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隣の席の相島君  作者: 伊藤 唯羅
本編
2/28

教科書忘れちゃって

 相島君は頻繁に忘れ物をする。


「ごめん、黒田。数学の教科書忘れちゃって……」

「いいよ。見せてあげる」


 隣の席になった桜も初めこそ戸惑いや緊張を隠せずにいたが、今ではすっかりこのやり取りに慣れてしまっていた。


「いつも悪いな。助かるよ」


 彼は眉を下げて微笑を浮かべるけれど、桜はそう思うなら他クラスに借りるなり彼の右隣の子に見せてもらえば良いのに、と悪態をついた。勿論、口には出さないが。


 彼には人脈があった。

 というのもムードメーカーとして日々周囲を笑わせたり――彼自身、笑顔を絶やさないのは言わずもがな――、意外にも人の機敏の察知に長けており心配りは欠かさない。

 抜けている部分は多いが、そういう彼であるからこそどこか憎めない。

 それが彼、相島君だ。


「これ、いつものお礼」


 そう言って彼が桜の掌に何かを握らせた。

 開いてみればそこには一つの飴。桜色の小包で右下に赤字で桜味と書かれていた。

 桜味? と首を捻る彼女に、彼は朗らかな笑みを浮かべた。


「桜味って珍しいよなー。実は俺もまだ食ってねぇんだけど」

「毒味させる気?」


 じろりと睨む桜。

 彼は慌てた様子で違うってと手を左右にばたつかせた。


「黒田の下の名前と同じじゃん! だから何となく!」


 理由になっている様ななっていない様な、そんな曖昧な事を答えた彼は、お礼が飴ってショボいかー、とぶつぶつ呟き出した。

 彼女はその様子を少し笑って見つめて。

 それに気づいた彼もまた笑って。


「何見てるの」

「いや、食わねーのかと思って」

「やっぱり毒味じゃない」


 そうして彼が再び慌て出す。


 後でこっそりと食べた飴は、ほんのりと優しい味がした。




 ***




「黒田って数学得意なの?」


 前から思ってたんだけどさ、と呟く相島君を桜は訝しげに見た。


「何で?」

「ノートとか見ても分かりやすいし、テストの点数だって良いだろ?」


 言いながら桜と彼女のノートを交互に見やる。

 いつの間にか自分のノートを見られていた事に恥ずかしくなった彼女は慌ててノートを閉じて窓の外に視線をやった。


 現在は授業間の休み時間だ。

 例によって教科書と副教材である問題集を忘れてきた彼に、これまた例によって桜のそれを見せてあげていた。

 相変わらず、彼は自ら授業道具の準備をきちんと行う事も彼女以外の他者に頼る事もしていない様である。 

 それは置いておいて、二人で教科書その他を利用するのであるから、机を合わせ、二人の距離は必然的に近くなる。

 それ故、彼は彼女のノートを覗いてしまったという事になる訳だが。


「数学出来るなんて凄いよな。俺なんて全然。からっきしだよ」

「……どっかの誰かさんみたいに授業中に爆睡してるわけじゃないし」

「うぐっ」


 そうなのだ。

 授業中、気付けば彼はいつも寝ていた。

 桜に教科書を見せてもらっている時は何とか耐えている様だが、それも途中まで。最後にはやはりどうしても眠ってしまう。

 頑張ってるんだけど分かんないと眠くなるじゃんと口を尖らせ机の上で伸びた。

 その姿を呆れたように見つめる桜だったが、突然何かを閃いた様にガバリと起き上がった彼に一瞬びくりとし、同時に予感した。


「そうだ! 黒田が俺に数学教えてよ!!」


――予感的中。メンドウクサイ。


 輝く笑顔を振り撒きながら宣った彼に、桜は一つ溜息を吐いた。

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