僕と彼女の殺意
殺す。
よく聞く言葉だ。その発言の本意に程度の差は大小あれど、日常的にさまざまな場面で使われる言葉。
殺意をまったく抱いたことがない人間はきっといないだろう。怒りや悲しみはもちろん、喜びの感情からさえ殺意は生まれる。それらに突き動かされ衝動的に殺意を抱くということは誰にでもある。
そんなことを考えたことなんてない、と言う人はきっとただの嘘つき。もしくは自分の感情さえ把握できない愚鈍な人間だけだ。今の日本は自殺大国として有名だけど、それだって殺意の証明だ。自身に向けたものだとしても、立派な殺意なんだから。
だけど、それが実行にまで至るケースは限りなく少ない。
でもそれは良いことなんだろう。誰かが『殺す』という言葉を口にするたびに実行に移すような世界は、生きていくのに不都合が多すぎる。
ならば、とも思う。実行する気がないのであれば、口にしなければいいのに。言うまでもなく殺人は法にも倫理にも反している。人が安易に人を殺すことを容認するようなルールでは社会なんて形成できない。感情論で是非を考えても殺人は間違いなく否だ。自分が殺されるのは当然のこと、親しい家族や恋人、友人が殺されることを認められるはずもない。
だから大人たちは、社会は、『人を殺してはいけません』と子供たちを教育している。
だから僕は、ちゃんと熟考してから、じっくりと考察してから、殺すことを決めたんだ。
「僕は結衣を殺すことにしたよ」
「ホント!? やった!」
もう恒例になっている金曜日の放課後デート、いつもはファーストフード店だけど今日は少し奮発してファミレスに来てる。大人から見ればどっちも変わらない、幼稚なこだわりなんだろうけど、いつもとは違う場所、状況ってのが大事なんだと思う。いわば雰囲気作り。
そこで僕は、大切な恋人である結衣に己の決意を告げた。
それを聞いた結衣は想像通りのリアクション。心底嬉しいのが見てとれるほどの明るい笑顔。幼い子供が、ずっと欲しがっていたオモチャを買ってもらえたときのように喜んでた。
思わずこっちの頬まで緩んでくるのがわかる。
結衣と付き合うまでは、好きな相手を喜ばせる行為が、こんなに暖かい気持ちになれるものだなんて知らなかった。彼女は僕にそれを何度も教えてくれた。
そう、彼女はずっと望んでた。
僕の愛しい人である結衣は――殺されたがりだった。
結衣と付き合い始めたのは二年生になってからすぐのこと。
別のクラスだった彼女に、体育館の裏に呼び出されて唐突に告白された。
晴天の霹靂ってのは、まさにこういうときに使う言葉なんだと、場違いなことを考えてたのを覚えてる。そりゃ呼び出された時点で、ひょっとしたら、なんて期待してたけど、特に交流があったわけでもない女の子から告白されるなんて、現実にはあるわけないって僕自身の願望を否定してた。
でもその願望は叶ってしまう。
実は僕は以前から彼女を強く意識していた――なんてことは一切なかった。学年はタイの色から同学年だということはわかって、でもクラスメイトじゃない女の子――つまり別クラスの女の子、という程度の認識だった。
単純な僕は、彼女の告白を二つ返事で了承し、付き合い始めることになる。別段、好きな女の子なんていなかったし、彼女の外見も決して悪い方ではない。そんな条件の上で告白されれば、思春期の男なら誰だってとびつく展開だろう。と、思う。僕だって人並みに恋愛への憧れはあったし、性欲だってあるんだから。
それから結衣と付き合い始めて、もう七ヶ月になる。いや、ここは『まだ』と言うべきなのかな? 異性との交際経験が結衣としかない僕には判断しかねる。
この半年間はとても幸せなものだった。学生の身で人生を語るのは憚られるが、恋愛は人生にとてつもない影響を与えるものなんだと知った。結衣が教えてくれた。
付き合い始めてから結衣は、ひたすら僕に尽くしてくれた。
恋愛に関する知識が乏しい僕が、デートプランを立てられなかったときでも、一緒に考えてくれた。僕の選んだ映画の内容が散々だったときも、僕を責めることはせず『こういうのも楽しいよ』と笑ってくれた。映画に対しては遠慮なく酷評してたけど。
髪型や服さえも、僕の好みを聞いてその通りの格好をしてくれた。夏に市民プールに行くときの水着選びも、僕の好みに合わせるために一緒に選ばされた。さすがにこれは恥ずかしくて抵抗があったけど。
結衣は、僕の望むことならそれこそ何でもしてくれた。口に出すのをためらわれるようことだって。
さすがに不自然に思うことがなかったわけじゃない。僕を好きになった理由は、何度聞いても教えてくれなかったし、結衣のために何かをしたいと言っても『今は一緒にいれるだけでいいよ』と、何もさせてくれなかった。何より時々見せる影のある表情が気になっていた。
