第8話:新しい服と、不可思議なパン?
市場での買い出しを終えた俺たちは、
大通りから少し入った場所にある、
庶民的な食堂のテーブルについていた。
ハヤトの格好は、ようやくマシになった。
異様に浮いていたブレザーを脱ぎ捨て、
丈夫な麻のシャツに、
小物を入れるポケットの多い革のベスト。
足元も、ペラペラのローファーから、
しっかりした魔物革のブーツへ履き替えた。
「……うわぁ、この靴、すごい。
地面をしっかり掴んでる感じがするよ。
これならどこまでも歩けそう」
「当たり前だ。安物だが、
そこらの兵士が履くものよりは頑丈だ。
……さて、ハヤト。少し落ち着いたところで、
今朝の『あれ』について整理しよう」
運ばれてきた麦のシチューを匙ですくい、
俺は声を潜めてハヤトに顔を寄せた。
「やっぱり、どう考えてもおっかしいよね。
昨日、全部食べちゃったはずなのに。
ポケットの中も、何度も確認したけど、
予備なんて入ってなかったんだ」
「ああ。……通常、魔法で水や火を出すのは、
魔力を現象に変換しているだけだ。
高度な収納魔法だって、あらかじめ、
中に入れた物を別の空間から、
取り出しているに過ぎん」
俺はシチューに浸したパンを噛み切り、
真剣な目でハヤトを見た。
「だがお前が寝ている間に起きたのは、
そのどちらでもない。
お前の手の中に、異世界の『完成品』が、
転移の残滓すら残さずに現れたんだ。
召喚術の理屈でも、そんな芸当は不可能だ」
「でも、今朝の実験だと何も起きなかった。
購買に山積みになってるメロンパンを、
あれだけ必死にイメージしたのにさ。
一個も、こっちには来なかったよね」
ハヤトが、自分の掌をじっと見つめる。
魔力も、特別な紋章も見当たらない、
ただの少年の手だ。
「……引き寄せたのではなく、
お前があの場で『作った』のか……?」
「作った!? 僕が!? パン職人でもないのに?」
「技術ではなく、無意識の物質生成だ。
だが、あんな精巧な工業品を無から作るなど、
それこそ神話にしか出てこん御業だぞ。
……まあ、今はまだ仮説の域を出ないな」
俺は一つ息をつき、シチューを飲み干した。
「一つ確かなのは、お前の空腹や執着が、
何かのトリガーになった可能性がある。
……もしまた出てきたら、即座に報告しろ」
「……また僕が『毒味』する前に、
レオンさんが食べちゃいそうだけど」
「……調査のためだと言っている。
さあ、食ったら出るぞ。
新しい靴の慣らし運転を兼ねて、
少し街の外まで歩いてもらう」
「ええっ、まだ歩くの!?
せっかく着替えて文化的な生活に、
戻れると思ったのに……!」
文句を言いながらも、ハヤトは、
どこか吹っ切れたような顔で、
最後のシチューを口に運んだ。




