ、オレは高みの見物とキメ込ませてもらうかんなー。以上。』
陽炎はイエンとの無線を切り周囲を見渡す。
エリーは空中に炸裂する炎の球を何個も打ち上げている。
トロルは視界が狭いものの、音のする方に興味を示し、向かってくるという習性を利用した誘導である。
「陽炎の言った通り、だな。あのヤロウ、すっげー歩きづらそうだ。」
双眼鏡で魔物を監視していたナギがつぶやく。
ゆうに30メートルは越しているだろうか、浅い緑色の肌をした1つ目の巨体がこちらをめがけて迫って来る。
だが先程の二匹よりも、明らかにトロルの進行スピードは遅くなっている。
原因は土地にある。この辺り一帯は沼地で、ぬかるみにはまるとなかなか進むことが出来ないのだ。
時折、沼に足を取られてひっくり返り、泥水を巻き上げてる所を見るとなんとも滑稽な絵図等にすら見えた。
「うーん、ここまでは段取り通り上手くいってるわねー。」
一方彼らと言えば、この沼地を中心とした自然公園の休憩所にいた。
「元々この辺りは旧政府が国立公園として開発していてな。
万が一、戦場になってもいいように、歩道が戦車ぐらいなら通れるようになっているんだ。」
解説する陽炎を尻目に、エリーは沼地一帯を見渡す。
固有種の植物や虫、また沼地をぐるりと周回する歩道が見て取れた。
「へぇー、良く知ってるわねー。」
「本来ならここに配置される予定だったからな。
まさか、スナイパーまで最前線のガチ対決に駆り出されるとは思わなかったよ。
しかも、こいつに捕まえられるとな。」
「…何だよ?その言い草。」
「いや、スコープで覗いてる限りただの一兵卒上がりだなー、狙いやすかろうなーと思ってたから。
まさかすぐさま捕まえられて、内戦止めて、功労者になるとは夢にも思わなかったんだ。」
「おいおい、全く……
……なあ、どうしてもオレ?オレじゃないとイケナイのかよ?」
「エリーは今回の作戦の要だ。
俺とナギなら、接近戦闘で有利なナギにお鉢が回ってくるだろ?」
「だからってなんでおとり役なんだよ!!」
ナギは肩を怒らせ、憤る。
陽炎の提案はこうだ.
まずナギをおとりにしてトロルサイプリスを引き付る。
その隙にエリーの魔道で底なし沼を作り、その中に沈めるという物だ。
「大丈夫だってば。
私をポイントに配置したら、陽炎がすぐにナギをジープで拾いに行くから。」
「それまでがめっちゃ不安なんだよー!!!!」
「ナギなら平気だろ。
トロルに潰されても。英雄だから。」
「ナギなら沼地でもクロールで泳ぎきれるって。
ほら、英雄だし!」
「だからなんだよ?!
その特に理由の無いくせに、エッライ断定の台詞は!!」
激昂するナギ。
二人は生暖かい笑みを浮かべなから、励ましだか、ぶん投げだか分からない台詞を残して、さっさとジープに乗り込み目標地点まで行ってしまった。
歩道と言っても沼地の辺りは木製である。細心の注意を払わなければならない。
とはいえ、多数点在する沼を迂回し、なるべく森林に近い高台を走行すれば割と車でも大丈夫のようである。
さて、本当にナギ一人きりである。
「あー、ホントにオレ一人でどうにかしろって・・・?」
そうつぶやくや否や、背後の巨体はナギに向かって手を振り下ろす!!
「やってやろうじゃねーか!!このデカブツ!!」
と言って、誘導と威嚇がてらにトロルに手榴弾を投げつけた。
「あららー、もうナギが交戦に入っちゃったか。」
何度も爆音と雷鳴が響いているあたり、手榴弾と雷斬剣を何度も連発しているようだが、全く効いていないようだ。
「あいつミスって沼に落ちやしないだろうな?
すぐに救出に向かう。エリー手筈通りにな。」
「分かってる。陽炎もミスしないようにね。
ちょっとした油断が命取りになるわ。
お互い気を引き締めていきましょ。」
「だあああっ剛斬剣!鬼斬波!」
トロルはものの見事に攻撃を受けるが、すぐに傷口を再生してゆく。
その光景はかなり凄惨である。
まず破けた血管や内臓から再生されるのだ。
次に骨、筋肉…最後に皮膚と。
悪臭も立ちこめる上にグロテスク極まりない。
「うがああっやっぱ全然聞いてねぇしー?!」
トロルサイプリスをルートに誘導しつつ全力疾走で逃げるナギ。
トロルは足元を確認しながらしかし確実にナギを追い回す。
ふと、ナギの周辺が影で覆われたことに気づき、振り返ると。
トロルがどこからか引き抜いてきた樹木をそのままナギに向かって叩きつける!