どうして、僕にここまでしてくるのかわからない。もしかしたら、騙されてるんじゃないかとも思ったこともある。
でも結衣は笑っていた。
僕と一緒に笑ってくれていた。
だから、結衣もきっと幸せなんだって、信じてた。
でも、それは対価だったんだ。
僕自身の望みを叶える代わりに、彼女自身の望みも叶えてもらうための――対価の前払い。
付き合ってから半年くらい経った頃。十一月の下旬、本格的に寒くなり始め、冬服の結衣もかわいいなんてのんきに感じていた頃に、初めて結衣の家に呼ばれた。その時点で結衣とは何度も肌を合わせていたけど、家に呼ばれるのは一度もなかった。だからそれなりの期待がなかったと言えば嘘になる。何とはあえて言わないけど、まあいろいろだ。
でも、そこで告げられたのは彼女の殺意。
いつにない真剣な表情で、時折見せてた陰りをより一層濃くした表情で、彼女は夢を語った。
――大好きな人に殺してもらうのが、ずっと前からの夢だった。
冗談だと思いたかった。でもその真偽は彼女の顔にはっきりと現われていて、そう言った彼女の言葉が嘘でも冗談もないことを雄弁に物語ってた。
どうして?――って聞いたと思う。実はあまり覚えていない。その後に知った彼女の事情が衝撃的すぎたから。
結衣はあと五年も生きていられない。
そして、それは先天的な身体の欠陥とかじゃなくて、後天的にできた身体的な欠陥。
更に、そうなったのは事故や病気のせいでもなく、僕の知らない誰かの悪意ある行為の結果。
ところどころを意図的にぼかしながらの結衣の告白。話してる間の結衣の表情はひどく苦しそうで、そのまま壊れてしまうんじゃないかと心配になるほどだった。
医学の知識のない僕には詳しくはわからなかったけど、内臓の機能が著しく低下してるらしい。愚かな僕はそこでようやく思い至る。彼女の身体は極端に痩せ細っていた。むしろ痩せ衰えていた。プールに行ったときも、尋常じゃなくバテるのが早かった。顔色が悪いことだって、しょっちゅうだったじゃないか。結衣は生理だって言ってたけど、あまりに頻度が高かったじゃないか。
断片的に与えられた情報はさまざまな推測を生んだ。はっきりとは言わなかったが、何度も口にしていた『あいつ』という単語。それは恐らく結衣の身体を壊した相手。
――虐待。という言葉が脳裏に浮かんだ。ならば『あいつ』とは両親のどちらか、もしくはその両方ということになるんだろうか。
そのことを聞くことは僕にはできなかった。
今時、虐待死なんてのは珍しくもないが、それでも自分の身近な人間が、よりによって恋人がそんな目にあっていたなんて思いたくなかった。そんなおぞましいことをしている人間が、今でも結衣の傍にいるなんて知りたくなかった。
十代の少女が、自身の殺害を望んでしまうほどの行為が、そこまで歪んでしまえるほどの行為が、どんなものなのかなんて、彼女の口から聞きたくなかった。
結衣は――もう子供も産めない身体らしいから。
思えばそれは、いつも僕に合わせるばかりだった結衣が、初めてあらわにした本音だった。自分のことをあまり語らなかった結衣が、初めて教えてくれた重すぎる過去だった。いや、結衣にとってはきっとそれは過去にはなっていない、変えようのないイマだ。
結衣の告白を聴いて絶句している僕をよそに、結衣は続ける。
「このまま死んじゃえば、私は『あいつ』に殺されたことになる」
「そんな人生はイヤ。『あいつ』に殺されるために生まれてきたなんて認めたくない」
「お医者さんにこのことを聞いてからずっと考えてた。自殺することも考えた」
「どうしたら、もうすぐ終わる私の人生に意味を持たせられるのか、ってずっと考えてた」
「だけど、もし……もし大好きな人に殺してもらえたら、大好きな人の手にかかって死ぬために生まれてきたんだ。って、そう考えたら、ちょっぴり救われる気になれた。……そう、思えた」
「無茶苦茶なことを言ってるのはわかってる。我侭なんてかわいいものじゃないこともわかってる。でも、これが私が心から望んでる未来」
「だから――だから私を殺して?」
その日の内に答えを出すことはできなかった。それでも結衣は僕を責めず、答えはいつでもいいと言った。
それから一週間、ずっと考えた。
結衣のこと。人を殺すということ。
これまでの結衣の人生。これからの僕の人生。
結衣の望みと、僕の望み。
