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麝香豌豆の香る宮廷―― 絆③

 写真館での最初の数週間が過ぎたころ、思わぬ場所で思わぬかたちで、従妹と遭遇することになった。


 ホリデイに命じられるままに、ミセス・ブラックウェルの侍女となって出かけたのだが、着いた先で、降霊会が催されることを知った。

 登勢は驚いた。前もってそうと知っていたなら、従妹に頼みこむ言葉もよくよく考えて準備できたものを。焦って、従妹に不審な印象を与えてしまったかもしれない。

 

 降霊会は混乱のうちに幕引きとなった。何かとんでもない霊が降りてきてしまったようだった。あとになってミセス・ブラックウェルが言うには、

「何か、としか説明しようがないの。あたしにも正体がつかめない霊だったわ。子爵家に関係のある死者だと思うけど。ああいうときは、霊媒師のあたしが長居をすると、霊が暴れて恐ろしいことになるのよ」


 その後、しばらくして――

 藤村彦乃が白無垢に綿帽子というまぶしい姿で立派な馬車に乗り込むようすを、登勢は物陰から見た。馬車のそばにいた書生らしき男性にそれとなく話しかけ、従妹の結婚相手が堂本伯爵の身内の誰かであることを聞きだした。そんな真似をする自分が情けなく、やりきれない思いもした。


 なんとかして従妹に近づきたい。

 一方で、見通しは暗い、と薄々気づいてもいた。

 従妹も、自分の母親と同じように苦しんでいるのかもしれない。こちらの話を聞くなど、迷惑なだけかもしれない。

 かもしれないけれど……。

 思いは堂々巡りするばかりだった。


 

 師走も半ばを過ぎたある夕暮れ、新橋の路上で、登勢は竹富屋の女主人に声をかけられた。できあがった肖像写真を顧客に届けた帰りだった。


「元気そうじゃないか」

「おかげさまで」

「今、どこでどうしているのかい?」

 登勢は写真館での仕事を簡単に説明した。


「写真館。ま、悪くはないね。あんたが満足してるんなら、結構なことだけど」

 そう言いながら、女主人は登勢の袖に手をかける。


「実はね、さる伯爵邸が奉公人を探していてね。この暮れの忙しいときに、たてつづけに二人、胸を患って里へ帰ったとか。早急に誰か寄越してほしいと言われてね。とりあえず一人でもいいから早く、と。下女中さんの仕事だけど、腐っても鯛、伯爵邸だからねぇ。ウチとしては、なるべく器量よしを周旋したいところ。先々のこともあるし。――華族さんに奉公するってのは悪くない話だよ。出入りするお客人は、華族さんやら財閥の名士やらだもの。ひょんなことから、っていうのも……夢じゃない。ううん、大いに有りだと思うね、あたしは」

 竹富屋の女主人は、妙に含みのある目つきになった。


 登勢は、相手が望むところを察したものの、動く気はなかった。写真館の仕事に満足している。

 が、女主人は登勢の袖を放さず、耳元でささやいた。

「これ、あんただから先に教えるけど。奉公人を探しているのは芝の堂本伯爵さまでね」


 堂本。登勢は、はっとした。従妹の嫁ぎ先である。

「華族さんのなかでも、あのお宅ほど豪勢な所帯はそうそうあるもんじゃない。細かいことはおっしゃらない。上得意さまでねぇ」

 細かいことは言わない。口入れ屋への謝礼もけちったりしない。少々盛った数字の請求書もすんなり受けてくれる、ということらしい。


「時期が微妙なのはわかるけど。ちょいと考えておくれでないかい。給金の交渉もするから。――そうそう。ウチでも電話を引いたんだよ。これ、渡しとくから」

 電話番号入りの宣伝チラシが登勢の手に押しつけられた。


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