第13話:アブラノマ
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
深夜。
「そろそろ動きがあるはずだ」
「ボルグ様ですね。代行官エイレン様が今日一日動いていたのなら、この時間ですね」
「ノクス。水鏡を」
「はい」
水鏡の魔法を発動させる。
私は玉座に座った。
そうそう。
メインルームに新しく設置されたこの玉座……これは廃都から盗まれ横流しされたものらしい。
宝物庫に届いた……徴税官の『押収品』だ。
あの男には、こんな豪奢な椅子はもったいなすぎる。
私は水鏡による魔法映像を見た。
映されたのは王都の路地裏。
一人の男が転がるように走っている。
徴税官ボルグだ。
彼の顔色は青ざめ、脂汗が滝のように流れている。
「くそっ、くそっ! あの女……嗅ぎ回りおって!」
ボルグは毒づきながら、何度も背後を振り返る。
今日一日、彼の周囲を『白い影』が付きまとっていた。
異端審問代行官、エイレン・フェルノ。
あの鋭い眼光は、確実に彼の『裏帳簿』の矛盾を見抜こうとしていた。
証拠を掴まれるのは時間の問題だ。
「逃げなければ……いや、隠さなければ……!」
追い詰められた彼の足が向かったのは、自宅ではない。
彼にとって、今や唯一の安息の地。
廃教会の地下にある、あの『夢の場所』……。
◇
「レオ殿! レオ殿はおられるか!」
石造りのホールに飛びこむなり、彼は叫んだ。
私は何も知らないという体を装い、迎え入れる。
「……騒々しいな、ボルグ。集金日にはまだ早いはずだが?」
「金などどうでもいい! かくまってくれ!」
ボルグは私の足元にすがりついた。
「代行官が……エイレンの奴が、私の周りを嗅ぎ回っている! このままでは横領がバレる! そうすれば、ここへの資金提供もできなくなるぞ!
「なるほど。それは困ったな」
私は表情を変えずに答えた。
内心では、アウレリアからの報告ですべて把握済みだ。
エイレンは優秀だ。
ボルグのような小悪党が逃げ切れる相手ではない。
つまり……早くも『金庫』としての賞味期限は切れたということだ。
だが、『餌』としての仕事は予想以上に良くできた。
「安心しろ、ボルグ。ここは聖白教の権限が及ばない……サンクチュアリだ」
「ほ、本当か!?」
「ああ。追っ手が来ない場所で、頭を冷やすといい」
私は指を鳴らす。
壁の一部がスライドし、新たな部屋が現れた。
そこは、私が更なる堕落のために用意した特別室——『アブラノマ』。
部屋の中央には、巨大な寸胴鍋が鎮座し、グツグツと白濁したスープが煮えたぎっている。
「……あぁ」
強烈な豚骨と背脂の香りが、ボルグの鼻腔を直撃した。
恐怖で縮み上がっていた彼の胃袋が、条件反射で悲鳴を上げる。
「まずは腹を満たせ。話はそれからだ」
「か、感謝する……! おお、我が主よ……!」
ボルグはヨダレを垂らし、先日と同じようにふらふらと鍋に吸い寄せられていった。
もはや代行官の恐怖も消し飛んでいる。
彼は備え付けの木椀を掴むと、直接鍋からスープをすくい、むさぼり飲み始めた。
「うまい! うまいぞぉぉッ!」
アブラと魔法調味料の暴力的な旨味が、彼の脳を麻痺させていく。
現実逃避。
彼はただの『食欲の塊』へと退行していった。
◇
ダンジョン、メインルーム。
マジックミラー越しにその醜態を見下ろしながら、アウレリアが冷たく言い放った。
「見苦しいなぁ。自分の不始末をあなた様に尻拭いさせようなんてぇ」
「大丈夫だ。彼にはより役に立ってもらう」
私は水鏡を見つめたまま、ノクスに指示を出した。
「ノクス。奴の『金庫』としての価値はゼロになった」
「はい。代行官に捕捉された以上、資金ルートとしては危険です」
そこでアウレリアが口を挟んだ。
「しかもしかもぉ、あいつまた昨日食料を漁ったらしいよ。しかも孤児院のパンだってぇ」
「凄まじいですね。ダンジョンから供給される食事だけでは飽き足らず……。元々堕落している方はこれ以上堕落させることができないのでしょうか」
ノクスが冷たい目をさらに冷ややかにさせる。
「ねぇねぇ、あなた様。もうボルグは無理じゃない? 貯金箱としても人間としてもぉ」
「ふむ……」
私は思考した。
金に関しては彼が奪ったものはすべてダンジョンに移送してある。
さらに彼が奪うことのないように、それが無意味になるように、堕落させたのだが……。
胃袋までは奪えない。
「ならば、最後の使い道だ。……奴を『爆弾』にする」
アウレリアが小首をかしげる。
「爆弾ー?」
「ああ。エイレンは『証拠』を探しているんだろう? なら、これ以上ないほど派手な証拠を、彼女の目の前に突き出してやる」
私はニヤリと笑った。
「聖白教の徴税官が、禁忌の脂にまみれ、豚のように貪り食う姿。……それを白昼堂々、王都のど真ん中に晒す」
「あはッ! 性格悪いねぇ、あなた様♡」
アウレリアが嬉しそうに手を叩く。
「それなら、教会のメンツは丸潰れだねぇ。特にオルドリア教区としても大きなダメージになっちゃうよ。白塔から派遣され、わざわざ調査しに来たエイレン殿も、管理責任を問われてカンカンになっちゃうねぇ?」
「そうだ。奴には、聖白教の権威を失墜させるための『花火』になってもらう」
特別室を映した水鏡では、ボルグが酒瓶を空け、肉にかぶりついている。
服は脂でベトベトになり、顔は恍惚と泥酔で歪んでいる。
準備万端だ。
「ノクス。転移の座標設定を頼む」
「場所はどうしますか?」
「奴が昨日、子供からパンを奪った場所だ。たしか……『孤児院前の広場』だったか」
「時間はどうしますか?」
「明日の正午。……人が最も集まり、太陽が最も高く昇る『審判の刻』に合わせろ」
私は彼の姿を見つめ、別れの言葉を告げた。
「たっぷり食っておけよ、ボルグ。……それが、お前の『最後の晩餐』だ」