一週間、どんなときもひたすら考え続けた。たぶん、一生のうちで一番頭を使った一週間だった。少し不思議だったのは、あんなとんでもない告白をされたあとでも、結衣を想う気持ちは全然変わらなかったってこと。結衣を知る前の僕に、この話をすれば『そんな女とは別れろ』とバッサリと切り捨てられていただろう。なのにそのときの僕ときたら、結衣と別れるなんて微塵も考えちゃいない。ただ、彼女のお願いをきくかどうかということだけを考えていた。……今になればわかるけど、こう考えている時点で、本当は答えは決まっていたんだろう。その答えを自分に納得させるように、必死で理由を構築するための一週間だったんだ。
そして結論を出す。
僕は結衣の望みを叶えると。
殺人。専門的な知識なんて一切ない幼子でもわかる禁忌。
だけど、法や倫理で禁じられていても――法や倫理で禁じられているからこそ、僕がやるべきだと考えた。だからこそ結衣への愛情の証明になると思えた。
……なんて、本当はお願いを断って結衣に嫌われるのが怖かっただけなのかもしれない。結衣が『あいつ』に壊されたように、僕は結衣に壊されていたのかもしれない。
「いつにする?」
「うーんとね、何日かは決められないんだけど、いつにするかは決まってるんだ」
「どういうこと?」
「雨の日が都合がいいんだ。だから次の雨に日にしよっか」
「……まあいいけど。でもだいじょうぶ? 今日は晴れてるけど、すぐに雨が降ったりしたら……その、準備とか」
「それはだいじょうぶ。準備は前からしてあるから、明日でも明後日でも平気だよ。なんだったら今日にだって」
僕の殺意を彼女に伝えたあと、僕らはそのままファミレスで打ち合わせをすることになった。
殺人計画の打ち合わせ。だけど言葉だけを周りの人が聞いたら、普通のカップルのデートの打ち合わせにしか思えないだろう。でも、それは間違ってはいない。これはデート。恋人同士が往々にして行う営みにすぎない。ただ少し、結末が違うだけ。
思いのほか早く雨は振り始めてしまった。
雨が降ったのは四日後の火曜日の夜。ファミレスでの打ち合わせのあとから、僕は毎晩、窓の外を眺めるのが習慣になっていた。そしてその日、朝から天気予報で伝えられていた通りに、九時を過ぎた頃からぽつりぽつりと雨が降り始め、もうすぐ曜日が変わるような時間になると、本格的な大降りになっていた。
握り締めていた携帯が震える。メールが、届いた。
予め決めていた決行のサイン。携帯を操作しメールを確認する。そこにあったのは結衣からのメール。内容はありきたりな別れの言葉だった。
『今までありがとう。さよなら』
事情を知っていれば遺書とも取れる文章。それを受けて僕はメールを返す。
『何かの冗談?』
『結衣。返事してよ』
『別れるってこと? なんで?』
それに対して、恋人同士の終わりを告げる破局メールだと思ったていで返信する。それに対する結衣からの返信はない。次は直接電話をかける。三コール目で切られる。もう一度電話、今度は通話不能のガイダンスが流れる。
ここまで全て予定通り。
「ちょっと出てくる」
「は? アンタ今何時だと思ってんの?」
母に外出を告げ、傘を片手に家を出る。後ろで母がなにか言っていたが全て無視した。
自転車もバイクも持っていないから、走って結衣の家に向かう。
「あの、夜分遅くにすみません。結衣……さん、いますか?」
「……えっと、あなた、だれ?」
結衣の家のチャイムを鳴らすと、年配の女性が出てきた。結衣の母親だろう。
その女性の顔をまともに見れない。推測とはいえ、彼女を虐待した張本人かもしれないから。ってのもあるけど――
「彼女の、恋人です」
「へ? ……ああ、そうなんだ。へぇ、あの子にそんな相手がいたなんてねえ」
「あの、それより、結衣さんは?」
「さっき出かけて行ったよ。このところ帰りが遅かったり、夜中に出て行くことが多いから、彼氏でもでき……ああ、あんたがそうだっけ」
「わかりました。ありがとうございます!」
慌てた演技をする予定だったが、そんな必要なかった。本心から焦りを感じ足早に母親の前から立ち去る。
一刻も早くこの場から離れたい。それだけが僕の頭の中を占めていた。
結局、最後まで母親の顔を見ることはできなかった。
それはそうだ。今から殺す相手の親の顔なんてまともに見れるわけがない。
結衣の家から歩いてすぐのとこにある山の登山口に到着する。
僕らが住む寂れた地方都市の唯一の観光スポット。名前は……なんだっけな。忘れた。
以前のデートの際、似たようなことを結衣に言ったときに、『地元愛が薄いなあ』とからかわれたことを思い出し、頬が緩む。
そんな地元の名所も、こんな時間では人っ子一人いない。それでも念のために周囲を見渡し、人がいないのを確認しながら登山ルートを登っていく。五分ほど進んだところで、結衣の姿を見つけた。
