Case001: Jhovan・Admmirys&Gayell・Vonce
「……………。」
ジョヴァンは険しい表情で通路の真ん中に立っていた。
時計を確認する。
……PM.5:37。
ここに踏み込んでからすでに8時間以上が経過していた。
電波も入らない、どことなく息苦しい研究所だ。
彼の右手には機関銃が握られている。
顔はガスマスクで覆われ、鋭く光る目だけが覗いている。
「班長」
後ろから若い男が扉を開けて入ってくる。
ジョヴァンはガスマスクを外しながら、ゆっくりと振り返った。
立っていたのは、20代前半の男。
髪はプラチナ・ブロンドで、ゆるくカールしている。
頬に絆創膏を貼っているところを見ると、どことなく幼い。
「ガイエルか。連絡は?」
「いえ、今のところは何もありません」
「そうか。しかしまいったな」
ぽりぽりと頭をかくジョヴァン。
ガイエルと呼ばれた若い男はわずかに肩を落とした。
「無理もありません……電波の入るところなんて、ほとんどないんです」
「ふむ、そのようだな」
ジョヴァンは壁を軽く叩いてみる。
重々しい、金属を打つ音が響く。
ジョヴァンたちが立っている通路は、やたらと長く、一本道だ。
薄暗い照明……一応生きてはいるようだが、暗くてほとんど何も見えない。
それに、先程ガイエルが言ったこと………『電波の入るところなんて、ほとんどない』ことも、彼らにとってとても不安なことであった。
「早く出口を見つけなくては…………」
ジョヴァンと並んで歩きながらガイエルはつぶやく。
「まあ、そう焦るな。確かにこう…気分のいい場所ではないが、焦るとかえって迷子になるぞ」
「………はい」
「よし」
口元を緩め、よしよしという風にガイエルの頭を撫でるジョヴァン。
無理もない、ガイエルにとって今回の任務が初陣なのだ。
初陣で仲間が殺されるのを目撃し、時には見捨てて先を急ぐ。
ガイエルにとってとても耐え難い経験だった。
まだ若いガイエルとは打って変わって、班長のジョヴァンはかなり慣れていた。
やっと20代後半である。
そんなジョヴァンに惚れて、ガイエルはP部隊の3班に入隊することを決意したのである。
「ここは少し寒いですね……」
「そのようだが………ん、ガイエル」
「えっ」
突然ジョヴァンは立ち止まった。
何事かと、ガイエルが後ろから顔を出す。
薄っすらと裸電球で照らされた、霜のついた扉が佇んでいる。
「ここは…?」
「冷凍室のようだが…………」
ジョヴァンが扉をスライドさせると、大きな音を立てて扉が動いた。
途端に冷気が噴き出してくる。
「うわっ!」
「これは………」
肌を刺すような冷気。
扉の向こうには、一面銀世界が広がっていた。
…………というロマンティックなものではない。
「さ、寒いですね」
「……大分デカいな」
ジョヴァンはブルッと身震いしてから、中に踏み込んだ。
その後ろをガイエルがおどおどとついてくる。
―――中には、大きな筒状の機械がズラリと並んでいる。
中に入っているのは人間………いや、『人間のようなモノ』だ。
タグのようなものがケース表面に貼り付けてある。
右から順に、『Iris』、『Rider』、『Lilly』、『Tifa』と書かれている。
「…『アイリス』『リデル』『リリィ』そして『ティファ』か……………」
ジョヴァンがタグを読み上げる。
ガイエルはケースの表面についた霜を、手袋をした手でこすった。
「ぎゃっ!!!」
途端、口をついて出る悲鳴。
ジョヴァンがケースの表のほうへ回りこむ。
先程ガイエルが霜を削った部分に、丁度口のようなものが見える。
うすく唇を開き、左右に2本ずつキバが生えている。
唇は赤黒く、血管が浮き出ているようだ。
ジョヴァンがさらに霜を落とすと、女の顔が見えてきた。
「こ、これって」
「人間……のようだが、違うのか…?」
女は、白目を剥いたような顔で冷凍されている。
バサバサの髪は血で変色し、首にも血管が浮き出ている。
「うぇ……」
顔を青くして、ガイエルが目を背ける。
ジョヴァンはカメラを取り出すと、写真を一枚撮った。
「おい、出るぞ。寒くてかなわない」
「う…は、はい」
ジョヴァンはあたりを見回す―――この冷凍室には、2つの扉があるようだ。
さっき通ってきた扉と、もうひとつ。
