第8話:甘味の席にて、これから
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
ズズズ……という低い地鳴りが収まる。
先ほどまでの殺風景な石造りの壁は消え失せ、代わりに深紅の絨毯が敷き詰められた、豪奢なサロンが現れたのだ。
「うわぁ……いっぱい食べさせてぇ……」
アウレリアが長い溜息をつく。
部屋の中央にはマホガニーのテーブルセット。
壁際の棚には、魔法で自動補充される焼き菓子や、色とりどりのケーキが並んでいる。
見たところ魔力保護されているため、一番美味しい状態で止まっているらしい。
この献立に書きこむことで、どんな料理でも生成できるようだ。
ただよう、紅茶とバニラの甘い香り。
甘味の爆弾倉庫のような、そんな。
ここは『秘密のお茶会』。
アウレリアの『堕落』をトリガーに生成された、このダンジョンの新たな拡張エリアだ。
「気に入ったか、アウレリア」
「うん、最高だよぉ……。ねぇ、ここ、全部わたしのものなの? あなた様」
アウレリアが私の腕にギュッと抱きつき、上目遣いで尋ねてくる。
「みんなのぶんだ。でも足りなくなることはないらしい。だから好きなだけ食べていい」
「うわぁ……うれしぃ」
その口調に、かつての堅苦しい敬語の面影はない。
とろけるような甘さと、少し粘度のある執着を含んだ声——なんというか『ドロ声』だ。
服装も、露出の多い黒のドレスに変わり、片目を隠した金のウェーブヘアが艶めかしく揺れている。
これが、彼女の理想の……自由な姿なのだろう。
「ここは君の指定席だ。好きなだけ食べて、好きなだけサボればいい」
「んふふ……嬉しい。あなた様、大好きぃ」
彼女は私の頬に自分の頬をスリスリと擦り付け、猫のように喉を鳴らす。
聖務連絡官としての鉄仮面はどこへやら。
今の彼女は、ただの『甘えん坊』だ。
「旦那様。お茶が入りました」
ノクスがタイミングよく、湯気の立つティーカップを運んできた。
私たちはソファに腰を下ろす。
アウレリアは当然のように私の隣——というより、半分膝に乗るような距離感で座り、フォークでケーキを突き始めた。
「ん〜……美味しいぃ……。幸せすぎて、もう外に出たくないなぁ……」
「駄目だぞ。君には働いてもらう」
私は彼女の腰に手を回しつつ、冷徹に切り出した。
「君は私の『目』だ。甘味の分だけ、たくさん情報もとってきてもらうぞ」
その言葉に、アウレリアのフォークが止まる。
「えぇ〜」
彼女はクリームをペロリと舐め取り、とろんとした瞳の奥に、鋭い理性の光を宿した。
「わかってるよぉ。タダ飯食らいじゃないもん」
彼女はフォークの先を、テーブルの上に広げたリストに突き刺す。
「タダ飯ぐらいとは……まったく……奴のような者のことだからな」
「あの豚……『徴税官』のことだよねぇ?」
「ああ。次のターゲットだ」
「わたし、決めたんだぁ。あの主席補佐官もいつか同じ目にあわせてやるぅ……」
「そうだな。だが、いきなりは無理だ。まずは地盤をかためたい」
「お金ですね」
私の言葉にノクスが反応した。
「そうだ。貨幣はなんにしろ必要になるだろう」
「それなら徴税官はピッタリだねぇ」
私は頷く。
アウレリアは、甘ったるい声のまま、内容は極めて冷徹な報告を始めた。
「あいつの巡回ルート、全部把握してるよ。……表向きは『戒律遵守の巡回』なんて言ってるけど、実際はただの食い物あさり」
「具体的には?」
「『夜中のこってり禁止』の戒律を盾にして、下町の屋台を襲ってるの。シチューの濃度が規定違反だとか、難癖つけて……その場で廃棄させてるんだよぉ」
彼女の声色が、少しだけ低くなる。
「あとね、孤児院へのパンの差し入れも没収してる。『未認可の施しは堕落を招く』とか言って……裏で自分が食べてるくせにぃ」
「……なるほど。典型的な小悪党だな」
私は不快感に眉をひそめた。
食べ物を粗末にし、弱者から奪い、自分だけはこっそり肥え太る。
聖白教のシステムが生み出した、最も醜悪な寄生虫だ。
「許せないよねぇ? わたし、あいつのこと大っ嫌いなんだぁ。それに、あいつ、貯めてるらしいよ……お・か・ね♡」
アウレリアは私の胸に指を這わせながら、妖艶に微笑んだ。
「ねぇ、あなた様。あいつにも教えてあげようよ。……本当の『食欲』がどういうものか」
彼女の提案は、私の考えと一致していた。
力で排除するのは簡単だ。だが、それでは面白くない。
奴自身の「欲」で、自滅させてやるのが相応しい。
「いいだろう。作戦を立てるぞ」
私はノクスに指示を出した。
「ノクス、次の準備だ。……今度は甘い菓子じゃない。奴の鼻面を引きずり回す、最高に『脂っこい罠』を用意しなくてはならない」
「御意。豚骨と背脂ですね。パティスリーが役に立ちます」
アウレリアがくすくすと笑い、私の首に腕を回した。
「ダンジョンルーム、秘密のお茶会なのに背脂と豚骨ってなんかスゴイねぇ」
あくびをしながら、話す少女。
「ふふ、あいつ、真夜中にこっそり裏路地の匂いを嗅ぎ回ってるの、知ってるんだよぉ? ……わたしたちで、最高の『夜食』をご馳走してあげようねぇ?」
甘いケーキの香りが満ちる部屋で、私たちは次の獲物を狩る相談をまとめた。
さあ、豚を太らせて、どうしてやろうか。