声をかけようとしたが、結衣の異様な格好に思わず息を呑んだ。
今は冬だ。しかも真夜中。更に雨が降っている。なのに結衣は薄手の白いワンピースだけを身につけていた。長い髪と相まって、まるでドレスを着たお嬢様みたいな格好だった。手には傘、こっちもまたお嬢様然とした上品な造りの水色だった。
だけど足に履いてるのは野暮ったいゴムの長靴。それのせいでお嬢様のような雰囲気は一掃され、身体の小さな結衣の姿は、雨の日にはしゃぐ子供のように見えた。
「行こうか」
「ええ!? スルー? ツッコミは?」
「……さむくないの? それ」
「さむいよ! 凍え死ぬかと思ってたよ!」
その言葉通り、結衣の唇はうっすら青くなって、むき出しの腕や足には鳥肌が立っている。ただでさえ身体の弱い結衣のことだから、凍え死ぬってのは決しておおげさなものではなかったと思う。
「オシャレするのはいいけど、せめて上に着くまではコートでも着てくればよかったのに」
「えー、せっかくの勝負服だから少しでも長く見てもらいたいじゃない?」
いや、僕は男だからその気持ちはわからないよ。でも、ほかの女の子も冬場でも気合で生足出してるし、そういうものなのかな。
「じゃあ行こうか」
「せっかちだなあ。早い男は嫌われるよ?」
「え? 僕って早いの?」
「下ネタはやめろ!」
「……そっちが先に言ったんじゃないか」
いつも以上にテンションの高い結衣に戸惑う。無理して明るく振舞ってる、という風にも見えない。
それもそうか。なんだって今日は、結衣がずっと待ち望んでいた日なんだから。
「はい。これ」
結衣からレインコートと長靴を手渡される。長靴は結衣が今履いてるのと同じもの。これも今日の犯行を偽装するためのアイテムのひとつだった。
長靴に履き替え、履いてきた靴と傘は草むらに隠しておく。
それからレインコートに袖を通し、
「あ、待って」
「ん?」
「おんぶー」
「はいはい。あ、でもじゃあこのレインコートはどうするの?」
「私をおぶってから着ればいいよ。二人羽織みたいにさ。えいっ」
言い終わるやいなや、いきなり結衣に飛びついてくる。
結衣の身体は驚くほど軽い。それこそ本当に子供のように。特に鍛えていない僕ですら、そんなことをされても少しよろめく程度で済むほどだ。
「じゃあ、いきますか。少年!」
「あいよー」
「れっつごー!」
「れっつごー」
結衣の立てたプランに沿って、僕が結衣をエスコートする。
僕らの最後のデートが始まった。
結衣を背中にしたまま、登山道を登っていく。観光客用に頂上まで階段が続いてるとはいえ、大雨の中、人ひとりを背負いながら進む僕の足取りは重い。ゆっくりと、予定の場所に向かいつつ、その間ずっと僕らは喋り続けていた。取るに足らない内容、学生同士が常日頃繰り返す生産性のない会話、だけどそれが楽しかった。結衣とならどんな下らない話題でも、僕は笑うことができた。
だけど、無軌道に広がる雑談の中にも、暗黙のルールがある。
それは、未来の話。
僕も、結衣も、お互い申し合わせたわけでもないのに、口に出すのは過去の話ばかり。
前回の古典のテストの難しさを嘆いても、次回のテストのことには絶対にふれなかった。
以前デートで行った場所の話題が出ても、次のデートの話題には決してふれなかった。
僕らは必死に未来から目を背けている。薄暗い登山道の中で、足元ばかりに目を向け、前を見ることを懸命に避けていた。
でもそんな時間もいつかは終わる。
元々そこまで高い山じゃない。地元の学生カップルが放課後デートに気軽に選べる程度の場所だ。僕がどれだけゆっくり進もうとも、そう時間はかからない。
ああ、そういえば、今更だけど、思い出した。僕と結衣の初めてのデートのときも、最後にここに来たんだった。そのときの、デートのプランを立てたのは――結衣だった。
とすると、目的の場所にも見当が着く。
頂上に差し掛かった辺りで、道から外れ林の中へ入っていく。
ここからは結衣のナビゲートに沿って進む。最初のデートのときもそうだった。
結衣が僕を運転して、結衣の終着駅にたどり着いた。
そこは木々に埋もれた林の中にポツンと開かれた空間だった。まるで樹木がわざとそこだけ避けたように、その空間は小さく円形に開かれていた。そこには、ひざの高さ程度の、低くて、だけどやけに面積の大きい岩が二つ並んでいた。それはまるで自然で作られた石の椅子。
結ばれない恋人たちのために、ここで深夜の逢瀬を行えという自然の粋なはからいなんだ。と初めてのデートでここに来たときに結衣が言っていたのを思い出した。
