表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/233

観桜会のうさぎ―― 魔の者二人①

 人力車リクショーから降りると、ミリセント・ブラックウェルは、勝手知ったるというようすでホールへ入っていった。畳んだパラソルを放り投げ、居間へと進みながら、顔にかかったヴェールを巻きあげて帽子を脱ぎにかかる。

「何か飲みたいわ。ただしコーヒーは結構よ。飲み物くらい自分で用意しろ、なんて野暮は言わないわよね、サイモン」


 斎門は、ミリセントが彼の銀製の葉巻入れに手を伸ばすのを横目に見つつ、キッチンへ入った。

 グラスを二つ用意し、スコッチを注ぐ。人間が使うガソジンなる道具で炭酸水をこしらえ、それでスコッチを割る。マドラーでちょちょい。こんなことをちまちまと手作業でする。エネルギー節約のためだった。ちりも積もれば、ばかにならない。ミリセントもまた、節約できるところは節約する、という考えでいるらしい。


 ソーダ割りを居間へ運んだところで、斎門は急に忌々しい気分に襲われた。ミリセントごときを俺がもてなす必要がどこにある?

 ちょっとした情報交換でもしましょうよ、などと囁かれて、夕食前の暇つぶしの相手にするのも悪くない、まあいいかと気を緩めたのが悔やまれる。早く追い返そう。


「ねえ、今日、麗しの天使の火花を見たわよ。火花じゃなくて花火かしら」

 火のついた葉巻を手に、ミリセントがにやりと笑う。

「そんなもの俺は目にしていないが」

 この相手とこの話をつづけるのは得策ではない。ミリセントを警戒して、斎門はそらとぼけた。脳裏には、感動の一瞬が鮮やかによみがえっていた。


「嘘おっしゃい。あなたの大事な大事な穂波と振袖姿の娘との間で、きれいな火花が飛んだじゃない。あの娘、うぶな感じで可愛いらしかったわね。ちょっとそそられたわ、あたしも」

 麦色の艶やかな髪を指先で触れ、ミリセントは、ふふっと笑った。

 

 ミリセント・ブラックウェル。パリ社交界一の貴婦人、ウィーンの高級娼婦。どんな役でもこなせそうな――じっさい、こなしている――美女だが、斎門の前では楽屋での姿をさらけだす。ここ大和(やまと)帝国の首都東京での身分は、グレイトエンパイア海運「横浜~上海」定期航路便船長の貞淑な妻、である。


「それにしても、あんな奇跡的なめぐり逢いを目撃できるなんて! あたしもわくわくしてきたわ。サイモン、これからどうするつもり?」

 斎門は愛用の肱掛椅子に身を沈め、平静を装った。

「何の話だ」


「興味のないふりしちゃって。つい昨日まで、あなたは安泰だった。この島国はどうにかこうにか異国の侵略を防いできた。でも、これからはどうなるかしら? 頭が痛いわね。あなたなら打つべき手は抜かりなく打つ。きっと、そうでしょうけれど」


 ミリセントは楽しそうだ。いつのまにか、上品ぶったフランス語から英語になっている。しかも、本人は気づいていないようだが、ところどころロンドンの下町なまりが顔を出す。


「俺のビジネスに首を突っ込むな」

「あなたは穂波に仕事をさせるべく、準備を始める。なぜなら、あなたは――」

 ミリセントはおかまいなしにしゃべりつづけ、葉巻を深く吸い、さぐるような目つきになった。

「ミカドのそばを離れたくない。離れられない。そうでしょ?」


 まったく余計な一言だった。斎門は、かっとなった。

「要らぬ詮索はするな!」

 ミリセントは笑い転げた。

「サイモン、あなたが好きよ。可愛いいんですもの」


 斎門は火炎を放った。

 瞬時に、ミリセントが天井に張りつく。

 頭上から甲高い笑い声が降ってきた。

「そんなに興奮して怒るところを見ると、ミカドへの恋心は本物なのね」

「そろそろお帰り願おうか」


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