向日葵5
「わー!綺麗だねお姉さん」
「そうだね、私も来たの久しぶりかも」
私はヒマリちゃんを連れて水族館に来ていた。せっかく遊びに行くのだ、車を出して少し遠くの場所を選んだ。ヒマリちゃんは道中、テンションが上がっていたのか、助手席でずっと楽しそうであった。海が見えて時のはしゃぎ様は見ていて気持ちいいものがあった。
「こんなに大きな水族館初めてだよ!」
「ははは、ここは他よりも大きいからねー。まだまだこれからだよ」
「お姉さん、次おっきな水槽行きたい!」
「うん、行こうか」
私はヒマリちゃんと並んで歩く。
昨日も送っていた時に一緒に歩いたけど、ヒマリちゃんの容姿と周りの静けさが相まって浮世離れした雰囲気を纏っていた。今は年相応にはしゃぐ女の子って感じだ。
「見てみて!イワシが渦巻いてるよ」
巨大水槽に着くとまず目に入ったのはいわしの群れが渦を巻いていた。一匹一匹は弱い魚でも群れを成して大きな魚影に見せている。キラキラと鱗が光を反射して、群れの形が刻一刻と変化していく様は見ていて飽きない。
「お、エイが…」
ぼーっとイワシの魚群を眺めていると一匹のエイがイワシ達をかき分けて優雅にこちらに泳いでくる。水槽の壁に近づいてくるとゆっくりと壁に沿って泳ぎ、こちらにエイの口が見得る状態になる。
「あははは、変な顔……顔じゃないんだっけ?」
「そうだね顔じゃないけど、顔に見えるよね。こんな風に!」
私は目じりを指で押さえて中央に寄せる。渾身のエイの物真似である。ヒマリちゃんは赤い目をぱちりと見開き、噴き出す。
「あははは、エイの顔だ!お姉さんエイになれるんじゃない?」
「いやーなれるかな?まずはエラ呼吸出来るようにならないと」
「え、ガチなの?」
「何かそういう能力に目覚めないかな」
「エラ呼吸の能力?」
「いや、魚になるとかだよ?エラ呼吸だけってショボいよー」
そんな軽口を言い合いながら私とヒマリちゃんは水族館を巡る。展示一つ一つに目を輝かせ、存分に楽しむ彼女を見ていると私も自然と笑顔になってくる。
次に私とヒマリちゃんはペンギンやアザラシがいる海獣のエリアに来た。
「可愛い、いつ見てもペンギンは愛くるしいねぇ。ずっと見てられるよ」
「お姉さんペンギン好きなの?」
「好きだね!見てよあの子、水に入るの躊躇ってへっぴり腰になってる。あの子は隣に居る子と一緒にご飯貰ってる。……あ、ごめん。ちょっと熱が入り過ぎたね」
私はちょっと恥ずかしい姿を見せてしまったと後悔する。いやペンギンが元から好きなのはいいとして、ヒマリちゃんを置いてけぼりにしてしまった。
私が気まずさを覚えていると、ヒマリちゃんは笑顔を咲かせながらペンギンたちを眺めていた。
「いいよ、私もペンギン好き!あの子とかかわいい」
ヒマリちゃんはこちらを見ながら、私にそう言ってくる。心から楽しんでくれているようで私としては安心するのだが、一つ小さな棘が私の中で引っかかる。
何故、彼女は修学旅行に行かなかったのか。もっと言うと何故、彼女のような明るくて優しい子が修学旅行に行けなかったのか。
そんな思考はヒマリちゃんに手を引かれて次の展示に連れていかれたことで一旦止めることになる。
「ありがとうお姉さん。今日は本当に楽しかったよ」
「そうだね、私も君を連れてきて良かったよ。私も楽しかった」
私とヒマリちゃんは一般の展示を見終え、出口の方へ向かっていた。今日楽しんだことをお互い話し合いながら歩く。私は名残惜しさを感じていると出口付近に限定公開と書かれた展示エリアを見つける。
「入口の近くにあって逆に気づかなかった…」
「ホントだー!ねぇお姉さん、せっかくだから行きたい」
「うんいいよ今日はとことん楽しもう!」
そうして私とヒマリちゃんは限定の展示エリアに足を向けた。
「お姉さん、クラゲだよ」
「クラゲだね」
「何考えてるんだろうね?」
「何も考えてないんじゃない?」
「今のお姉さんみたいに?」
意外と鋭い。ただただ無心で目の前の光景を私は眺めていた。
クラゲが揺蕩う巨大な水槽がライトアップされているエリアに来た。ライトアップされた水槽は淡い黄色やピンク、懐かしさを感じさせるオレンジ色など時間によって変化していた。大小さまざまなクラゲたちが水流に乗ってゆったりとした流れを作り、水槽の上下に設置されたパネルには季節を切り取ったような幻想的な映像が映し出され、見る者の心を奪う芸術が作り出されていた。
「ヒマリちゃんこそ何考えてると思う」(我ながら強引すぎたかも……)
「私は、あー……うん何も考えてないんじゃないかな?」
「やっぱりねー」
私たちはクラゲエリアに設置されているソファに移動して、二人並んで体を沈める。私たち以外にはカップルと思われる男女が座っている。
「お姉さん、カップルだよ」
「カップルは展示されてないよ」
「ふふ」「はは」
「「………」」
二人の間に沈黙が流れる。しかし、不思議と気まずさは無かった。クラゲの展示の美しさか、ソファの座り心地か、あるいはそのどちらもが私たちの溝を少しだけ埋めた。
「………ね、お姉さん」
「…」
「私の話を聞いてくれる?」
私は静かにヒマリちゃんの言葉に耳を傾けた。