第1話:異界から来た、震える少年?
「――というわけでレオン。君、クビね。
今すぐこの国から出て行ってくれたまえ」
豪華絢爛な王宮の謁見の間。
玉座にふんぞり返った国王が、
食べ残した果実の種でも放り捨てるような軽さで、
俺――レオン・アルヴィスに宣告した。
「……クビ、ですか。理由は?」
「理由? これだよ、これ!」
王が指差した先。
そこには、紺色のブレザーを着て、
手には『透明な膜に包まれた、網目模様の丸い塊』を、
後生大事に抱えてガタガタ震えている少年がいた。
名前は、風間 隼人。
「……え? え、ちょっと待って。
今、百二十円払って、購買のおばちゃんから、
受け取ったばっかりなんだけど!
まだ袋すら開けてないんだけど!」
ハヤトが絶叫しながら周囲を見回す。
彼の意識はまだ、学園の購買部の熱気の中にあった。
ようやく最後の一つを死守した、念願のメロンパン。
それを味わう暇もなく、
彼は黄金の魔法陣に飲み込まれたのだ。
手にはパン、制服のポケットにはスマホと小銭入れ。
あまりにも無防備な姿での召喚だった。
「見てみろ、この弱そうな面を!
勇者を呼べと言ったのに、出てきたのは、
武器すら持たぬ『変なパン持ち小僧』ではないか。
鑑定の結果も『戦闘能力:微弱』。
期待外れも甚だしいわ!」
「陛下。勇者召喚という国家的な大任、
滞りなく完遂いたしました。
慣例によれば、成功の暁には、
恩賞の金貨が下賜されるはずですが」
「はあ!? こんな妙な供え物を持っただけの、
ガキを呼んでおいて、恩賞だと!
いいだろう、恩賞をくれてやる。
……そのガキだ!
特別にお前の『恩賞』として譲ってやるから、
今すぐ連れて国外へ消え失せろ!
退職金? やるわけないだろバーカ!」
「勝手に人の進路決めるなよ!
あと王様、性格悪すぎだろ!」
少年の絶叫は、
無情にも冷たい石造りの壁に跳ね返された。
◇
数時間後。
俺たちは窓もない無骨な荷馬車に押し込められ、
文字通り国外へと放り出された。
無情に閉ざされた門の音を背に、俺たちは歩き始めた。
一時間、二時間と歩き続け、
王国の高い壁が見えなくなった頃。
辺りは急速に夜の闇に包まれていった。
「…………嘘だろ。本当に、何にもないじゃん!
ねえレオンさん、僕らこれからどうなるの!?
戻れないし、街もないし、お腹空いたし……
ってか足痛い! このローファー、
アスファルト以外歩くようにできてないんだよ!」
「ハヤト、落ち着け。ここはもう王国の外だ。
夜になれば気温が下がり、
厄介な連中もうろつき始める。
少し高い場所を探して、今夜は野宿だ」
「落ち着けるわけないだろ! 野宿!?
無理だよ、僕、林間学校のバンガローでも、
寝れなかったんだよ!
スマホも圏外だし……あ、そうだ。これがあった」
ハヤトがポケットからパンを取り出そうとした、その時。
不意に足元から不気味な地響きが伝わってきた。
岩山だと思っていた巨大な塊がゆっくりとせり上がり、
赤黒い瞳が俺たちを射抜く。
家一軒ほどもある巨大な岩トカゲ。
――地竜だ。
「ひいいいぃっ! 恐竜!? 本物!?
待って、こっち来た! 食べられる!!」
地竜が地響きを立てて突進してくる。
ハヤトは涙目で、手にしたパンを差し出した。
「これあげるから!
この甘くて美味しいパンあげるから見逃してー!!」
だが、飢えた魔物にとって、
豆粒のようなパンなど眼中にない。
奴の狙いは、目の前にある俺たち「肉」だ。
「ハヤト、そんなパンで済む相手じゃない。
……ちょうどいい、
今夜の飯が向こうから歩いてきたな」
「何言ってんの!?
