02.
「いやいやー、お兄さんの髪の毛、とっても綺麗だねー!」
「…おい。」
「すっごい!なにこの髪!綺麗な白だね!アルビノなんですか!?…でも目は赤くないし…。うっわ、髪さらさら!シャンプーなに使ってるの!?」
「おいっ!!」
「イケメンで、髪の毛サラサラで、おまけに声もいいなんてっ!神様はなんて残酷なんだ!わたしにも少しくらい分けてくれたっていいじゃないかっ!珍しい目の色だけど、それカラコンとかいれてr……-ぶふっ!!」
「話を聞け!そして近い、この阿呆!」
人間離れしたイケメンさに興奮したわたしは、ベッドに飛びのり、近寄ってまじまじと顔を見ながら、おばちゃん顔負けなマシンガントークを披露していた。ら、近くにあったクッションで殴られました。はい。
え?この状況で興奮するかって?…うるさいな、こんなイケメン周りにはいなかったんだからしかたがないじゃん。
イケメンは正義だ。
…それにしても、…うぬおぉぉぉぉぉおお!!痛いっ!クッションってこんなに痛かったっけ!?
ふわふわなはずのクッションなのに、まるで顔面にサッカーボールが直撃したような衝撃を感じたぞ!?これ鼻潰れてない!?潰れてないよねぇ!?
ぐおおおとベッドで転げまわるわたしを、イケメンさんは冷たい目で睨むと、近くにあった椅子を引き寄せてそこに長い足を組んで座った。
くそう、そんな姿さえ絵になりやがるぜ。
「…で?もう一度聞く。貴様は何者だ。刺客か?」
「へ?刺客?」
イケメンさんの言った言葉に痛みも忘れて思わず呆けた顔になる。(イケメンさんに“ただでさえ哀れな顔が、さらに哀れになっているぞ。”と言われた。…ひどいっっ!!)
だって、刺客ってあれだよね?よく時代劇とかであるやつだよね?
頭のなかに、“チャラチャーン”と、某時代劇の暗殺者達が登場する時の曲が流れた。
…いやいやいやいや、ないないないない!!
「いやいやいやいや!刺客じゃありませんです!決して怪しいものじゃありません…って言えないわ。めちゃくちゃ怪しいけど、と、とにかく絶対刺客とかそんなんじゃないから!!神に誓って!」
「…信用できんな。」
わたしの全力での誓いを、はん、と鼻で笑いやがったイケメンさんは、肘掛けに手を置き頬杖をつくとそうばっさり言い切った。
若干いらっときたが(いや、正直、若干どころではないけれど。)、確かにイケメンさんの言うことは筋が通っている。わたしだって、急に自分の寝室に人が現れたら、怪しむだろうし。つか、問答無用で警察呼ぶし。
…さて、どうしたものか。
うんうんと悩んでいると、ふと、壁に立てかけてあった小さな箒が目に入った。
「…!そうだ!」
それでひらめいたわたしは、その箒を手にとると、それを刀を両手で握りしめて構え、イケメンさんのほうに向いた。
…おいこら、その珍獣を見るような目、やめんかい。
「…何をしている。」
わたしを見て、ふるりと震えたイケメンさんは、一度大きく深呼吸をすると静かにそう尋ねてきた。
…なんだったんだろうか。
若干イケメンさんの態度が気になるものの、気を取り直し、ビシッと指を突きつける。
「信用できないなら、わたしと一回手合わせしたらいいよ!!絶対瞬殺されるほど弱いっていう自信あるからね!わたしはこの箒を使うから、お兄さんは素手でも武器…は痛そうだからできればやめてほしいけど、なんでもいいからかかってこいや!」
そして、ふん!ふん!と、箒を振り回しながら気を引き締めそう言うわたしを、イケメンさんはじーっと見て、それから、
「…ぶっ!!あっはっはっはっはっは!!」
「へ?」
盛大に吹きだしやがった。
ねえ、そんなおかしいとこ何かあった?ってか、お兄さん笑った顔めちゃくちゃかわいいなおい。イケメンでかわいいって…ずるい…って、そんなことはおいといて!!
…えっと、なにこの状況。
え、なに、ついていけないんだけど。さっきまでめちゃくちゃ警戒してなかった?めちゃくちゃ冷たい目してなかった?ゴミ虫を見るような目で、見降ろしていらっしゃいませんでしたかっ!?
