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始まりの仮面

作者: ぶっぺぽん

すぐに読み終わります。どうぞ、気軽に読んでってください^^

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その男は、ぱっとしない漁師だった。もう50歳近い年齢だったが、女性にもてず、親しい友人もなく、一人で海の近くに住んでいた。

魚を捕まえる技術は高かったが、その他にこれといった才能はなく、それしかできなかった。また、このぐらいの年齢になれば、漁師の仲間内でもそれなりの地位につくものだが、人嫌いだった男には無理な話だった。


ある日、いつものように仕事が終わり、居酒屋へ向かった。男が住んでいる周辺には適当な娯楽のたぐいがなく、酒を飲むぐらいしかすることがなかった。またあったとしても、不器用な男には、それを楽しむことができないだろうことは自分でもよく分かっていた。


向かっている途中で何人かの仲間の漁師に会った。気心がしれている間柄であったため、居酒屋に入った後、同じ席に座ることになった。

彼らもまた、男と同じく孤独であり、寂しかったのだ。安い酒をあおり、アルコールを摂取する。


つまらない話をいくつかしてから、酔った勢いに任せ、男はつぶやいた。


「俺は、漁師をやっていてよかったと思う。人間よりも魚と向き合っていた方が楽だからだ。しかし、退屈でたまらない。」


それを聞いた仲間は頷く。


「そうだな。何かこう、人生を変えるような出来事がおこりはしないだろうか」


「それが本当にあるならば、この中の誰かがすでにここからいなくなっているはずだろう」


日に焼けた漁師たちは、威勢のいい笑い声をあげた。いつものことなのだ。この手の話が出れば、もう宴席は終わりであることを皆よく知っていた。




帰り道、いつもより酒が回っていたせいか、気が付くと近場にある商店街にいた。男は人と出会うのが嫌だったのですぐ引き返そうとしたが、思い直して少し歩いてみることにした。

どうせ早々と家に帰っても誰も待ってはいないので、この気まぐれは思ったよりもいい考えだった。


しばらく歩いていると、気になる店を見つけた。民家と同じつくりの、なんのへんてつもない店だった。

看板が海から吹くかぜによって、さびてしまっている。ただ、その看板には薄れかけた文字で、骨董屋の名前が見えた。


中に入ると、思ったよりもこざっぱりした印象だった。5つのショーウィンドウがあり、カウンターが一つ置かれている。それらを上から豆電球が照らし出していた。


店内のものを見て回ったが、どれも古くて、価値のあるものなのか男には分からなかった。男には趣味もなかったせいか、感想をいう事さえ出来なかった。飽きてきて、もう帰ろうかと最後のショーウインドウに目を向けた。