すぐさまナギは飛び退き難を逃れるが足をぬかるみに取られてしまう。
こんな攻撃を何度も繰り返されてはたまったものではない。
「ナギ!!乗れ!!!!」
陽炎がバギーに乗って迎えに来たのだ。
泥まみれにもかかわらず勇ましく思えた。
「わりい、ぬかるみに足を取られた!」
「手をかせ!」
言われるままに手を伸ばすと腕ごと捕まれ、バギーになだれ込むように引き上げられた。
「ああもう馬鹿!おっせーよ!!!!」
「五体満足で軽口も叩けるなら上等だろ?飛ばすぞ‼」
陽炎はそう言うやいなや、アクセルを一気に踏み込みスピードを上げて沼地を疾走する。
できるだけ、バギーが走行出来る高台を選んでだが、たまにぬかるみに足を取られてしまうのはやはり痛手だった。
トロルもバギーに追いつこうと走るが、いまいち足場が安定しないためかスピードが出ない。
またもや沼地に足を取られたのか、その場ですっ転ぶトロルの姿に、ナギがホッと息を付く。
「…こりゃ何とか撒けそうだな。…ん?」
が、走るバギーのすぐ脇にベチャッという音を立てて何が落ちてきた。
…よく見ると泥だ。
それも、トロルが転んだ際に飛び跳ねた大きさとは思えないほどの。
「まさか…!?」
ナギは振り返り確認すると、トロルが近くにある岩石や泥を拾ってはつぶてとして投げつけて来る‼
「おいおいおいなんだよこのモンスター!?
周りにあるもん何でも利用するぞ!!」
飛来する岩や何やらは近くの沼に降り注ぎ、その余波で泥のつぶがいくつも降ってくる。
「くっそ!悪知恵働かせやがって‼」
顔にへばりついた泥を拭いながら、なおも陽炎はバギーのハンドルを離さない。
「さてはレイのやつ、知能高い動物の遺伝子か脳でも埋め込んだんじゃないか?!」
「なんだよこれ?!
軍で狩ってた魔物にもこんなのいなかったぞ!!
ヤベェってもんじゃねーよ!?
あとでレイに危険手当貰わないと割に合わ…あいたっ‼」
「あまり喚くな!舌噛むぞ!?
てか泥飲むぞ!!」
「んなこと言われても…
陽炎!左!右!左!!左!右!左ーー!!」
咄嗟にナギの指示通りにハンドルを切る。
森林が左手に迫った。これ以上左に切ると危険だな、と陽炎は内心毒づく。
振り向いてみると、先程まで車が走っていた地点地点に石や泥、枯れ藪などが激突していた。
「ばっかやろ!あっぶね…!!」
文句を飛ばそうとトロルにナギが向き合った瞬間、彼は戦慄を覚える。
巨人が手にした巨大な岩石を、バギー目掛けて投石したのだ。
「やっべっ‼‼」
ナギは慌てて飛来する岩石に向けて咄嗟に掴んだRPG7を発射する!
ボオオオン!!
「よっしゃ一発命中!!………うわ、陽炎左!左!」
「アホか!左行ったら森に突っ込むだろ!!」
慌ててハンドルを右に切る。
「まだ来るって!右!
右斜め横!左!後ろ!
斜め横左上!
上上下下右左右左ABAB!!
サインコサイン45度―‼‼」
「何のゲームコマンドだそれ!!!!サインコサインタンジェントなんて知らねえし‼」
ちなみにナギはゲーマーである。
絶叫しつつもミラーでトロルの投擲を確認しながらそれをさける陽炎。
瞬間、二人の乗るバギーに大きな陰がさした。
ナギが上を向くとトロルが空を飛んでいた。
跳躍したのだ。すぐ目の前に着地し、赤く血走った1つ目がギョロリと二人を睨む。
「……………………
…………………………よう。
……………………………………
………………あのさ、悪いんだけど退いてくんねーかな。」
そうナギが呟くや否や、トロルは拳を振り上げ、バギーに叩きつけようとする!