あっちが僕らを飯にする気満々だよ!
死ぬ! 絶対死ぬって!!」
俺は一歩前へ出ると、足元に広がる自身の影に命じた。
「――フェンリル。その地竜を仕留めろ。
肉を傷つけるなよ」
瞬間、俺の影が生き物のように蠢き、
そこから白銀の毛並みを持つ巨大な狼が飛び出した。
――グルアアァァ!!
空気を震わせる咆哮一発。
それだけで、突進してきた地竜の巨体は恐怖に硬直した。
フェンリルの鋭い爪が一閃し、地竜はその場に崩れ落ちる。
「…………は? え、一撃?
っていうか、今、影からなんか出た……!?
狼!? 犬!? デカすぎだろ!!」
ハヤトが腰を抜かし、
パンを握りしめたままガタガタと震える。
俺は手際よく地竜の肉を切り出すと、
次は掌の上に小さな火の精霊を召喚し、
拾い集めた枯れ枝に火を灯した。
「おい、いつまで震えてる。ほら、食え。
味付けは岩塩だけだが、最高に美味いぞ」
「焼けるの早っ! ……ってか、あんた正気!?
さっきまで僕らを殺そうとしてたバケモノだよ!?
それを今から食べるの!?」
「魔力を蓄えた上質な肉だからな。
……ほら、食え。死にたくなければな」
「…………。……あむ。…………うわっ、何これ。
めちゃくちゃ美味い……。
トカゲなのに、なんで牛より美味いんだよ!」
不安と空腹が限界だったのだろう。
ハヤトは泣きながら肉を頬張った。
俺はその隙に地竜から、
拳ほどの大きさの『蒼い輝石(魔石)』を拾い上げた。
「これ一つあれば、二人で数ヶ月は遊んで暮らせる。
俺も退職金なしで追い出されたからな。
これが当面の路銀だ」
「…………神様、仏様、レオン様!
一生ついていくよ!」
食後、ようやく落ち着きを取り戻したハヤトが、
制服のポケットから黒い平らな板――スマホを取り出した。
板が淡く発光し、暗闇の中でハヤトの顔を照らす。
「……ほう。それはなんだ。
魔力もなしに、どうやって光らせている?」
「これ? スマホ。……ねえレオンさん、
この世界って電気とかコンセントってある?
充電が切れたら、ただの板になっちゃうんだよ」
「コンセント? デンキ? 知らんな、雷の精霊のようなものか?
……だとしたら、俺がさらに高位の雷獣を召喚して、
その板に魔力を流し込んでやれば、
また光るようになるかもしれないな」
「……いや、多分それ、電圧とかの問題で、
僕ごと粉っ端微塵になるから絶対にやめて。
フリじゃないよ、絶対だよ!」
夜の静寂の中に、少年の必死なツッコミが響く。
俺はフェンリルを丸め、そのフカフカの腹を指差した。
「ほら、ハヤト。そこに挟まれ。
こいつの毛皮はそこらの毛布より温かいぞ」
「……いいの? 噛まれない?
……あ、うわ、すごいフカフカだ……」
フェンリルの毛並みに顔を埋めたハヤトは、
数分もしないうちに寝息を立て始めた。
俺は少し離れた岩に腰掛け、
夜風に吹かれながら二つの月を眺める。
明日の分岐。東へ行けば自由都市ガレリア。
西へ行けば聖教国レリウス。
……西の空をほんの数秒見やっただけで、
背筋に嫌な汗が流れた。
(……いや、考えるのもよそう。
レリウスにだけは、死んでも近づきたくない。
あの方角にいる奴に居場所が知れたら、
今度こそ俺の自由が終わる)
俺は首を振り、迷わず東を向いた。
ガレリアなら、異端の召喚士も、異界の少年も、
面白がって受け入れてくれるはずだ。
(ハヤト、お前の世界の話、明日ゆっくり聞かせてもらうぞ)
絶望的な追放劇の初日。
俺たちは、神獣の微かな拍動と少年の、
騒がしいツッコミを余韻に、静かに夜を明かした。