急に笑い出したイケメンさんについて行けず、そんなふうに戸惑っていると、ひいひい言いながらお腹をかかえた彼が、椅子の肘掛けをぱしぱし叩きながら言った。
おい、そんなに笑わなくてもいいだろう。
…いや、そんな姿もイケメンなんだけど。
「…くく、気にいった。貴様が刺客でないことを信じよう。」
「ほ、本当!?」
「ああ。そのかわり、どうやってここに来たのかすべて話せ。」
「わ、わかった!」
信じてくれるようなのだが、やけにぎらぎらとした目で言うので(捕獲者の目だよ、あれは。)、若干引いたが、わたしは無我夢中にここに来るまでの経緯を事細かに話した。(星をみていたら光に包まれて気が付いたらここにいたことなど。)
すべてを話終えたあと、イケメンさんは綺麗な手を顎にてて“ほう、”と呟いた。
「…貴様の言うことが本当ならば、どうやら貴様はこの世界とは違う異世界から来たようだな。」
「…へ?」
…What?
イケメンさんの言ったことに、目が点になる。
…いまわたしの聞き間違いでなければ、確かに彼は“異世界”っていったよね?いつからわたしそんな厨二病的な展開に巻き込まれてんの?
嘘だよね?誰か嘘だっていってくれませんか!?
「…え、と、どういうことなんですかね。なにかの間違いなんじゃ…。」
「おそらく間違いではないだろう。まず、ここはお前のいう“にほん”とやらではなく、国王アベナル・サラーナ・シルヴァイが治める、“シルバトーレ”という国だ。そもそもこの世界には“にほん”という国はない。」
日本が…ない?
そう軽くパニックを起こしている私など気にせず、イケメンさんはいつの間に淹れてきたのか、紅茶を優雅に飲みながら次々と話していく。
「次に、この世界には“時の迷い子”と言われる異世界人がときたまにやってくると聞く。古くからの言い伝えで、私は実際にまだ見たことはなかったから、ただの言い伝えだと思っていたんだがな。」
時の迷い子?異世界人?シルバトーレ?え、まって、まって、わけ分かんない。
一度に沢山のことを話され、完全にパニックに陥っているが、そんな動かない頭を無理やり稼働しながら、私は一番聞きたいことを尋ねた。
「そ、その“時の迷い子”だった人たちは、元いた世界に帰ることはできたの…?」
「さあな、そこからの話は聞いていない。異世界人がその後どうなったのか、知らぬ。」
「そ、そんな…。」
パニック中な頭でも分かる、これは大変だ。異世界に飛ばされ、死刑宣告。
住むところもなく、帰れるかも分からない。そもそもここの常識云々もわからない。つまり、これからどうしたらいいのか、まったく分からない。
「どう…しよう…。」
なにをすればいいのか、これからどうなるのか、もんもんと考えたが答えが見つかる事もなく、考えれば考えるほど頭から血が引いていき、むしろ真っ白になっていくだけだ。
やばい、目頭が熱くなってきた。
泣いたってどうにかなるわけじゃないけれど。
泣いている場合ではないのに、ぽろぽろとこぼれてくる涙をぐしぐしと拭っていると、はあ、と頭上から大きなため息が聞こえてきた。そして影が降りてきたので、顔を上げると、そこには片膝をついたイケメンさんが近くにいた。
「貴様、名前は?」
「え、…あ…春、です。」
そして、唐突に名前を尋ねられ、戸惑いつつ答えたわたしに、イケメンさんはバックに花が咲き乱れるくらいの笑顔で言った。
「単刀直入に言う。ハル、私はお前が気に入った。よって、貴様が帰れるまで私が保護してやる。」
「え…?ほ…本当に?…あ、ありが、とうっ…!」
唐突であったが、思いもしないありがたい申し出に、わたしは涙を流しながらお礼を言う。
やさしい!神だ!!ほんものの神様がここにいるよ!見た目と同じで心も天使様なんて!
「あ、あの、お兄さんの名前はなんていうの?」
ようやく止まった涙を袖口でぬぐいつつ、名前を尋ねると、イケメンなお兄さんはそれはそれは綺麗な笑顔で笑った。
「…私は、アレム・フィーネ・ソリアスだ。よろしく頼むぞ、“下僕”。」
「……え?」
…あれ?聞き間違いかな?今、目の前の人から発せられることのないはずな単語が聞こえた気がしたんだけど。
…あれ?今度は違う意味で泣きそうになってきたぞ。
「あの~、下僕とはどういう…?」
「そのままの意味だ。今日から、そのミジンコなみの頭を働かせて、せいぜい頑張るのだな。」
…訂正、このイケメンのお兄さんことアレムさんは、天使なんかではなく、とんでもない腹黒野郎である。