「とーちゃく。じゃあさっそくー」
「なんでその服着てきたの?」
背中から降りた結衣の言葉を遮り、質問をなげかけた。
「……この服きらい?」
「似合ってるよ、すごく。でもわざわざこの季節に選ぶような服じゃないかなって」
「この格好を見て何か思わない?」
「雨にぬれて透けててえろい」
「せくはら!」
そう言われても、それ以外にはさっき言ったように、寒そうだってくらいしか思いつかない。
「……わ、笑わない?」
いつでも率直な物言いをする結衣にしては珍しい反応。うつむき頬を染め、もじもじしている。
「内容に寄るかな」
「じゃあ教えません」
「じゃあ笑わない」
「嘘くさいなあ」
「本当だって。約束するから」
つまらないやり取りでも結衣となら楽しい。でも同時に悲しくもある。もう結衣とこんな話はできなくなるんだから。
「……う」
「う?」
「……ウェディングドレス……の、つもり」
「ぷっ」
思わずふきだしてしまった。結衣の初々しい少女らしさがかわいかった。
「あ! わ、わ笑わないって言ったのに! 嘘つき!」
「笑ってないよ。ふきだしただけだからノーカンだよ」
「へりくつだー」
ダメだ。
マズイ。
結衣と話せば話すほど、結衣と一緒にいればいるほど、僕の殺意が揺らいでいく。
僕の願望が、結衣の願いを殺してしまう。
結衣の最初で最後の僕への我侭を叶えたい。僕の我侭はもう何度も叶えてもらった。だから次は僕の番。
僕の中の殺意を膨らませる。
結衣の苦痛をここで終わらせるために。
結衣の命をここで終わらせるために。
「……結衣。そろそろ始めようか」
だから僕は彼女を殺します。
「本物のウェディングドレスは着れないから、せめて気分だけでもね」
やや切なげな笑顔で結衣が言いながら携帯を操作する。すぐさま僕の携帯にメールが届く。僕の罪を発覚させないための最後の偽装工作。
『生きるのに疲れたから死にます』
そのメールにいくつかの返信を返して、メールでの偽装は完了する。
最初は交際の終わりを告げるように見えるメールで、僕が夜中に家を理由を作る。結衣の家を訪ね、不在を確認し、その後遺書めいたメールが届き、そのまま引き続き結衣を探しまわっていたというあらすじ。これから使うナイフと結衣の履いてる長靴は、結衣自身がホームセンターで購入し、レシートも部屋に残してある。今、僕が履いてる結衣のと同じ型の長靴は別の場所で購入したそうだ。これで現場には、結衣の長靴の足跡しか残らないことになる。レインコートは結衣が前から持っていたもので、実際に僕も貸してもらったことがあるから、僕の体毛や指紋が残っていても問題はない。結衣の部屋には、結衣の直筆の遺書を残している。念のために携帯のほうにも書いてあるらしい。殺害方法は結衣が両手でナイフを握り自分の喉に突きつける。それを僕が手袋をはめた手で柄を押し、ナイフを喉に突き立ててそれでおしまい。
あとは目撃情報さえ出なければ、警察は自殺と判断する公算が高いと結衣は踏んだ。雨の日を選んだのは、万が一不都合な証拠が残っても洗い流してくれると期待する面もあるが、何より目撃者になりえる人間の母数を減らすという目的があった。確かに、このさむい季節に、この雨の中、こんな山まで来る人間は限りなく少ないだろう。
これが結衣が立てた今回の殺人計画。
実際にこの計画で、警察が結衣の死を自殺だと断定してくれるかは、正直わからない。確かに聞いた感じでは、ネックの目撃情報さえ出なければ自殺にしか見えないようにも思えるけど、実際の警察の捜査力は一介の学生風情の身で計り知るのは不可能だろう。まだ表に出ていないような捜査方法だって存在しているのかもしれないんだから。
でも、そんなことは関係なかった。
そもそも僕は結衣を殺害したあとのことはどうなってもいいと思ってる。結衣にもそれを告げたが、少しでも僕にかける迷惑を減らしたいと言って譲らなかった。何よりこのプランを楽しそうに語る結衣の笑顔は今まで見てきた中で、一番まぶしかったから。そんな結衣に水を差すことはできなかった。
電源を切られた結衣の携帯に最後のメールを送信して準備が整う。
顔をあげると、結衣は既にナイフを取り出し、その手に握っていた。結衣はナイフと言っていたが、手の中のそれは、むしろ包丁と呼んだほうがしっくりくるような大きさだ。サバイバルナイフの類なのかもしれない。
「女の子にとって結婚って、ひとつの区切りで、ひとつの新しい門出だよね。だから私にとっては、これからすることも結婚式くらいに大事なことなんだ。私は人生に区切りをつける。天国は信じてないから門出にはならないけどね。でもあったらいいなって思うよ」
