◇第二話◇「不思議の国」
意識が戻った時には、既に穴の底にいた。
薄暗い空間にただ一人。
上を見上げると、俺が落ちてきたらしい筒状の空間が見える。だが、空は見えなかった。
かなり深いらしい。
どうやら尻に敷いていたこの草が、俺の事を助けてくれたらしく尻に痛みはない。
確か俺は昼寝をしてしまって…ぼーっとしていたら兎が走ってきて…追っかけて…穴に落ちた。
ん…?
これって…!俺が憧れたあの話と同じ境遇じゃないか!
だとしたらここは…
「不思議の国」?
不思議と、不安と、恐怖とワクワクとした気持ちが入り混じる。
ずっと憧れた続けた不思議の国。そこに今、俺は居る。
本来なら、暗い穴の中に落ちている間に意識があるはずだったが、俺は気を失っていたようだ。
目の前を兎が走って行くのが見えた。
ここまで来たならと思い、兎を再び追いかけた。
しかし、またしても兎を見失ってしまった。ここは薄暗い。見失って当然だ。
仕方なく周りを見回した俺は、三本足の机を発見した。
硝子製らしく、透明である。
その机の上には鍵が乗っていた。
鍵を見た後にもう一度周りを見渡すと、確かに扉が幾つかある。あの鍵でここにある扉のどれかが開くのだろう。
いや待てよ…?
確かアリスは色んな扉を試した後小さな扉を発見したんだったな。
その時に鍵を机の上に起きっぱなしにして…
確かこの辺に…あった!
赤いカーテンで隠れていたが、ちゃんとした扉だ。
このままでは扉が小さくて入れないが。
ドアノブを回してみると確かに鍵が掛かっているらしい。
おそらくあの鍵で開くだろう。
?「貴方はそこで何を?」
誰も居ないと思っていたこの空間で話かけられ、俺はかなり驚いた。
だが、こんな所に居るのだからここに詳しい人なんじゃないかと思い、疑問をぶつけてみる事にした。
これで疑問が解ければ、儲けだ。
俺「ここは不思議の国ですか?」
俺はその時、かなりストレートな質問をしたと思う。
だが相手はそれが当たり前のように
?「そうですよ。」
と答えた。
毎回この質問をされているのだろうか。この状況に慣れているだけだろうか?
…でもこれで確信が持てた。
ここは不思議の国だということ、俺は「アリス」ではない初の人物と言うことだ。
だが、その考えはすぐに打ち消された。
?「アリス自身がこの場所を知っているというケースは初めてですな。」
俺「え…」
俺も、アリスなのか?
俺の名前は「ティノ=フェルテナ」であって、アリスではない。
っていうか、一文字も合ってない。アリスのアの字も無ければ、リもスも名前に入っていない。
それなのに何故アリスと呼ばれるのだろうか。
?は取り乱す俺を見てある程度察したらしく、
「貴方も、貴方の世界ではアリスではないのですな?それで困っていると。ですが、私達からすれば貴方達は皆アリスなのですよ。」と言った。
地球から来た人は全員アリス?そういう事なのだろうか。
?「男のアリスは初めてですな。」
俺が初めての男のアリスなのか。今まで来たアリスは皆女だったという事だな。
?「して…この国にどうやって来たのですか?」
ティノ「兎を追って穴に落ち、ここに来ました。」
?「やはりそうなのですか…」
ティノ「え?」
?「アリスは皆、そのような手段で来ているようなのです。」
ティノ「……。」
成程…、さてどうしようか。
本来ならあそこにあるケーキを食べ、縮小化するのだが…
…そういえば、質問に答えてくれた人の名前を聞いて居なかったな。
ティノ「あの…貴方の名前は…?」
ジャム「ジャム。ジャムと軽く呼んで頂いて構いません。」
さて、名前も聞いた所で…どうしようか。
巨大化、縮小化は出来るとして…後物語の進行に必要なのは「水」だな。
どこから調達すればいいものか…
そんな事を考えてる時だった。上から何かが落下してきたのだ。
俺は思わずそれを受け止めていた。
ティノ「なんだ急に…?」
?「…ッ」
落ちて来たのは、どうやら女の子のようだ。
この状況からか、顔が赤い。
?「…下ろしてっ…!」
!!
俺がこの女の子を受け止めた際、反射的にお姫様抱っこをしていたらしい。
俺はすぐに女の子を下ろした。
ティノ「ごめん。」
?「…別に…、むしろ助けてもらったのにすみません。」
もしかしてこの女の子も俺と同じなのか?
