第11話:肥え太る金庫
【登場人物】
レオ / 処刑された元聖白教の異端審問官。黒髪に翠と金の目。黒い外套。ダラクローンと契約し、堕落のダンジョンで人々を解放する。
ノクス / ダラクローンの眷属。銀髪ボブに黒いゴシックドレス。ダンジョンの根幹を担っている。滅ぼされた魔法文明の魔法使いで、祈跡使いの聖白教の堕落を支援する。
アウレリア / 金色髪の聖女。聖白教オルドリア教区(王国の教区)と北の白塔をつなぐ聖務連絡官。普段は敬語を使う凛とした連絡官だが、ダンジョンの力で欲望が解放されてデレデレ?になってしまう。
【設定】
堕落のダンジョン / 神聖連合国の一国、グレイヴァルド王国の郊外地下に作られたダラクローンのダンジョン。欲望を満たすために、魔力によるダンジョンルームが仮設→生成され、人々を堕落させていく。
「——ごちそうさまでしたぁ……ッ!」
ボルグが最後の一滴までスープを飲み干し、恍惚の表情で丼を置いた。
「はじめて神以外の……食材に感謝できたか?」
「できましたぁぁぁあぁぁぁ!」
「よろしい、ボルグ徴税官」
私の隣では、アウレリアが優雅に足を組み、デザートの果物をつまんでいる。
瞬間、屋台は消失した。
現実にひきもどされて体勢を崩すボルグ。
「き、貴様……私をどこへ連れてきた!? あの屋台は!?」
「ここは私のダンジョンの一室だ。暖簾をくぐった時点で、あんたはもう王都の地図からは消えていたんだよ」
私は冷ややかに告げた。
あんたは自分から、このオリの中に入ってきたんだ。
「さて、ボルグ。あんたは先ほど、確かに『口誓』をしたな?」
「っ……!?」
「『もっと堕落させてくれ』と。……記録には残らないが、契約は絶対だ」
ボルグの顔色が青ざめる。
満腹中枢が満たされ、理性が少し戻ってきたようだ。
彼はガタガタと震え始めた。
「わ、私は……聖白教の徴税官だぞ! こんな……こんな悪魔の契約など無効だ! 帰せ! 今すぐ私を地上へ戻せ!」
「帰りたいか?」
「当たり前だ!」
私は肩をすくめ、指を鳴らした。
「いいだろう。……ただし、ここを出れば、あんたの舌はもう『あの味』を忘れられない。明日から聖白教の薄いスープを飲むたびに、あんたは吐き気をもよおすことになるがな」
「……ッ!」
ボルグの動きが止まる。
彼の脳裏に、先ほどの暴力的な旨味と、背脂の甘みが蘇る。
それは既に、信仰心よりも深く、彼の魂に刻まれていた。
あの快楽なしの人生など、彼にはもう耐えられない。
「そ、それは……困る……」
「だろうな。……安心しろ。これは取引だ」
私は彼に歩み寄り、その太った肩に手を置いた。
「あんたには、今後もここで好きなだけ『こってりラーメン』を食わせてやる。チャーシューも大盛りだ。……その代わり、対価を払ってもらおう」
私はアウレリアに目配せをした。
彼女はため息交じりに、一枚の羊皮紙をテーブルに広げた。
「ほぉら、おじさん。これが見える?」
「こ、これは……『教区税収報告書』の裏帳簿……!?」
アウレリアが冷たく、しかし楽しげに言い放つ。
「あんたが私腹を肥やすためにゴマカしてる金額、全部知ってるんだよぉ。……これ、本国の監査にバラされたくなかったら、わかるよね?」
ボルグが脂汗を流す。
食欲という名のアメと、破滅という名のムチ。
逃げ場など最初からなかったのだ。
「よ、要求は……なんだ……?」
「金だ」
私は短く答えた。
「我々はこの国を、グレイヴァルド王国を堕落させる」
「なんだと……!?」
私の言葉に、ボルグは明らかな狼狽を見せた。
「最終的に、この国はあるべき姿をとりもどす。豊かで平穏で自由な……国家の姿をな。そのために、あんたが着服しているその『汚い金』、全額こちらへ回せ」
「ぜ、全額だと!? 馬鹿な! それでは私の取り分が……」
「集めた金をなんに使う?」
私はニヤリと笑った。
「金を食うつもりか? 集めた金で手に入る欲望の最高潮を、君は今日知ってしまっただろう」
ボルグの瞳が揺れる。
彼は徴税官だ。
損得勘定には誰よりもさとい。
金を抱いて満たされぬ飢えを生きるか。
金を捨てて満たされるか。
「……わかった」
彼はガクリとうなだれた。
「払う……払います。私の金庫を、貴方に譲渡しよう」
「契約成立だ」
ズズズ……と音がして、ダンジョンの壁の一部がスライドし、新たな扉が現れた。
扉には、黄金の装飾が施されている。
「ノクス、報告を」
「はい。新たな欲望の魔力の獲得により、ダンジョン内に『黄金の宝物庫』が生成されました。以後、徴税官が管理する裏金は、自動的にここへ転送されます」
素晴らしい。
これで資金繰りの憂いはなくなった。
聖白教から巻き上げた金で、聖白教を崩すためのダンジョンを肥え太らせる。
皮肉が効いていて最高だ。
「よし、ボルグ。今日のところは帰っていいぞ」
「えっ、帰れるのか?」
「ああ。また腹が減ったら来い。……『影』はいつでも繋がっている」
私は彼を出口——王都の路地裏へと転送した。
彼が消えた後、アウレリアが不満げに頬を膨らませた。
「ねぇ、あなた様。あんな豚を生かしておいていいの? お金だけ奪って消しちゃえばいいのに」
「消すのは簡単だ。だが、生かしておけば『金を生むガチョウ』になる」
私は新しくできた宝物庫の扉を開けた。
中にはすでに、金貨を溶かしてつくられたのべ棒や宝石類であふれている。
信じられない。
やつめ、こんなに裏金を隠していたのか。
アウレリアは膨れた腹をぽんぽんと叩き、背伸びをした。
「ふ〜ん。お金ねぇぇ? もっと酷い目にあってほしかったなぁ」
「いえ、まだ終わりませんよアウレリア様。金銭以外にも彼の使い方はあります。そうですよね旦那様」
「そうだ。あいつにはもう一つ、重要な役割がある」
「役割?」
「ああ。……次のターゲット……私の後任である白塔の、『異端審問代行官』を誘い出すための餌だ」
私はアウレリアの髪を撫でた。
「金と食欲で太った豚は、正義感に燃える猟犬をおびき寄せるのに、最高の撒き餌になるからな」