「このクソやろおおおおおおおお!!!!」
すかさず、陽炎はバックに切り替え猛スピードで後退するがなおも追いかけてくるトロル。
「ちょっ陽炎!
おま道中で車ならトロルに追いつかねぇって言ってたじゃねーかよ!!
嘘じゃねえかあぁ!!!!」
喚くナギをよそに陽炎はギアを変え、ドライブに戻しジープを前進させる。
「ちゃんと『だろう』って推定で言っただろうが!!
つーかそんな説明も前振りもないのに、あんなデカイのが機敏にジャンプ跳躍とか想像できないだろ?!
っておい!?」
などと呑気に話している暇もなく、トロルがバギーを掴み取ろうと両腕を伸ばしてくる!
トロルの迫りくる両腕を、陽炎は咄嗟にドリフト走行で掻い潜り。
「うわうわうわあああああああああああああああああああ
…………………………………………………………………………………あ?」
バギーはトロルの股をくぐりぬけ、ナギは気づけば背中を眺めていた。
「うわあああぎゃああああああ!!また飛んできたああああああああ!!!!」
「うるせえ!口塞いでろ!!メーター目一杯飛ばすぞ!」
「そんなこと言ったって…………また何か投げてきた!」
ナギは場当たり的ながらも後部座席に転がっていたマシンガンを拾い連射する。
威嚇射撃になるのかも怪しいがないよりはましだろう。
陽炎はそんなナギに目もくれず全速力で、通った沼地をバギーで駆け抜けてゆく。
だが、そうも上手くいくはずもなく。
突如、がくんっとジープが沼地沈み込み、前進しなくなった。
「くっそ!後輪が沼地に突っ込んじまった!!」
「あともう少しなのに!!」
その瞬間、地面に霜が走り、直後に沼地が白く凍り付いた。
「なんだこれ?!沼が凍った!」
「エリーの助け船だ!あいつホント機転効くな!」
間髪入れず、陽炎はアクセルを思いっ切り踏み込み、ぬかるみから脱出する。
「助かったー!エリーありがとー‼」
「ホント後であいつに何か奢らないとな…」
「あれ、でもこの車、スタッドレスだったっけ?」
「……レイから何も聞いてないな。」
「ハンドル回すなよ?アイスバーン起こすぞ?
絶っ対回すなよ?!」
「…善処はする。」
「おいいー?!」
叫ぶナギ。
陽炎は思わず噴き出した。
そろそろ、目的地点に―エリーのいる地点に近いて来ている。
「何とか切り抜けたみたいね。」
エリーは沼地の中のひときわ高い丘の上にいた。
この辺りの地盤は安定しており、人一人が立っても、バギーが走行しても足を取られない場所だった。
彼女の正面から陽炎が運転するバギーがこちらを目指して爆走してくる。
その後ろでナギは手にとったマシンガンを乱射していた。
うまくトロルの注意を引き付けて入るのだが、最初に気にしていたコストはいいのか、コストは。
「エリー?!頼んだ!」
バギーとすれ違いざま、マシンガン乱射をやめたナギがそう呼び掛ける。
距離感が分からなくなるからと言って、バギーに乗らず、最終的なおとりを引き受けると言い出したのはエリー自身だった。
だが、確固たる自信があって引き受けたわけでもない。
まず、トロルサイプリスをなるべく引き付けてから発動しなければ失敗してしまう。
あと、十歩…いや二十歩か?
20メートルってどれくらいだったか?
かなり後ろで、トロルの注意を引き付けるための手榴弾が爆発する音が聞こえた。
冷静になれ、感情を挟むな。私が失敗したら自分どころか街一つ壊滅しかねない。
心臓は鷲掴みされたようにドクドクと脈うち、足が痺れてくる。
…それでも、やらなければ。
「分かってるわよ…やるだけってやるっての。
…生あるもの、全ては底なき常闇の世界へ誘わんために来たれ死神よ。
ボトムレススワンプ!!」
エリーの前に一瞬にしてゆうに50メートルを超えるタールのような沼地と化した。
その光景をみたトロルが、一瞬勘付いたのか肩を震わせるのをみて、エリーは咄嗟に新たな詠唱を続ける。
ここで、エリーが怯んだら終わりなのだ。
「踊り狂え炎神!狂い爆ぜて爆炎を生み出せ!