「……きっとあるよ」
「いけるかな」
「だいじょうぶ。絶対にいけるよ。僕が、連れていく」
「……ちょっとびっくり。そんな気の利いたこと言えるんだね。ドラマみたいに気取った台詞は、言えないタイプの人だと思ってた。最後の最後に恋人の新しい側面を見れたのはラッキーだったな」
ずぶ濡れの結衣が岩を背にして、地べたに座りこむ。真っ白だったワンピースが泥にまみれ茶色く汚れていく。それを気にする様子もなく、結衣は赤ん坊を抱くようにを両手でナイフを優しく包み、喉元に突きつけた。僕はその結衣の前に屈み、ひざ立ちのまま、ナイフの柄に手を当てた。このまま、たった数センチ、腕を前に出すだけで結衣は死ぬ。結衣は終わる。
「ふつつかものですが、よろしくお願いします。――私を幸せにしてください」
結衣は笑った。
死を目の前にして、最後に笑顔を見せた。一点の曇りのない、この大雨さえ吹き飛ばせそうな、晴れ渡った最高の笑顔だった。
僕は無言で頷き、腕にありったけの力をこめる。
僕の中の殺意を原動力にして。
中途半端に傷つけて、結衣を苦しませないために、目をつぶり一気に腕を突き出した。
突き出した、つもりだった。でも現実には僕の腕は一ミリも動いてなくて、結衣はまだ僕に殺されていない。
「あ、あれ? なんで……」
ナイフを握った結衣が抵抗してるわけじゃない。そもそも僕の腕自体に力が入っていないんだ。
どれだけ意識しても腕が、右腕だけが動かない。左手を添えて両手でやってみても結果は同じ。僕の意思に反して、柄にそえた腕だけが、宙に縫い止められているように、微動だにしない。
腕を前に出すだけ。たったそれだけでいいのに、それができない。
何度も挑戦する。
何度も何度も挑戦する。
その全てが僕の思惑を裏切った。
「ゆっくりでいいよ。ためらい傷なんていくつ作ってもいい。痛いのにも、苦しいのにも慣れてるから」
結衣はそう言ってくれるが、焦りだけが僕の中に積もっていく。見えない何かに笑われているような屈辱を感じる。僕の殺意は、結衣への想いは、そんなものはニセモノだと、誰かに笑われてる幻想を抱く。
そんなはずがない。
結衣への想いがニセモノなわけがない。
だから僕は結衣を殺す。結衣への想いを証明するために、結衣の願いを叶える。
たとえそれが法で禁じられていても、倫理に反していても、常識から外れていたとしても。
僕の殺意で彼女を殺――
「あ」
ひざ立ちの体勢のバランスの悪さと、ぬかるんだ地面のコンディションが災いして、足が滑りよろめく。そのせいでナイフの柄に、わずかに体重がかかり、ナイフの先端が結衣の喉に吸い込まれるよう浅く刺さり皮膚を裂いてしまう。
――災い? 何を言ってるんだ。幸い、だろ。これでいい。腕を動かす必要なんてない。このまま身をまかせてしまえば、結衣を殺せる。
それだというのに、僕の腕は今までの頑なな態度を翻し、驚くほど素早く動き、ナイフの柄から逃げ出してしまう。その腕の動きに身体を引かれ、泥の中に倒れこむ。
慌てて身を起こそうとしたが、今度は全身が金縛りにあったように止まり動けなくなってしまった。
僕の視線は結衣の身体の一点に縫いとめられていた。
薄く裂かれた喉から流れる一筋の赤い河。人間を作る大切なもののひとつ。
結衣の命が、傷口から流れ出ていた。それは致命傷には程遠い、微々たる量。
でも、そんなわずかな量の液体が、僕のダムを決壊させる。僕の決意をあっけなく壊してしまった。
「う、ぐ……!」
景色が歪む。地面が揺れる。
実際に歪んでいるのは、景色なのか僕の視界なのかわからない。
実際に揺れているのは、地面なのか僕の身体なのかわからない。
あまりの気持ち悪さに、僕は嘔吐した。結衣から顔を背け、僕が奪った結衣の命の一部から目をそらし、胃の中が空っぽになるまで吐き続ける。恋人への見栄もなく、みっともない醜態を晒し続けた。
「だいじょうぶ? ……これじゃ証拠が残っちゃうから今日は無理だね。かえろっか」
「ま、まって」
僕が吐いている間、結衣は背中をさすってくれていた。僕が落ち着いたのを確認して、立ち上がろうとした彼女の手首を取り引き止める。
「まだ、やれるから」
「ダメだよ。このまま殺しちゃうと捕まっちゃうよ? それにもう――」
「関係ないよ! ちゃんと殺すから!」
今日を逃せば次はないのがわかってしまった。僕が結衣を殺すチャンスは今しかない。
……僕が、僕の本心に気づいてしまう前に。
結衣が手放したナイフを拾いあげ、彼女の首に突きつける。でも結衣の目に浮かんでいたのは落胆の色だった。
「……ほら、やっぱり無理だよ。本当に殺せるならそのまま突き刺せばよかったのに」
