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ジュンは、貨物室にある、固定用のワイヤーを、工作室のロボットアームを使って器用に編んで、即席の網を作った。それを持って船外活動用の宇宙服を着て、エアロックに向かうと、網の一方に小型の観測用プローブを着けて、外に出した。三つの羽を持つ物体が、ちょうどその間に来るように、細かな操船をナタリアが行っていた。
「おお、上手くいきそうだな」
サイモンが見ているモニターの中で、まるで網で魚(この場合はクラゲか)でも掬うように、綺麗に三つの羽を持つ物体を巻き取って、エアロックに取り込んだ。
「こうしてみると意外と小さいわね」
実験室に置かれた物体を見てジュンがシンプルな感想を述べる。
「僕には人工物にしか見えないんだけど」
実験室の外のコンソールにジュンと並んで前方のホログラムスクリーンを見つめるサイモン。そこにはグレーの丸い笠から青黒い三つの羽が突き出た物体が映っている。
「ミュー粒子観測で映っていた惑星の表層の下の構造物は、この物体に似ていると出ていた。AIの観測値では類似値八十七パーセント。構成元素も同じ」
ジュンがモニターを見ながら言う。
「どういうこと?」
「惑星の表層の下の構造物は、ポリプのようなものかもね」
「ポリプ?」
「クラゲって知ってるかしら?」
「あの、地球の海にいる?」
「海以外にもいるけどね。クラゲは卵から孵ったら、イソギンチャクのような幼生体になる。それがポリプ。そこから個別の幼生として分かれ出てきて、クラゲになる」
サイモンはジュンから視線を前方のホログラムスクリーンに向けた。
「君はこれがクラゲの様な生物だっていうのか?」
「そう。”宇宙クラゲ”とでも名付けようかしら」
「あれが生物だと?」
全天スクリーンに映し出された”宇宙クラゲ”を見てエバンスが言った。
「その可能性が高い、というところかしらね。あれを構成している物質は、二世紀は前の電子機器のようだけど、部品から組み上げたようなところが見られない。中央の笠状の部分は、何層か積み重なって出来ていて、内部の電子配線のような構造も少しづつ成長して伸びて行った痕跡が残っている。もっと小さな原型から時間をかけてあの形状まで大きくなっていったというのが私の推察です」
ジュンが立ち上がってスクリーンを見ながら解説する。
「そのように成長していくようプログラムされた機械だという可能性は?」
エバンスが顎に手を当てて思案気に言う。
「無くは無いですね。DNAに相当する設計図のような記憶領域は、それほど解析が難しいものではなかったし。生体研究のためのシミュレーションとして作られた、という可能性も否定は出来ない。ただ、そういった研究が過去に行われたという情報は、今のところ見つかっていないけど。そうだとしたら、この星系にかなり以前に訪れた者がいることになる。戻ったら調べ直す必要があります」
「あれが生物だとして、どの程度の知能がある?」
「知能、と言えるようなものがあるかどうかと言われれば微妙なところですね。宇宙クラゲなんて言ったけど、クラゲよりは高等だけど、昆虫以下ってところかしら。単体では」
「単体では?」
ジュンの言葉をサイモンが聞きとがめた。
「クラゲ単体では大したことはなくても、寄り集まれば能力が向上するかもしれない。単体が一つのニューロンのユニットとして、それがあつまれば頭脳として機能するのかもしれない」
「かもしれない、か。それは君の想像なのだろう?」
エバンスがふん、と鼻先で笑うように言う。
「ええ。今の段階では詳しいことは分からない。もっと調査を密にして継続的に観測、調査する必要がありますね」
「寄り集まって頭脳となるとして、惑星上から宇宙へ飛び出したのは何故なのかな? 軌道の関係で太陽に接近して彗星みたいにダストを噴出しているけど、それで噴き上げられたってこと?」
サイモンがスクリーンを見ながら腕組みする。
「ダストの噴出口から噴き上げられたのは確かでしょうね。それを意図的にやっているかどうかだけど」
