白無垢の婚約者―― 艶やかな髪の記憶②
女の艶やかな長い髪。それに自分が執着していると穂波が気づいたのは、九歳か十歳のころだった。
そのころ穂波は、自分には不思議な記憶がある、と感じていた。黒髪を結い上げずに風にそよがせている人。どこかまだあどけなく少女めいた面差しの美しい人。その人に抱かれて乳を吸う自分。
乳呑み児が何かを鮮明に記憶するなど、ありえるのだろうか? 子供心にも疑っていた。自分は夢を見て、その夢を後生大事にするあまり、いつしか現実の記憶と混同したのだろう、と。
母親の顔を知らずにいた。そうでありながら、大きな澄んだ瞳、ながい睫、ふっくらとした唇、細い顎。真っ白な肌。そして艶やかな長い髪。記憶とも夢とも判然としない心像のなかの女性は、はっきりした輪郭と印象を持っていた。その女性はまちがいなく自分の母親だ。説明のつかない確信があった。
さかのぼって、三歳か四歳ごろのこと。伯爵邸にホシノという下女中がいた。穂波はホシノが好きだった。
ホシノの匂い、声、表情、体温。すべてが自分にとってしっくりくるものだった。邸の裏手の洗濯場や女中部屋のあたりまで、そんな所へ出入りしてはいけませんと家令や満佐に何度たしなめられても、ホシノを追いかけていった。勝手口の暗がりなどでホシノに抱きしめてもらうと、心はとろけそうになった。幼いくせに、ホシノの腕のなかで狸寝入りの真似をする知恵さえ湧いた。
ホシノの髪は短かった。「どうしたの?」と訊くと、「誉めてくださる方がいて、高値で買い取ってくださったのです」という。「髪をお金に換えたりしちゃ、いやだ」と拗ねると、「はい。二度といたしません」と微笑んだ。寂しげな微笑みだった。
そのホシノが、ある日、忽然と消えた。
それから、いろいろあった。
九歳、十歳……。
消えたホシノはまぼろしの母親にそっくりだったと、そのころになって、気づいた。
穂波は自覚している。自分が性的に早熟だったことを。冷たく暗い蔵のなかで、自分独り。艶やかな長い髪を脳裏に描くだけで、甘い興奮が訪れた。