ティノ「俺の名前はティノ。君は?」
女の子は少し躊躇ってから自分の名前を口にした。
ナギ「ナギ。」
ジャム「おやおや、今日はアリスがお二人も。」
ジャムが不思議そうに言う。どうやら1日に二人以上ここにアリスが来るのは珍しいらしい。
ナギ「アリス?」
不思議そうに首を傾げるナギに俺は今までに得た情報を話した。
俺がここに来るまでの経緯、この世界について…
ナギは不思議そうに聞いていたが、やがて状況を理解したようだった。
ナギ「帰る方法ってあるの?」
ティノ「さぁ、分からない。でもアリスもこの世界から戻ってるし、多分平気。」
ナギ「なら、そこまで話を進めないと。」
ジャム「アリスが二人居る時点で話は筋書き通り進みませんよ。」
ジャムに言われて気づく。
俺が居る時点で本来のアリスの話にはならないという事を。
ナギ「…ッ…」
エプロンドレスを着たナギは、失望の眼差しをしていた。
何をそんなに思い詰める必要があるのだろうか。
ここは不思議の国。何があってもおかしくない。ひょんな事で帰れるかもしれないというのに。
ティノ「とりあえず、ここから移動したいね。」
流石に薄暗い部屋にずっといては気が滅入る。
ナギもその意見には同意のようだ。
話題が続かず、黙る三人。
最初に沈黙を破ったのは、
「きゅるぅ…」
という謎の音だった。
しかし俺はこの音が何だかすぐに見当がついた。
既にこの世界に来てから、かなりの時間が経っているようだし、音を出した張本人の顔が赤くなっているのが分かる。
ナギ「…ッ…」
ナギのお腹が鳴っているのだ。
そして俺は、机の上にケーキがあったのを思い出した。
あれなら空腹を満たす事が出来るだろう。
ティノ「あの机の上にあるケーキ、食べる?」
ナギ「うん。」
彼女があっさり首を縦に振った事に驚く。ナギなら警戒するかと思ったのだが。
…それほどお腹が空いていたのだろう。
とりあえず二人はケーキを食べる事にした。
ケーキの横には丁寧にフォークや皿まである。
しかも一つではなくて、幾つも。いつアリスが来ても良いようにだろうか?
俺達はそのフォークを一本ずつとり、皿に一切れずつケーキを乗っけてケーキを食べ始めた。
一口頬張った途端に口の中に広がる甘味は、今までの疲れを一瞬で忘れさせてくれた。
ティノ「このケーキ美味しいね。」
ナギ「美味しい。」
あまりの美味しさに、体が徐々に縮んでいる事にも気付かないまま、ケーキを食べ続ける。
だが、流石に全部食べる訳にもいかないし、味に飽きてしまい一切れで食べるのを止めた。
さっきまで同じ大きさだったはずのジャムが巨人に見える。
ケーキ自体もかなり大きく見える。
ナギ「ケーキを食べたら喉が渇いちゃった…」
ティノ「でも飲み物なんて持ってないよ?」
ナギ「………それなら。」
ナギは一言そういい放った後、呪文のようにウォーターと呟いた。
ナギがウォーターと呟いた途端、ナギの指先から水が出た。
いや、正確には「水で出来た玉」が出てきた。
よく宇宙で宇宙飛行士が水を出した時のような、重力が掛かっていない水。
シャボン玉のようにふわふわ浮いているが、一向に上がっていく気配はない。
ティノ「これは…!」
ナギ「何でか分からないけど水が出た…?呪文が頭にふと浮かんで来たの。貴方も何か閃くんじゃない?」
ティノ「………。」
神経を集中してみるが、何も浮かんでこない。
ジャム「いきなりは出来ませんよ。彼女は前世もここに来て覚醒しているようですな。」
ナギ「それで勝手に…」
ティノ「じゃあ俺は…」
魔法のようなものが使えるなるまで時間が掛かるのか。
まぁ、しょうがないな。
ナギ「ジャムさん、あの扉の先には何が?」
ジャム「不思議の国の続きがあります。」
不思議の続き…そこで俺は気が付いた。
小さくなる前に机の上に置いてあった鍵を持ってくるのを忘れた。あれがないとこの扉は開かないー……。
ナギ「ふぅん、もしかして…この鍵で開いたり…しない?」
ジャム「…開きますね。」
俺が持ってき忘れた鍵じゃないか!いつの間にー…
この鍵がこの扉をあける鍵だと知ると、ナギは鍵穴に鍵を差し込み、鍵を回した。
するとカチャン、と錠の外れる音が鳴った。
ナギは恐る恐るドアノブを回す。
ジャム「…お気をつけて。」
ジャムがそう呟いたのが分かった。しかし、ジャムが言い終わるのと同時に俺とナギはドアの中に吸い込まれ、気を失ってしまった。