だけど僕の虚勢はあっけなく結衣に見抜かれる。僕自身より早く、結衣は僕の本心を理解してしまっていた。
僕はただの嘘つきなんだってことに。
僕は自分の感情さえ把握できない愚鈍な人間なんだってことに。
本当は、最初から僕の中に、殺意なんてなかったことに。
もう虚勢を張ることすらできなくなった僕はナイフを下ろす。
「……ひとつだけ聞いていい?」
「なに?」
結衣の口から出た声は、驚くほど冷たい声色だった。たぶん、僕はもう、結衣に見限られた。
だからこそ尋ねられる。どんな答えが返ってくるか怖くて聴けなかったひとつの疑問。
「僕を好きだって言ったのは嘘? 僕を利用するためにそう言ってただけ?」
「……そんなことないよ。私にだって好みはあるし、そもそも好きじゃない相手に殺されるんだったら、このまま死ぬのと一緒だよ。ちゃんと告白したときから好きだった。……でも、私たちもうダメだね」
「……フラれたってことかな」
「……ごめん。私は、私を殺してくれそうにない男の子とは付き合えない」
「そっか」
「で、でもだいじょうぶだよ。きっとすぐいい子が見つかるよ。私みたいなのじゃなくて、ちゃんとした普通の彼女がすぐみつかる」
たぶん落胆が顔に出てたんだろう。結衣が慌ててフォローしてくれる。
結局、最後まで気を使わせてしまった自分が情けなくなる。結衣の好意に、今まで散々甘えておいて、彼女のたったひとつの望みにすら応えられない。
でも、気づいてしまったんだ。自分の本心に、ようやくだけど、ギリギリで気づけた。結衣の願いをないがしろにしてでも、結衣に生きていてほしいと、そう願ってしまっていることに。
彼女の生存を願う男が、殺されたがりの彼女と一緒にいられるわけがない。
僕らの最後のデートが大失敗に終わり、山のふもとまで戻ってきたとき、別れの間際に彼女は告げた。数時間前に目にした言葉に、ひとつ言葉を足して、僕たちの終わりを口にする。
「今までありがとう。さよなら。……大好きだったよ」
なんてことはない。こんなのは結局、ただの失恋話だ。
恋人のお願いを聴けないような甲斐性のない男が、フラられるべくしてフラれた。それだけの話。
あの雨の日から二週間。結衣はまだ生きてる。きっと彼女は今も新しい恋人を探し続けているんだろう。
――いつか殺してもらうために。
でも僕はそんな相手は現れなければいいと思ってる。
彼女は殺されることを『幸せ』と称したけど、それならば彼女は不幸のままでいてほしいと切に願う。
はは。自分をフった相手の不幸を願うなんて、我ながら女々しいにもほどがある。
それでも、願わずにはいられない。
いつか結衣の前に、結衣の言う『幸せ』を否定した上で、まったく違う幸せを示すことができる相手が現れてほしい。
その彼が――まあ彼女でもいいけど、人生の意味は終わり方だけにあるんじゃなくて、どう生きたのかにも意味があるんだって、それを結衣に教えられる相手だったら最高だ。
――どうか叶うなら、そんな『誰か』に結衣が出会えますように。
しかし遅いな。
これはすっぽかされたか?
放課後、最後の授業が終わってからすぐにここにきたから、もうちょっとで一時間半はここにいることになる。
結衣はたくさんのことを僕に教えてくれた。
恋人が喜んでると、こっちまで嬉しくなるってこと。
恋人が悲しんでると、こっちまで辛くなってしまうってこと。
それと、ひとりでいるのはこんなにも寂しいんだってこと。
結衣と付き合う前は、恋愛への憧れはあっても、ひとりなのが普通だった。でも結衣と付き合って恋愛の楽しさを知ってしまってからは、ひとりでいるのが無性に寂しくなってしまっていた。だから僕は、次の恋の相手を見つけて、体育館裏に呼び出し、告白するつもりで意中の相手にメールを送っていた。
その相手をずっとここで待っていた。
今日は諦めてもう帰ろうとしたときに、ようやく彼女――結衣はやってきた。
「よかった。やっときてくれたんだ」
「……何の用?」
目を細め、にらみつけるように僕を見る。いや、実際ににらまれてるんだろうな。
「わからない?」
「……そういう駆け引きはキライ。言いたいことがあるなら、はっきり言って」
「ずっと前から好きでした。僕と付き合ってください」
以前、結衣に告白された場所で、今度は僕からの告白。このために、数日前から毎日のように、結衣に呼び出しメールを送っていた。返信は一回もなかったけど、それでも未だに着信拒否されることもなく、とうとう結衣は僕の呼び出しに応じ、この場所にやってきてくれた。
まだ少しは脈が残ってると思うのは、僕の希望的な観測かな?
