■第10話『潮満村について』
> ※この記録は、雨霧が最後に編集していた動画台本のドラフトとされる。ファイル名は「shiomitsu\_outline.txt」
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潮満村について、
わかっていることは少ない。
地図には載っていない。
でも、古い郷土誌や地方紙の記録には、
「潮が満ちすぎて失われた村」として、わずかにその名が残っている。
村の祠には、毎年7月の新月の夜に“子”が捧げられた。
還らなかった子は“灯”とされ、翌年も祠に並べられたという。
その灯には、“戻ってこないはずのもの”を引き寄せる力がある。
海の底から。
あるいは、人の中から。
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これは祠の記録ではなく、
“灯が誰に渡ったか”を記録するものだったのかもしれない。
私の名前、私の声、私の形。
それが少しずつ、“灯を受け取った誰か”のものになっていくような気がする。
夢で見たあの目。
祠の奥からこちらを見ていた、赤ん坊のような、でも濁った目。
もしかしたらあれは、私の目だったのかもしれない。
祠の前に立っていた私は、
“灯を渡す側”だったのではなく、
“渡された側”だったのではないか。
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夜、また灯がついた。
部屋の中で、蝋燭を見た。
机の上に置いた覚えのない、赤く短い蝋燭。
芯が黒く焦げていて、先端に火がともっていた。
揺れていた。
呼吸に合わせて、私のではない誰かのリズムで、灯が揺れていた。
私はそれを吹き消さなかった。
消してはいけない気がした。
それが、私の一部だったのかもしれないから。
だからそのままにして、静かに目を閉じた。
潮の音が、遠くではなく、
今夜は最初から“私の中”にあった。