向日葵1
「また買いに来るねー」
「まいどー」
菫の造花で作った花束を抱えたしわの深い女性がにっこりと笑って私の店を出て行った。
彼女はこの店によく来る常連様なのだが、毎回来ては小一時間世間話や旦那さんの愚痴を言って帰るのだ。彼女曰く、私が造花を仕上げるまでの暇潰しなのだと言っているのだが、私の造花は五分もあれば仕上がる。多分誰かと話をすることが彼女にとってのストレス発散なのだ。
「こんなのでも客が来るんだから世の中何があるか分からないよね」
そう言って私は掌を目線まで上げて向日葵の造花をポンっと出す。
先程、私の造花は五分で仕上がると言ったが訂正だ。造花を出すことはほんの数秒で終わってしまう。ラッピングにあとの時間を使うのだ。
突然だけど、この社会に生きる人間の中には科学では説明が出来ない『能力』を持つ者がいる。火を出す。空を飛ぶ。物を浮かせる。そして、造花を作り出す。
能力を持つ人間がどうして突然生まれ始めたのか未だに解明されていないが、人間という生き物には慣れという元々持つ力がある。時間が経つにつれて能力を持つ人間がいる生活が当たり前になっていき、社会はそれを受け入れた。一部の人間を除いて。能力とは何なのか?それを追い求めるのは能力の研究者たちだけになっている。
私は今を当たり前と思っている側の人間。自分が持つ『造花』の力を使って自分が住む町の住民に小さな彩りを与えている。
ぼー、と茎を親指の腹で転がして向日葵を回していると店の中がほんのり暗くなっていることに気がついた。どうやら彼女と話している間に雨雲が空を完全に覆い隠してしまったみたいだ。
「あちゃぁ、今にも降り出しそうな天気、あの人もう家に着いたかな?…………あ、洗濯物」
他人の心配をしている場合ではないと思い、急いで店の二階にある自宅のベランダに出て洗濯物を回収する。
(よかった、何とか降る前に回収できそう………て、うわ!)
突然強い風が吹いて、よろけてしまう。瞑った眼を開くと先程まで手に持っていたI♡フラワーTシャツが風で飛ばされてしまっていた。
「あーーーーーーとんでったーー」
がっくりと肩を落としてぱらつき始めた空を忌々しく眺める。室内に戻って傘と長靴を用意して外に出る。どこに飛んでいったかは分からないがそこまで遠くには飛ばされてないはずである。
ここら辺は川に沿って桜並木や建物が並んでいるため、飛ばされたTシャツも木に引っかかっていれば幸いなんだけど。
「と思ってたんだけど………」
まさか、木の一番上に引っかかっているとは思わなかった。
どうしようか、あんな高さでは私は届かないし、これから人に手伝ってもらうにも雨が本降りになり始めたのでそれも叶わなそうだ。傘を打つ雨の音を聞きながら視線を雫が跳ねる地面へ落とす。
(あれ……?)
落とした視線の先に自分の影もう一つ影が隣に立っていることに気付いて、顔を上げる。そして、私は瞬間目を見開く。透き通るような純白の髪と現実離れした宝石のような赤い瞳を持つ少女が立っていた。私が息を呑んで見惚れていることが目の前の少女には伝わらないでほしい。
私が時間を忘れていると少女はこくんと首を傾けてその小さな口を開く。
「お姉さん」
「え?あ、…ごめんね、どうしたの?」
少女に話しかけられてようやく私は現実の時間に戻ってきた。
「あれお姉さんの?」
「えっと、そうだけど」
そう言って少女は木に引っかかった私のTシャツを指さしている。私が頷くと、少女は濡れて肌や服に張り付いた髪をそのままに続けた。
「じゃあ私が取ってあげる」
「え?」
少女が何を言っているのか分からず聞き返すと、少女は木に引っかかった私の服に視線を向けていた。「どういうこと?」というセリフは次の少女の行動によりかき消された。
「ッ!」
少女は文字通り一瞬で木の高さまで大きく飛び上がった。それになんだか背中から蝙蝠の羽のようなものが生えているし、私は訳も分からず開いた口が塞がらない。
私が唖然としていると、少女は引っかかった私の服を回収して羽毛を落としたようにふわりと降りてくる。
「はい、お姉さん」
「あぁ、ありがとう………え、君は何者?」
私は少女から服を受け取って、今の純粋な疑問を口にしていた。少女は私の疑問に赤い瞳をぱちくりとさせた後、にっこりと笑ってこう答えた。
「私は、吸血鬼だよ!」
私はまた少女に見惚れる。
少女の鋭くとがった八重歯をキラリと見えた。