サラマンダーロンド!」
突如エリーの頭上高くに炎のをまとったトカゲの影を持った炎弾が怒涛を上げて燃え盛る。
トロルはそれに近づこうと歩みを進めるが沼地直前で、ピタリと歩みを止めた。
散々転げ回ったせいもあってか、沼地は危ない物と学んでしまったようだ。
「go alound,cut in.Burst!」
咄嗟にエリーがそう叫ぶと同時に、炎の球がトロルの背後に回り込む。
後頭部から背中にかけて爆発、炎上した。
そのはずみで魔物は沼地と化した地面にそのまま前のめりに倒れ込む。
そこからトロルが体勢を立て直そうにも、重力に負けてズブズブと沼の中に身体が沈み込んでゆく。
咆哮を上げるトロル。
しかし抵抗も虚しくその口すら沼は飲み込んでゆく。
その時、エリーの目の前からトロルの右手が生えた!
エリーを睨み見据え、沼の淵に手をかける。
そして。左手が沼から程なくして現れ、エリーを掴んだ。
彼女を沼に引きずり込むつもりなのだろう。
「……ぁ…!?……………ぃ…!!!!」
手から抜け出そう暴れるぐらいで巨体の手は離してくれるわけもなく、エリーが慌てて詠唱を続けようとするが、声が出ない。
まさか、そんな。
…魔力ならまだ少しは残っている。
なのに、何で?
こんな所で、また失声症を再発するなんて。
その時。
「このヤロウ!!往生際が悪いんだよ!!!」
ナギがどこからともなく飛んできた。
「鬼斬翔刃!!!!」
ナギの握る大剣にトロルの両腕と手首を真っ二つにされた。
エリーを掴む手はすぐに弛緩し、彼女は開放された。
巨体を支えるものかなくなったトロルサイプリスはズルズルと、重力に逆らう事も出来ず沼に引きずり込まれてゆく。
何度も攻撃され、そのたびに再生能力を使い続けたせいか、限界が来たのだろう。
再生速度は遅々となり、今までのようにすぐさま腕と手首を繋げるに至らない。
程なく、沼地はもがく腕と、大きな瞳すら呑み込み、泡すらも吹かなくなった。
しばらくして、エリーの元にバギーが戻ってきた。
泥塗れの陽炎が慌ててこちらに駆け寄ってくる。
極度の緊張と疲労のせいかその場に座り込むもエリー。
大の大人が泥塗れで何やってるんだか、と可笑しい気分になった。
「エリー大丈夫か?」
「…………ぇ……え、多分……いや確実に………仕留めたとは思う…。」
エリーは無理やり声を出す。
失声症はパニックになった一時的なものだったようで、落ち着きを取り戻すと、徐々に声量が出るようになってきたようだ。
「そうじゃないだろ、お前は怪我してないか聞いてるんだよ。声、かすれてるぞ…?!」
「私……は大丈夫よ。…奴に掴まれたけど、……幸い、打ち身も……骨折もしてないみたい。心配してくれてありがとう。」
「…エリー。無茶すんな。
本当にヤバかったら、俺が引き受けるつもりだったんだからさ。
今後は一切遠慮するなよ?」
「…ん。」
ナギの心配する声に、肩で息をして覇気のない声で答えるエリー。
普通、あの魔物は倒したのか確認とるのが先でしょうに、と内心呆れ返る。
「エリー無事か?」
「…うん、…何とか。」
「例え再生能力に長けているとは言えど、底なし沼にはまって溺れちゃあ、な。
念のためもう少し様子を見よう。」
「んー、取り敢えず勝ったは勝ったけど、後味悪いなー。」
「闘いなんて元来こんなもんさ。
死ねば終わりで、生き残った者勝ち。
方法なんて問わないだろ。
それに結局、人の評価基準は結果だ。」
「それにしても……ずいぶんと古い…戦略ね。
誰から教わったの、陽炎?」
エリーはふと疑問を口にする。
以前こういった戦い方は古い!と吹聴していた傭兵が知り合いにいたからだが。
対して陽炎は、遠い目をして1人言でも呟くように。
「……昔の恩師だよ。今はもう…死んでしまったよ。」
「あ……えっと、その…ごめん。
変に過去の事蒸し返して…」
「いいさ、もう昔の事だ。
さあレイに連絡をして帰ろう。
エリー、立てるか?」
「うん、もう大丈夫。ありがとう。」
陽炎が指しだす手を、エリーは掴み立ち上がる。
大きく、切り傷やかすり傷、所々にタコがあるその手から、彼の今までの半生が伺い知れた。
眉にしわを寄せて寂しげに微笑う陽炎の姿に、まるで苦い思い出を反芻しているようだと、エリーは思った。
「あ、オレ、レイに無線繋ぐわ。ちょーっと待ってろよ…
…っとこれで繋がるはず………あれー、おかしいな無線繋がらない…?」
ナギ達がいる地点から数十キロ。山岳地帯にある廃工場。
内戦中、軍事企業が破棄したプラントだった。
