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麝香豌豆の香る宮廷―― グレートゲーム

 王室所有の豪華な大型馬車でふたたびアレクサンドラ・ホテルへ戻ったあと、穂波はまたスイートの一室で休んだ。ベッドに横になりたかったが、避けた。肘掛け椅子に身を沈める。


『斎門、サイモン・タッカー!』

 穂波が呼びかけても、体内の右眼はうんともすんとも言わない。

 三度呼びかけて、ようやく応答があった。

『何だ?』


『まずいことになった。どこの魔の者かわからないが、私にちょっかいを出してくる。若い……女だ』

『ほう?』

 と斎門は応じたが、驚いているようには聞こえなかった。


『気にならないのか?』

『気にしてもはじまらん。言っただろう、魔の者たちはどこにでもいる、と。若い女? 自分でなんとかしろ。防衛しろ。それくらいの才覚は身に着けさせたつもりだ。おまえが窮地に陥ったら、無論、こちらから援護する。最適の指示を送る』


『最適の指示を送る。安心できる一言だな。おまえ、このごろ勝手に通信回線を切ってくるが』

『こっちでも何かと忙しい。同盟締結は決まったも同然だ。ロンドンでおまえがまごつくことは最早なかろう?』


『両国の署名がなされるまで、何があるかわからない』

『何があるか? お楽しみの連続さ。年明けの予定はこうだ。三日にランズエンドが私邸で内藤をもてなす。四日に首相のセインズベリー侯爵が私邸で内藤をもてなす。午餐会だ。夕方には大和帝国の公使館で返礼の晩餐会。またセインズベリーが来る。閣僚も全員来るはずだ』


『予定を聞いただけで早くも目が回りそうだ』

『若く健康なおまえが何を言う。セインズベリーは年寄りで病人だぞ。棺桶に半分足を突っ込んでる。それが内藤と二週間のうちに四回も飯を食うんだ。あの尊大な超保守派の政治家が、だ。この熱心さはどうだ! 六日にはアルバート七世に内藤が別れの挨拶をする。場所はサンドリンガムになるだろう。その前に、ランズエンドが内藤にダメ押しのキスをするだろうな』


『キス?』

『今のランズエンドならやりかねん』

 斎門は大声で笑った。

『勲章も大盤振る舞いされるだろう。セインズベリーもランズエンドも、同盟に消極的な閣僚にメッセージを送っているんだ。植民地相のチェインバースあたりが反対してるからな。同盟を締結するからには、大和帝国にインド方面でも軍事的に協力させるべきだ、その条項を盛りこむべきだと主張している』


『そんな余力、こちらには無い』

『無い。今はな。将来はわからん。大和帝国もゲームに参加せにゃならんだろうさ』

『ゲーム?』


『最近の流行語だ。グレート・ゲーム。イギリスとロシュラントの対決。イギリスはロシュラントを封じ込めておきたい。南下も東進も阻止したい。大英帝国……世界の頂点に立つだけのことはある。抜け目がない。自分の駒になりそうな勢力は見逃さない』


『大和は駒なのか……』

『いいじゃないか。ポーン(pawn)()もいずれ成り上がる。だが、成り上がるのに時間を無駄にはできん。俺にはそんな気はないからな。アーミンを捉まえろ。アーミンてのは――』

 斎門はくすっと笑いをもらした。

『なかなか隅に置けない奴でな。美女を手なずけるのが巧い。手なずけて情報を収集する。まあ、何らかの見返りを与えるんだろうが。アーミンの行く先々でサークルのようなものができる。それを構成するのがアーミン・ガールズさ。ガールズに近づくのが――』


 ひょっとして……? 

 穂波は短時間で推理を組み立てた。

『何か隠してないか? 一時的に透明の術が無効化された。おまえがやったのか? 斎門?』

『穂波、おまえにはできるさ』

 甘ったるい口調で言い、斎門はまた回線を遮断した。


            ◇


 グレート・ゲーム。その規模の拡大があまりにも速すぎる、と斎門は感じる。

 速すぎると嘆いても詮無いこと、と斎門は独り言ちる。否応もなく、大和帝国は賭けに出なくてはならない。


 帝国の賭けは自分にとっても同じこと、と斎門は思う。

 先ずは、アーミン・ガールズを釣らなくてならない。用意した餌で魚を釣り、アーミンとのコネクションを構築しなくては。


 今回、穂波には微調整をほどこしてあった。一定以上の能力を持つ(一定以下はお呼びじゃない)若い魔女のいるエリアに穂波が入ったとき、〇・〇〇一秒だけ、位置情報を発信するようにしておいたのだった。信号には指向性をもたせてある。若い魔女だけが受信する。


 釣りに成功しさえすれば、あとは斎門の望むとおりに展開するはずだった。その確信を斎門は、自身の経験から、そしてミリセントを観察していて察知したことから、得ていた。

 穂波は魔の者をも悩ましい気分にさせる。

 どう悩ましいのか? 言語で表現するのは、ちょいとばかり難しい……。

 

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