第二話
「はぁ、なかなか落ちませんね。」
そう言ってツビカは、いっそう強く雑巾に力を込めた。
今彼女たちは戦闘で汚れた床を掃除している。最初に床を選んだ理由は、一番取り掛かりやすそうに感じたからだ。床は壁には無数の弾痕があり、目も当てられない。
建物の骨格が防弾なので建造物的に問題は無いが、装飾、床板など表面に貼られている物の交換は億劫だ。
それに今の時間から始めても朝までに終わり切らないだろう。中途半端にするより一気にやった方がやりやすいこともある。
なのでその材料を置くために今床掃除を始めたのだが、これが、予想以上に重労働だった。こびりついたその血は、床に血が落ちやすい加工がしてあるとはいえ、少々手強かった。
死体はすでにここに無い。先程、明日の回収に合わせて下処理をするために一度地下に運んだ。今はメリアとマリアが偽装しやすく解体しているところだ。
国とはごみ収集に見せかけた死体回収を、一週間に一度行うという連携をしている。おかげでツビカ達は悪臭の中生活をせずに済んでいる。これには彼女も感謝している。
ただ、それらの有能さばかりに、いつもの理不尽が際立つ。まぁそれも立場上納得はしているのだが。
今日で今月三回目。侵入者の人数だ。二年も経てば減ると思っていたが、まだまだ減る気配は無い。
それはそれでいいのだが、問題はそれらを殺しても金にならないことだ。国は最近、消耗品、主に銃火器による戦闘を避ける様に言ってきている。
そういうご時世なので今日の戦闘は国的には望ましく無い物だろう。
そしてもう一つ、国に、そして、なによりツビカ達とって望ましくないことをしてしまった。
男を殺した。貴重な情報源を殺してしまった。
今の世界の状況は、言わば情報戦だ。そのような状況で、この様な判断は致命的と言えるだろう。
ツビカの雑巾を握る手に力が入った。
このことでご主人様が死んだら戦犯だ。それだけはいけない、という感情が彼女を襲った。
その感情はどうしようもない物だった。彼女にとってそれは最も恐るべきことで阻止すべきことだ。それに境遇が重なればなお仕方のない事だろう。
ツビカは嫌な考えから逃げたくて、一度雑巾を洗うためにバケツに向かった。
雑巾をバケツに入れると一気に水が赤くなり、もう一度どれほど血が出たかを認識させられ、もう少し冷静に戦闘しようと自分に言い聞かせた。
次も同じことになってはツビカはいる意味がない。最近は場慣れし、窮地になればなるほど冷めていく様になったが、殺害方面で思考が動いてしまっては意味がない。的確な判断、一つの間違いが命取りになる状態で皆の命を扱う立場だ。そうなっては失格だろう。
そう自虐し冷静を取り戻した頃に、ツビカは雑巾を絞って立ち上がった。
血痕の残る場所に戻ると、先程は気づかなかったが、もう少しで終わる頃だった。ラストスパートと思って、腕を動かし始めた。
その時、視界の端に、よく似た顔立ちの二人がこちらに向かってくるのが見えた。
メリアとマリアだった。解体をしていたのでその服は赤く染まっていたが、間違いなく双子の二人だった。
「メイド長、死体の処理、完了いたしました。」
「軽く見たところ発信機、切断感知機などは取り付けられていませんでした。」
二人はそう話した。その報告はローリスクで解剖作業ができるということを意味する。
「わかりました。ありがとうございます。では二人は補修材料の準備にとりかかってください。私たちもすぐに行きます。」
双子はわかりました、と言って再び地下に向かって行った。
さてと、と言いツビカは立った。もう床は十分だろう。終わりましょうとレヴナとルミに言いツビカは再びバケツに向かった。
二人には先に双子の元にいくように指示し、ツビカは一人、黒く染まった水を捨てに向かった。
暗い廊下を進んだその先にある用具置きに向かう。
用具置きの横にあるシンクに一気に水を流す。
それを見ると先程の自虐が再発しそうになった。ただ、こうとも思う。あの時、男を
確保するにはどうすれば良かったのか。
簡単なことだ。脚部、腕部などの撃たれてもせいぜい激痛を伴う範疇の部位を狙えば良かった。
相手は民間人だ、痛みを伴えば隙ができる。そこを拘束すればやれた。
大丈夫。次は失敗しない。
ツビカはそう言い聞かせて、四人の元に向かった。