『DEFROST ROOM』と書かれた扉がある。
ジョヴァンはたちは先に進むことにした。
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「ああ、寒かった」
冷凍室から出たガイエルの最初の一言がこれである。
ジョヴァンもほっとしたような表情をしたが、またすぐに険しい顔つきに戻った。
常に危険に晒されているのだから、常に警戒していなければならない。
さて、とジョヴァンは室内を見回す。
扉には『解凍室』と張り紙があったが、中はほとんど何もない。
その代わり、壁に無数の噴出孔がある。
恐らくここから熱風か何かを噴射し、解凍するのだろう。
「あっ、班長。何か落ちてます」
ガイエルが床にしゃがんで、何かを拾った。
カードのようだが、半分に割れている。
「研究員の身分証だな。一応預かっておこう」
半分に割れたカードを胸ポケットにしまうと、ジョヴァンは解凍室を出て行く。
その後を追って、ガイエルも扉を開けた。
「しかし、あんなモノがウジャウジャいるんですかね?」
「さあな。………それにしても、いい加減ウンザリするな」
「そうですね。ずっと窓もない部屋ばっかりで……」
―――――――――――――――――シュウゥゥゥ……
「ん?」
ガイエルは足を止める。
何か聞こえた…ような。
気のせいだろうか?
気になって、ガイエルは後ろを振り向く。
何も無…………うん?
「は、班長………………………」
「どうした?」
「う、上………………」
「?」
ジョヴァンはガイエルの指差す方を見る…。
まず目に入ったのは、無機質な灰色の天井。
そして、皮を剥がれた人間…………いや、あれは……………。
「ガイエル!撃て!!!」
ジョヴァンが叫ぶのと、ほとんど同時だった。
ガイエルが機関銃を構えるよりも早く、相手は身を屈めて跳ね上がり、そのままガイエルに向かってくる。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
絶叫とともにガイエルが仰向けに倒される。
ジョヴァンは咄嗟に機関銃を構え、今まさに襲われているガイエルのほうへ銃口を向ける。
「この野郎!!!」
ジョヴァンの機関銃が唸り、火を噴いた。
凄まじい射撃音とともに、銃弾が『バケモノ』目がけて殺到する。
ガイエルまでをも巻き添えにして、撃ち殺してもおかしくない距離。
だが、ジョヴァンはしっかりと見切っていた。
イギャア………………ッ!!
獣じみた悲鳴を上げて、『バケモノ』が床に倒れ、痛みに悶える。
毒々しい色の血が溢れ、あたりを染め上げていた。
「ガイエル!!!」
「は、はは班長…………」
ガイエルはガタガタと震えながら何とかのた打ち回る『バケモノ』から離れ、ジョヴァンへ飛びついてきた。
肩から胸にかけてバッサリやられたらしく、血が溢れている。
「僕……」
「待て、動くな」
そう言ってジョヴァンはもう一発、発砲した。
カエルが潰されたような声を上げて、『バケモノ』はそれっきり動かなくなった。
ジョヴァンは即座に懐から布きれと包帯、止血剤を出してガイエルの横に腰を下ろす。
「あう………………ッ」
「大丈夫だ……傷は浅い」
飛び掛ってきた際に反射的に後ろに飛びのいたため、深く抉られることはなかたらしい。
止血剤を打ち、布切れで血を拭き取ってから包帯を巻く。
ジョヴァンは応急処置にも手馴れていた。
「っ………班長…」
「おまえの目は硝子玉か。見えているなら、撃ち殺せ」
「で、でも……」
「何を戸惑う必要がある。その銃も飾りじゃないいんだろう」
包帯の端っこを結びながら、ジョヴァンがガイエルの額を小突く。
「まあ、無事ならよかったさ」
「すみません…」
力の入らない腕を踏ん張って、何とかガイエルは立ち上がる。
それにしても、危なかった…………。
ジョヴァンは止血剤をしまうと、息絶えている『バケモノ』に近づいていった。
「本当に何匹もいるようだな」
「そんな……また襲われたらどうなるか」
「こっちには武器がある。まあ、弾の通用しない相手ではなさそうだな」
薄く笑うと、ジョヴァンは首をコキリと鳴らした。
「いつまで突っ立ってるんだ。行くぞ」
ガイエルの襟を掴んで、ジョヴァンは部屋を後にした。