向日葵4
「ありがとうございました」
珍しく常連ではないお客さんが来て少しだけテンションが上がる。花は大きな向日葵のリクエストされた。初めて来るという事もあり、店の内装を見て回っていた。
聞くと、一人で旅行中にふと立ち寄ってくれたらしい。自分で言うのもなんだけどこの店はあまり目立たない。街中にある花屋と違って店の前や中をあまり飾らないからここが店だと気づく人も少ない。それでもこうやって偶然立ち寄ってくれた人との一期一会を楽しみに私は造花屋を続けている。
「何というか………過保護」
私は昨日のヒマリとの別れ際のことを思い出していた。家に着いてから飛び出してきた母親。その様子は鬼気迫るものを感じ、一緒にいた私のことがヒマリに言われるまで気づかないほどであった。社会全体で見ると能力者を受け入れる体制になってはいるが、まだまだ個人として見ると受け入れられない部分が無い訳ではない。近頃、過激派と呼ばれる反能力者団体も動き始めていると聞くし、完全に安心はできない。
社会と人々とのギャップで不安定になっている現状、自身の子を心配するのは理解できるがそれにしたってあれは少々過剰ではないだろうか。
「…言っても、人様の事情に首を突っ込むわけにはいかないしねー」
そう呟きながら私はスマホを操作してあるネット記事の詳細を検索する。
五年前、能力者による大きな犯罪が起こった。犯人の能力は「ハッキング」。とても曖昧だがこれは自己申告による能力であったが、検証と捜査からハッキングとして正式に位置づけられたそれで犯人はこの社会を支える大規模なネットワークシステムを麻痺させ、社会に大きな混乱を招いた。
コミュニケーションの遮断、フェイクニュースの発信、街中の通信システムがショートし交通機関に影響を与え、二次被害による事故の発生が相次ぎ、一時的に犯罪の発生件数が急増した。
「あの頃は大変だったなぁ」
そして何より恐ろしいのは社会にそれほどの被害をもたらした犯人がたった一人だという事だ。私が思うに科学が基盤となる現代社会だからこそ、その基盤を崩された結果、甚大な被害に繋がったのだと考えているが、たった一人にこの事態が引き起こされたという事実が多くの人に恐怖心を植え付けた。
情報が渦巻く社会である。過剰に膨れ上がった恐怖心によってその犯人の印象はどんどんねじ曲がっていき、想像以上に人々が抱く能力者に対しての認識が悪くなった。一時は能力者が全員悪とまで吹聴する輩も現れたが、不幸中の幸いというべきかその思想に疑問視する方向に社会が動き、今では生きづらさを感じずに生活できている。
幸いにもその事件以降、能力者による事件は起きていない。
能力者は全員悪というのは倫理的に流石におかしいよねー。
「………本当に大変だった」
私はスマホをテーブルの上に置いて、突っ伏す。
暇だ。いつも常連さんが来てくれるけど、あのご婦人もスズミさんも昨日来たから来ないし、ヒマリちゃんも昨日の今日で流石に来ないよね。
「お姉さん!昨日の今日だけど来たよ」
「……ヒマリちゃん大好き」
「うえぇ!あ…りがとう、えへへ」
しまった。口に出してしまった。ヒマリちゃんが恥ずかしがっているじゃないか。
「ていうか、学校はどうしたの?今日平日だよね?」
今日は水曜日である。
見ると、ヒマリちゃんは気まずそうに頬をかいて言おうか迷っている様子だった。
「今日から三日間、私ね。午前中で学校はおしまいなの」
「へー、それはどうして?そういう授業スタイル?」
「いや、今日から私の学年、修学旅行…だから」
「………」
ヒマリは赤い瞳を半分閉じながら俯いてそう言った。
そう言うことか。修学旅行中、学校に残る生徒は自習とかで解放されるんだっけ。と、言うかどう考えてもヒマリちゃんのこと悲しませちゃったよね。デリケートな部分に無理矢理触れたみたいになっちゃったし。
「…………ヒマリちゃん」
「え…と、はい」
そんな寂しそうな顔をしないで。
「今から、お姉さんと遊びに行こうか」
「………ッ!?うん!」
向日葵が咲く。