そこには、楽しそうな笑顔を張り付けた面が置かれていた。目の部分には穴が開いて、周りを確認することができる。

周りにある骨董品と同じく古いもののようだが、男は目をそらすことが出来なかった。

その笑顔は、自分の代わり映えのない人生に何か面白いものを与えてくれる気がして、不思議と面を買いたくなった。

酒の勢いも手伝って、迷いはなかった。


「すみません。この面をください。」


いつの間にかカウンターに立っていた人間に、そう声をかけた。


自分と同じく日に焼け、どこといって特徴のない店番のものは、笑みを浮かべながら金の要求をした。

その仕草から、この店にはあまり人が訪れないだろうことは予想できた。

趣味が転じて、というやつだろうか。


面はなかなか凝った外見だったが、値段は予想よりはるかに安かった。自分の持ってきた少ない金でも、どうにか買うことができる。


金をわたし、店を出る。男は意外なほりだしものを嬉しそうに抱えて、真っ直ぐ自宅にかえった。



次の日の朝、都合よく仕事が休みだったので、男は海に出る支度をしていた。海の上に出て、そこで面をかぶるのだ。

意味のない行為に思えたが、自宅でかぶるよりは面白いだろう、と考えてのことだ。

それに、休みだからと言ってとりたてて行くあてもなく、またためている金も少なく、とても遠出をする気にはなれなかった。


船をだし、適当な海の上に停止させる。それから、ゆっくりと面をかぶってみた。



やはり、別に面白くもなかったが、自分があの楽しげな表情を浮かべていることを想像して、少し気がせいせいとした。



それから何気なく海を見て、思わず声をあげる。いつもの青い海が毒の様な紫色になっていた。



「なんだこれは」


「おはようございます。まあ、そう驚かれるのもむりはありません。先ほどまで、あなたはただの人でしたから」


気が付くと、海の上に人型をしたものが波に揺られて浮かんでいた。


「失礼な奴だな。お前は誰だ」


「私は海坊主と申します。気ままに泳いでいたのですが、仮面をかぶったあなたを発見して、こうして話しかけているわけです」


「なるほど」


男はわきに置いていたもりを振り上げて、容赦なく突き刺した。だが、それが突き刺さることはなく、体を通り抜けてしまった。


「あぶないじゃないですか。わたしが人間だったら、死んでいるところですよ」


「どうやら本当に海坊主らしいな。ところで、なにをしに来たのだ。俺に用があってきたのだろう」


「はい。その仮面をかぶられた方には、声をかけることになっているのです。どうぞ、こちらへ・・・」


海坊主は、ある方向をゆびさす。そこには、見たことのないような大きなカメが居た。


「俺をどこにつれていこうというのだ」



「竜宮城です」



長く船乗りをやっていれば、海坊主が恐ろしい怪物であることを知っていたが、何故か、敵には見えなかった。

どころか、とても親しげな感じがした。それに、こいつは竜宮城へ連れて行くといっている。男には大した知識はなかったが、そこで豪勢な酒の席が行われていることを聞いたことはあった。


海坊主の案内に従って、カメの上に乗る。すぐに沈んでいったが、水の中でも息をすることができた。



しばらくすると、美しい門が見えてきて、潜り抜けると立派な竜宮城があった。中に入り、ざしきに案内される。


自分をもてなしてくれるらしく、海坊主に酒を入れてもらった。口をつけてみたが、居酒屋と同じような安物の味がして、気分を害した。


目の前の舞台で、魚の顔をした踊り子が奇妙に舞っているが、なにが面白いのか理解できなかった。男は頭が悪かったが、それを考慮しても、この踊りがどういうものかわからなかった。また、魚が相手では酒も進まなかった。


退屈そうしていると、仲居らしき魚がやってきて、食事を運んできた。踊りはつまらなかったが、食事は期待していた。竜宮城といえば、立派な食材があるものだろうと思っていたからだ。

しかし、すぐにがっかりした。

食材はこの辺でとることのできる魚であり、全てつかまえてたべたことがあった。味付けも、自分にはあわず、面白くなかった。


すっかり暇になって、姿勢をくずして座る。


男は情けなくも、まだ期待していたのだ。この場所は、自分に新しさをもたらしてくれるのではないかと。しかし、もう何か起こりそうな様子はなく、いよいよ限界にきた。




「ひどいところだな。もう帰りたい」




「これからもっと面白くなるところでしたが。残念です」



海坊主はそう言うと、後ろに控えていた仲居に合図を送った。


なんとなく期待が沸き上がってそれを眺めていたが、出てきたものを見て怒りを覚えた。



「玉手箱か。初めから、俺を老人にするつもりだったのだな。教養がないからと馬鹿にしやがって。そうはいくいものか」



海坊主の制しを振り切って、自分がやってきた場所に向かう。



運んできたカメをどやしつけて、甲羅にまたがり、水面に上昇する。



海から出ると、自分の船があるのを見つけて、安心した。もしどこかに行ってしまっていれば、どうしようもなかった。

男は自分の軽率さを責めながら、カメから船へ飛び移った。


すぐに船の点検をしたが、どこにも異常は見られなかった。おとぎ話によれば、何年も時間が経過していたということだったが、さしてそのような感じはなかった。


男は振り返る。


あのまま、奴らの誘いに乗り、玉手箱を受け取っていれば俺は変われたのだろうか?


退屈な日々が終わっていたのだろうか。


少し残念なことをしたな、という気持ちをおさえながら仮面をはずし、海の中に投げ捨てた。

いや、自分が何か新しいことをはじめるなど、そもそも無理な話だったのだろう。思えば、居酒屋で飲んだ酒は少し強かった気がする。その時のアルコールがまだ抜けていなかったに違いない。長い夢でも見ていたのだ。


男は苦笑し、船にエンジンをかけ、紫色の海をぼんやりとながめながら、住み慣れた自分の家へと進路をとった。



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