レイはその手前に車を止め、今はしんと静まり冷え切った空気の漂う仄暗く無機質な工場の回廊を、
無造作に打ち捨てられた機材や資料を踏み分け平然と一人歩いていく。
その姿は勝手知ったる家の中を歩き回る様にも見て取れた。
中央管理室と書かれた埃だらけの表札を横目に見やり、中に入る。
機材や配電版が密集しているその部屋の奥。
その、プラントと中央管理室をガラス窓一枚で隔てた壁際に型の古いが、複数のデスクトップのあるパソコンがあった。
隣接するスパコン数十台と配線が繋がれたそれの電源を入れようとするが。
「手を挙げろ。」
しまったと、内心舌を打つ。 軍部はここのプラントの位置を把握していない筈だ。
という事は、 後をつけられていたか。
戦闘経験のない彼にとっては仕方のないミスだが、致命的である事に変わりはない。
「持っている武器を全て捨てろ!さもないと撃つ!」
彼は素早く左脇のホルスターに収めていたSIGを放り投げる。
「こちらに向け!」
いやいや彼はそちらに顔を向ける。
前方に指揮官とその補佐役二人、後方にマシンガンを腰に構えた兵士が五人ほど。
「いやあ、これはこれは。君はレイ・ハミルトン君じゃないかね?」
彼-レイは相手を不機嫌に睨み返すが、相手は不吉に口元を歪み上がらせる。
「私を覚えているかな?」
「政府軍の第3師団長…キース=グリアムさんでしたね。」
「ああそうだよ。
いまは暫定政府の平和維持軍に身を置かせてもらっている。
平和維持活動の一環として我々も企業が残した大小プラントを調査させてもらっている所だ。
まさかこんなところにあったとは思いにもよらなかったよ。
ああ、この場所は内密にしておこう。
私も、ここらに野暮用があってね。
今日はあくまで私用でね。
彼らも私のプライベートの為に護衛を引き受けている。
…ここで見た事、あったことは一切しゃべらせない。
本当にここはたまたま、この辺りを訪れて見つけたものだし…君も公開されたら不利な点があるだろうしねぇ。
それに、ここには我々しかいない。安心したまえ。」
以前どこかで見た嫌な笑み。
何処でだったかはすっかり忘れてしまったようで、全く思い出せない。
何処かで見た三流映画の悪役のそれだったかもしれない。
「さて、こんなところで難だがね…レイ・ハミルトン君。
君は実に優秀な人材だと思っている。」
「…そうですか。
ありがとうございます。」
愛想のない、儀礼的な返答。
「君のかつての上司とは大学からの友人でね。
少し変わった奴で扱い難かったが、才気に溢れた男だった。
だが、あの企業に入社したのは彼の最大の汚点だったな。
まさか、政府に歯向かうとは。」
レイは答えない。
「彼には散々声をかけたんだ。こちらに来いと。
頑として聞き入れなかったがね。
中でも取り分け、君の事を気に入っていてね。
ハミルトン君。私はね、君を引き抜きに来たのだよ。
私の派閥は平和維持軍の中でも最大でね。
君のご要望とあらばすぐに以前の研究資材以上のものを用意しよう。
どうだい。私の右腕として働かないかね?」
「お断り致します。今の暮らしが気に入っているんで。
…邪魔しないで頂きたい。」
「そうか。非常に残念だよ、ハミルトン君。
余程、あの男に可愛がられたと見える。
しかし、君が我々に与しないのなら、企業の―しかもあの男の腹心の部下だった君は、軍にとって障害にしかならない。
いつ牙を剥かれるか分からないなら、予めその芽を刈り取っておくべきだろう?」
男は手を挙げる。引き連れてきた小隊全員が彼に銃口を向けた。
「そうですね。全くをもって同意します。
…ロック解除、一斉射撃。」
途端、銃声が無数に響いた。
小隊は不意打ちをくらい、隊列も乱れ、どこから撃たれているのかも分からない攻撃を喰らい続ける。
「…何だと…伏兵…!?」
自分の背後に振り向きながらも、その影を捉える事は出来ない。
「こういった事は、たまにあるんですよ。
貴方の様に、僕を手中の駒に収めきれなかったら殺そうとする。
だから、そのための用心の内の一つですね。」
レイは、ジャケットの袖口に隠し持っていたから小型拳銃を取り出し、ゆっくりと確実に標的を狙う。
そして、発砲。
銃弾は見事、キースの心臓に的中した。
「……あー全く、天井に張り付いているただのタレットシステムですよ。
最新型の天井裏にひそませるタイプのものです。
熱探知も出来ませんから。見つけにくかったでしょうね。
まさか、このプラントの電源がまだ生きてると思わなかったんですか?
