向日葵2
私は大抵の事では驚かない自信があるのだが、突然あんな高さで人が飛んで自分が吸血鬼だという少女が現れれば流石に驚く。
今、その少女は私の店の二階にある自宅のシャワーを浴びている。
(あれ、もしかしなくてもこの状況まずいのでは?誘拐、連れ込み、犯罪………怖い)
傘も差していなかった少女は超常的な力を有していても雨には濡れるようだ。びしょ濡れになった彼女をそのまま帰すわけにもいかず私は自宅に連れ込んだのだ。成人済みが未成年をである。字面がヤバい。
私がリビングで頭を抱えていると、シャワー室のドアが開く音が聞こえてきた。そして、私が高校生の時に使っていた体操服を着た少女が入ってきた。
(あれ、私が来ていた時よりも体操服が映えて見える。やっぱり素材がいいのかな)
「お姉さんシャワーありがとう」
「あ、うん…ココア入れたから飲みな」
「わー、やったー!」
少女はトテトテと近づいてきてマグカップを手に取り、ココアを飲み始める。こうしてみるとただの美少女なのだが、この子がさっき人間離れした動きをしたのはこの目で見ているため信じるしかない。
「聞いていいかな?君は能力者だよね、それも特別特異的なヤツ」
「そうだよ、私は吸血鬼の力を使えるの。身体能力は高いし、飛べるし、血を吸うの」
「へー本当に吸血鬼なんだ」
一つ聞き間違いであってほしいことを言っていたが、それよりも気になる事があった。
「君、どうして傘持ってなかったの?いや、助けてくれたのはありがたいんだけど。今日天気崩れるって予報だったよね」
「んー、傘は持っていたんだけど帰る頃には無くなってたんだよね」
おっと、ちょっとデリケートな部分に触れてしまったかもしれない。私が黙っていると、少女はキョトンとしてココアをちびちびと飲んでいる。
「へーそれは大変だったね。あ、そう言えば君の名前は?聞いてなかったから」
「私?私は、ヒマリだよ」
「そうか、ヒマリちゃんね。よろしく」
「お姉さんはなんてお名前なの?」
「えーーと、私はお姉さんでいいかな」
「分かったよお姉さん」
私は自分の名前を誤魔化してしまった。ただ漠然とこの子に私の名前を知られたくなかったのだ。幸いにもヒマリちゃんは素直に私をお姉さんとして受け入れてくれたみたいだ。
さて、次に考えることはこの子をどうやって帰すかだ。ヒマリちゃんの来ていたセーラー服は現在、家の洗濯機で洗っている。親御さんに連絡して天気が回復するまで、お店に居てもらおうかな。
「ヒマリちゃん、雨が上がるまでとりあえずここに居る?」
私がこう提案すると、ヒマリちゃんがぱあぁと顔を輝かせる。
「いいの?いいの?」
「あ、う、うん雨が上がるまでは」
「やったー!」
それにしてもヒマリちゃんのこの無防備さは心配になる。今はわーい、わーいと小さく飛び跳ねているのだが、私の服のサイズではヒマリちゃんには大きいのか、ふわりと浮き上がる体操服の間からヒマリちゃんのへそと鼠径部がちらつく。
「とりあえず、親御さんに連絡したらどうかな?雨宿りするから帰りが遅くなるかもって」
「そうかな、そうだね」
ヒマリちゃんは持っていたカバンからスマホを取り出して、リビングを出て行った。私は部屋を出ていくヒマリちゃんを見送ってコーヒーを啜る。口に含んだコーヒーを舌で転がして、少しづつ喉へ流し込んでいると店の扉に取り付けられたベルが鳴る。来客だ。
私は立ち上がって、一階に降りる。
「あれ、スズミさん。いらっしゃいませ」
「来ましたよ造花屋さん」
スズミさん。私がよく行く近所の喫茶店のマスターで、この人が淹れるコーヒーをいつも楽しみにしている。しっとりとした黒髪をいつも後ろで束ねて、すらっとした長身がいつも髪を揺らしている。私と身長が同じくらいなため170センチは超えているだろう。いつものコーヒーブラウンのシャツに黒のパンツが長身を際立たせる制服とは違い、ふんわりとした水色のワンピースを着ている。
何着ても似合うなこの人は。
「今日はどんな花にしますか?」
「そうですね、桃色と白いバラをいつもの量でお願いします」
「分かりました」
私はスズミさんからの注文を受けて造花を生み出していつものようにラッピングしていく。スズミさんは鼻歌を歌いながら店に飾られてある造花たちを愛でている。
私は手を動かしながらあることを思い出した。以前、似たようにバラの注文を受けてバラを生み出していた時、ふと青いバラはできるのかと試しに作ってみたらしっかりと青いバラを作り出すことが出来た。
(いつも、コーヒーいただいてるし今回はサービスという事で)
「はい、できましたよ」
そう言って私は、それぞれのバラの束と一本の青いバラをスズミさんに差し出した。
「あれ?この青いバラはどうしたんですか?」
「それはサービスです。いつも美味しいコーヒーをいただいてるので…」
「そんなぁ、いいのに。でも、ありがたくいただきますね!」
スズミは青いバラを手に取って満面の笑みを浮かべた。
まさかこんなに喜んでくれるとは思わなかったが、スズミさんのリアクションに私も微笑み返した。
「またコーヒー楽しみに喫茶店行きますね」
「はい、お待ちしておりますね!」
そう言って、スズミさんは店を出て行った。
手を振って見送っていると後ろから視線を感じ、ゆっくりと振り返るとぶかぶかの袖に隠れた手を引き戸に添えて、こちらを覗き込んでいた。
「いや可愛いかよ」
「ありがとー!」
「あ………うん」
しまった。どうやら口に出ていたみたいだ。
美少女がぶかぶかの袖で手が隠れている状態で何かやっているのなんてなんぼあってもいいですから。