「……信じられない。私みたいなのは放っておいて、次の相手を探せばいいのに」
「探したよ。でも結局みつかったのは、たまたま前と同じ相手だったってだけ」
「言うようになったね。……でも最後に言ったけど、私を殺せるの? 私が付き合うのは――」
「殺すよ。でも、時期は僕が決めさせてもらう」
「それっていつ?」
「結衣が死ぬ直前。結衣が死にそうになったら、僕がちゃんとトドメをさす。そしたら、僕に殺されたってことになるだろ?」
「……私も大概だけど、あなたも大概滅茶苦茶なこと言ってるよね」
自分でもそう思うよ。でも、もう決めたんだ。結衣を振り向かせるためなら、どんな無理のある屁理屈だって吐いてみせる。
僕の想いを、虚言で飾りつけることも躊躇しない。
でも、これは言葉にはしないけど、それは結衣をいつか殺すためじゃない――結衣と一緒に生きていきたいから。
結衣の望みは、徹頭徹尾、最後まで無視するつもりなんだ。
「でも、いつ死ぬかわかんないよ?」
「いつでも殺せるように、ずっと傍にいるよ」
「もし、別の場所にいるときに、私が死にそうになったら?」
「駆けつけて殺す」
「それがすっごく遠い場所だったら?」
「急いで駆けつけて殺す」
「……話になんない」
やっぱりダメかな。無理があるかな。
僕の殺意は、もう結衣に見抜かれてる。上辺だけ取り繕っても――
「いいよ。付き合ってあげる」
「え!? 本当に?」
「……そもそもね。あなたのせいで、私の予定は計画倒れになってたんだ」
「……前回殺せなかったから?」
「それだけじゃない。あなたのせいで、私の求める条件を満たせる相手を見つけることができなくなったってこと」
「……どういうこと?」
薄々はわかる。そうであればいいって、どこかで考えていたから。でも、自分の口で言うのは恥ずかしい。もし間違ってたら目も当てられないから。
だから、彼女に恥ずかしい思いをしてもらうことにした。
「だ、だから、まだ好きってこと! そのせいで、ほかの子がどんなにかっこよくても、背が高くても、全然意識できなくなっちゃったの! こんなこと言わせんな、バカ!」
結衣が顔を真っ赤にしながら、目を吊り上げてる。怒ってるとこ初めて見たかも。レア表情ゲットだ。結衣は怒っててもかわいいなあ。
「そ、そっか」
「なにニヤけてるのよ! バカ! ほんとバカ!」
更に顔を赤くして、ぷりぷり怒る。もう目すら合わせてくれない。
「ごめんごめん。でもよかった。また結衣と一緒にいられるんだ」
「……一緒にいるのはいいけど、ちゃんといつか殺してよ?」
「うん。でも悪いけど、それはあくまで保険で、本当は結衣にさせたいことがあるんだ」
「え? あ、私マニアックすぎるプレイはちょっと……」
「下ネタはやめたまえよ」
「違うの? あなたのことだから、私てっきりそっち方面だと」
今まで僕は結衣にどんな目で見られていたんだろう……
そりゃ多少過激な要求をしたような気もするけど、普通の範囲だったはず。たぶん、おそらく、きっと。
「僕がやりたいことってのは――」
「結衣に命乞いさせたい」
「……はい?」
「結衣を一生飼い殺して、めいっぱい幸せにして、死にたいって気持ちだって捨てさせて、いつか『お願いだから、殺さないでください』って言わせたい」
「……告白の答えを聞いてからそういうこと言うのズルくない?」
「結衣と一緒にいられるなら、どんなズルだってするよ」
「…………」
結衣が押し黙る。
たぶん余計なことを言ってしまったんだろう。端的に言えば、結局殺すつもりはないって言ったようなものなんだから。
やっぱり付き合えない。と言われるかもしれない。
でもこれは、これだけは、秘密にすることも、嘘で飾ることもできない、伝えておかなくちゃいけない僕の想いだから。
「……わかった。じゃあ私は逆」
「逆?」
「私はいつか絶対に、あなたに私を殺させる。今よりもっともっと私を好きにさせて、骨抜きにして、私の言うことならなんでも聞くようにしてみせる。私の命令なら、死ぬ直前なんて悠長な言わせずに、すぐにその場で私を殺せるくらいにベッタベタに惚れさせるから」
「……楽しみにしてるよ」
僕は笑った。
結衣も笑った。
僕らはきっと歪んでる。でもそんなことはどうでもよかった。
ふたりの世界が幸福に満ちているなら、異常と言われてもいい。
結衣と一緒にいられることが、僕のすべて。たとえそれが、すぐにでも終わってしまうようなものでも。
ふたりの終わり方より、ふたりが終わるまで、どう生きたかの方が大切だと思えるから。
僕の殺意は、結衣と生きるためにある。
「絶対にいつか、私を殺させてみせるから」
「絶対にいつか、結衣に命乞いをさせてあげるよ」
――どうか叶うなら、そんな『誰か』に僕がなれますように。