こんなお粗末な罠に気づかないなんて、腕が鈍ったんじゃないんですか?
全く、仮想敵がいないと慢心して駄目になるなんて典型的にも程がありますよ。
第一、あの人とはただの上司と部下、本っ当にドライでしたから。
本当お世辞やらゴマスリ、ウェットな感情は全く受け付けないとんでもない堅物ですよ。
変な関係とか勘ぐらないで頂きたいですね。
全く、虫酸が走る。」
他の連中が悲鳴を上げて退職沙汰にする仕事も淡々とこなした。
それだけのことだ。愚痴も私情も挟まず、ただ機械的に無機的に仕事をこなす。
だからこそ、レイは上司の、企業の信用を勝ち取ったのだ。
単なる消去法ではあったが。
結果、彼は上司の右腕になった。
それにより上司や上層部から企業の軍事機密を任されることとなった。
この世界の誰よりも悪名高き軍事企業の機密を保持している。
それは当然、政治や軍隊、マフィアなどの勢力に付け狙われることに結びついている。
無論、その情報機密や技術を売り込めばそれなりの額にはなるだろう。
だが、レイには全く興味のない話だ。
「これで工程は終了、と。このプラントもようやく破棄出来るか。」
元々興味のないものには一切の関心も払わないし持ちたくもない彼の事である。
内戦がどういう結果になれど、この様な企業の遺産は全て破棄すると決めていた。
だが、それを許さない勢力はごまんといる。
世界の欲望、渇望、闇。冷たく凶暴で醜く圧倒的な質量をもつそれ。
レイは否応なく対峙していかねばならない。
だがそれすらレイにとってはどうでもいい事だった。
作業が一段落し、背を伸ばしていると携帯が鳴った。
画面を確認するとイエンからだった。
「もしもしイエン?今日はお前からこっちに携帯にかけるなって言っただろ…?
ってナギさん?」
『レイ、全部倒したぞ…おいエリー!人の携帯もぎ取んな…!』
『レイよくもはめてくれたわね。絶対料金割増してもらうから。
で、支払いの方は何時になる?どこの銀行口座作った方がいい?』
携帯の向こうから聞こえる呑気な声。思わず脱力しそうになる。
元はといえば、レイ自身のこういった活動を悟らせない為の陽動として彼等を使おうと近づいたのだが。
ああ、もう。一人でシリアスしていたのが馬鹿みたいじゃないか。
「って、エリーさんまだ銀行口座作ってなかったんですか?」
『そんな事より飯おごれ飯!!』
『お、いいなぁ飯。せっかく花の綺麗な季節なんだから花見しながら食おうぜー!!』
『花なんかより肉!すきやき!焼肉!ステーキ!』
「ちょっとナギさん煽らないでくださいよ。あとイエン引っ込んでうざい。
えーと、エリーさん…でいいや。
報酬はネットバンクを通じて銀行口座に支払いますから、指定の銀行で口座を…」
『いいやって何なんなのよ。いいやって』
どうしてこんな阿呆と関わったんだったか。
ため息を尽きつつ説明するレイ。こんな日常が嫌ではない自分に呆れつつ。
こうして彼はどうしようもなく雑事に追われるぬるま湯みたいな現実に戻って行くのだ。
「で、この様ですか…。」
『焼肉ご馳走様でーっす‼‼』
END
※このシリーズは順不同で投稿してます。技量が至らず申し訳ないです。ご了承ください。m(_ _)m