「意図的に?」
「子孫を増やす、というか、自己保存の目的としてね。自然現象を利用するのはあまり効率が良くないでしょうけど。そうでなければ、この星系から離れた場所で宇宙クラゲが見つかったりしないはずよ。ジェット噴射で飛び出した後、うみへび座十番星の重力を利用してスイングバイでもしないとそこまで行けないでしょうし」
「スイングバイって……。偶然そうなっただけでは?」
「偶然そうなる可能性はどの程度かしら。判断するには、データ不足ではあるけど」
サイモンは腕組みしたまま考え込んだ。
「仮定の話ばかりしていてもしょうがない。この星系には人類が住むに適した惑星も無い。これ以上の詳しい調査は後続に任せるとして、この調査隊は撤収ということで良いのではないかな」
エバンスが話を纏めて結論づける様に言う。
***
「エバンス船長。先ほど依頼された物体らしきものを発見しました。ですが、地表ではないですよ」
エバンスが撤収を言い出すのを待っていたように、ナタリアのが告げた。ジュンとサイモンは顔を見合わせた。
「何を探しているんです?」
サイモンがエバンスに質問したが、黙ったまま。エバンスはナタリアを睨みつけている。
「形状からするとビーコンのようです」
「説明しろとはいっていないぞ」
エバンスがナタリアに静かだが怒気を含めた口調で言った。
「先ほどから微弱な電波を受信しています」
淡々とした調子でナタリアが続ける。
「受信した? ビーコンは発信しているのか?」
エバンスが慌てたような表情を浮かべた。
「ユーラシア科学連盟が調査に噛んできたのは、以前からこの星系の探査していたからですか? 連邦政府に連絡もしていませんよね?」
咎めるような調子でジュンが言う。
「ビーコンの近くまで移動するんだ。早く!」
ジュンの言葉に答えず、エバンスがナタリアに命じた。眉を顰めたナタリアだったが、操船して移動を始めた。
「ここの真下です。地表から二十メートルほど下に、人工物らしい形状と材質の物があります」
「二十メートル? なぜ埋まっているんだ?」
「私にはわかりません」
ナタリアが手を広げる。
「おそらくは、自転して太陽へ向いた時に地表が割れて落ちたんじゃないかな。この星の赤道付近には噴出孔が幾つか見られるし。この近くにもある」
サイモンが地表のレーダー撮像をスクリーンに映した。
「降下して接近するんだ」
ナタリアが振り返ってエバンスを見た。それから横のサイモンへ向く。
「降下しても問題ありませんか?」
「今のところは、噴出孔は前に噴出したもののようだから、今は大丈夫だろう。噴出の兆候も無い。自転周期を考えると、あまり長居はしない方がいいと思うけど」
エルタニン号はゆっくりと降下する。惑星を覆う白い雲にふれそうな位置まで下がった。
「もっと下げろ」
エバンスがコンソールを操作しつつ命じた。船長権限で彼だけが秘匿している情報があるのか、それを睨んでいる。船は更に降下して、雲の中に入って行った。
「くそ。この信号は……私は聞いていないぞ!」
「これ以上下げるのは危険です」
すかさず言ったナタリアをコンソールから顔を上げたエバンス見つめたが何も言わなかった。
全天スクリーンには、白々とした地表が映し出されている。
「いずれ地表へは、排出されなかった”宇宙クラゲ”の採集で来たかったんですが……」
「どうした?」
全天スクリーンをみて呟くように言うジュンが、コンソールを見て言葉を切った。訝し気にサイモンが見つめる。
「地表が帯電している?」
「なんだって?」
サイモンがスクリーン映っていた地表の映像へレーダーなどの観測値を重ねて表示した。地表がマイナス、エルタニン号の上層の雲がプラスに帯電している。
「これはまさか……。早く上昇して移動するんだ!」
言われてナタリアが操船する。
「まて、何の話だ!」
エバンスがそれを聞きとがめた。
「ここは危険だ! 早く離れないと!」
サイモンが叫ぶのとほぼ同時に、
パンッ! と、乾いた音。一瞬で船内の照明が消えると、直ぐにオレンジ色の非常灯に切り替わった。