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隣の席の相島君  作者: 伊藤 唯羅
本編
9/28

目が合っちゃった

「開始すぐに試合よね」

「ああ! 確かそっちは最初の次に試合だよな。被ってるから俺、見れないけど頑張れよな !」

「相島君もね」


 現在、体育館。

 開会式に向けて生徒達が席に座り始める中、桜と相島君もこれから始まる試合への激励を送り合いながら揃って座った。

 間も無く、式が始まる。


「みいぃんなぁぁぁぁああ! 盛り上がってるくぁぁぁぁぁあーーー!!!!」


 おおおおおぉぉ!!


 生徒会長の気合の入った大声が体育館中に響き渡り、生徒達もそれに応じるよう吠えた。

 体育館の中央に飄々とそびえ立つ会長の手に、マイクは無い。


「今日はあ! 先輩も後輩も関係なく!! フェアに! 楽しく! 切磋琢磨して!! てっぺん取りに行くぞおおおおおおお!!」


 うおおおおおおおぉぉぉぁあっ!!


 体育館がびりびりと揺れた。

 その雄叫びの大きさに思わず桜は耳をふさいでチラリと隣を見れば、その目に闘士を燃やす彼の姿があった。


 会長の熱狂的な挨拶が終われば続けて大会の注意事項が実行委員長からいくつか述べられた。

 先程の挨拶の様な凄まじい元気と勢いは当然無いが、熱意とやる気がひしひしと伝わってくるものであった。

 その後に行われるのは二種類のエキシビションマッチ。

 競技は両方共バスケだが、一つ目の試合にはとある有名なバスケアニメの簡単なコスプレをしたチーム対現役男子バスケ部員、二つ目の試合には教師同士が戦った。

 どちらも五分程の短時間のものであったが、選手達が活躍する度、またお茶目なミスやギャグを起こす度に会場は湧いた。

 それも終われば、マイクを持った可愛らしい少女が体育館中央へと移動する。恐らく、実行委員であろう彼女は大きく息を吸い、その顔に愛らしい笑みを浮かべて、声高らかに宣言した。


「それでは、体育祭を開催します!」


 本日は体育祭。今、ここに、体育祭が始まった。





 ***





 空には一点の曇りもなく、容赦ない日差しが桜達を襲った。

 彼女は今、グラウンドでフェンス越しにサッカーの試合を観戦していた。

 彼女が出るバスケの試合にはまだ時間があったので、それまでの暇な時間を自分のクラスの応援に当てようと考えたのだ。

 視線の先にはフィールド中を思い切り駆け回る彼の姿。

 全速力で走っている所為か勢い余って偶に転がったり、それを物ともせずに直ぐに起き上がりまた地面を蹴って行く。

 その姿はいきいきと輝いており、とても楽しそうだった。


――お。


 彼が敵チームからボールを奪いそのままゴールへ突き進んだ。

 迫り来る敵もサラリサラリと躱していく。その様はまるで忍者のようだ。

 そして、最後の一人を躱して強くボールを蹴った。

 ボールは綺麗な弧を描いてキーパーの腕の間を通り抜け、バシュッと音を立ててゴールに収まった。

 きゃあああ! おおおおお!

 女子の甲高い歓声と男子の低い雄叫びが混じり合いながら響く。

 ゴールを決めた本人は小さくガッツポーズをして、観客席を振り返った。


――あ、目が、


「きゃああ! 相島君と目が合っちゃった!!」

「ちょっと、目が合ったのは私よ!」

「アタシだって~」


 それまでぼんやりと眺めていた桜はすぐ隣から女子の黄色い声が耳に入ってきてはっとした。

 相島君は自分が太陽だと言わんばかりの輝かしい笑顔を振り撒き、右手でピースサインを作っていた。

 桜は一つ息を付き、僅かに乱れた呼吸を整えた。


――皆考える事は同じか。


 そう思っていつの間にかフェンスに掛けていた指を離した。


「ていうか、アンタ彼氏いるじゃん!」

「いや、まー。これとそれは別っていうか?」

「分かるー! アイドル? みたいな存在だよねー。それに相島君には可愛い彼女もいるし」

「そーそー、アイドル! あれだけラブラブな彼女いたら諦めもつくしねー」


 声をあげていた女子達はきゃいきゃいとガールズトークを楽しんでいた。

 彼、相島君は男女関係無く好かれていた。その存在は将に『アイドル』に似たもの。顔の造形も整っており、笑顔を絶やさず人を笑わせ、明るく優しいし雰囲気の彼に熱を上げる者も多い。

 そんな彼のファンでさえこんなに簡単に認めている『彼女』とは一体誰なのだろうか、と桜は疑問に思った。

 普通であれば好意を寄せている人間に意中の相手がいたら、女子であれば大抵はその相手に嫉妬する。中には嫌がらせや虐め、最悪障害事件や殺人事件を起こす者も稀ではあるが存在している。

 それであるのに彼女達からはそういう邪悪な心を感じ取れない。勿論、内心では良く思ってない者も居るであろうが、彼女達の表情を見るに極少数であろう。


――もしかしたら、この中にもその彼女がいるのかもしれない。……私には関係無いけど。


 隣では彼の話題から幼馴染みの恋愛についての議題へと移り変わっていた。

 桜が女子の話の切り替えは凄まじいのだな、と鼻息荒く熱弁する彼女達から少し遠のけば――といってもこの空間には女子がびっちり埋まっており大した身動きは取れないが――、先程までピースサインをふりふりと揺らしていた相島君が何故か観客席へと小走りでやって来ており、女子達の黄色い声が再び木霊する。


「黒田、手!」

「……は」

「ほら早く早く!」


 桜の前で止まった彼は手を胸の前に出し、困惑した彼女も言われるままに両掌を自分の前に出した。そして、


「ハーイ、タァーッチ!!」


 ガシャン、と音が鳴る。

 フェンス越しのハイタッチ。


「試合身に来てくれてありがとなー」


 ぶんぶんと大きく手を振って去っていく彼は、フィールドに戻ると仲間達から殴られたり回し蹴りをお見舞いされた。

 残された女子達は、桜を含め皆呆然としていた。

 ちらほらと「え、黒田さん?」「何であの子?」と口々に小さく囁く声が上がり出す。

 その視線は普通に疑問を表すものであったり、不快感や嫉妬に眉を顰めているものもあった。

 桜が只々フィールドを見つめていると、何者かに左腕を引かれ、密集していた女子の塊の外へと出た。


「く、黒田さん。もも、もうすぐ試合始まるから行きましょうよ」


 そう弱々しい声で言ったのは白川であった。

 動きは少々挙動不審である彼女だが、その目にははっきりとした力強いものが浮かんでいた。

 桜は彼女の手を取って体育館へと足を進めた。

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