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繻子のお茶帽子―― サムライと牛乳

 斎門匠が必要な情報を集めるのに、一週間もかからなかった。

 斎門が知りたかったこと、知りえたことは、いくつかの事実と人間の心の動きのだいたいのところ、に過ぎない。だいたいのところで、いつも間に合う。


 藤村彦乃の父親の巌は士族、正確には、没落しかかったところをあやうく切り抜けた士族、であるらしい。弟と二人、寡婦となった母親(彦乃の祖母だが)と未婚の妹を支えながら、瓦解後の混乱期を、耐え忍んだり工夫したり、ちょっとした幸運を引き寄せたりして、なんとか乗り切った。


 これからの大和やまと民人たみびとは肉を食べ、牛乳を飲むべし。滋養を摂るべし! という政府の大号令が、乳牛飼育、搾乳、販売という新たな経済活動への路を開いた。維新を境に無職となった士族への、授産施策でもあった。


 牛乳は大当たりだった。

 とはいえ、この商売でも失敗し、飢えて消え去った士族は多いという。藤村兄弟の妹の結婚相手も失敗組だったらしいが……まあ、妹夫婦の消息は、どうでもよかろう。不要と判断したものを斎門は深追いしない。


 さて。

 混乱と新政府の迷走が一段落した明綸めいりん十年という時点で、彦乃の父親は、まずまず成功した部類に属していた。


 旧時代のころより、一家が暮らす古びた屋敷があったが、巌は弟と二人、その近所に土地を借りて柵で囲い、乳牛を三頭飼うところから始めたのだった。


 搾乳し、すぐに売りに歩く。売れ残ることは、まず、ない。そんな毎日だった。

 隣接地をさらに借り上げ、牛の数を増やした。搾乳する人手も二人ほど雇った。どんどん売れた。


 ただ、急激な事業拡大には慎重を期した。乳牛は、いきなり頭数ばかり増やしても、いつなんどき病気で全滅しないともかぎらない。輸入牛は最初から病気持ち、ということも少なくなかった。士族どうし、同業者どうし、集まって勉強会を開いたりした。


 もう、サムライじゃない。もう、腰に二本差していた時代など、思いだしもしない。前を向いていくだけだ。稼いで、妻子を養わなくてはならない。跡継ぎをもうけて、立派に育てなくてはならない。家名を守らなければならない。


 巌は三十歳を目前にして、五歳年下の鶴子を娶った。同じく、没落しかけた士族の娘だった。鶴子も牛の世話を厭わない。


 すぐに長女の愛子が誕生した。鶴子に似た器量よしだった。賢いところも似ている。とはいえ、愛子が受けた学校教育に近いものは、士族仲間が開いた小学私塾へ通った四年間に過ぎない。基礎的な教養くらい親が娘に身につけさせてやれる、と巌も鶴子も自負していた。


 愛子誕生の五年後、次女の鞠子が生まれた。

 さらに八年後、三女の彦乃が生まれる。巌の収入はかなり安定してきていた。

 生家の周囲の土地を買い増し、小さいながらも「我が家」を新築したのが、この頃のことだった。弟も所帯を持ち、独立していた。


 長女の愛子は十六歳で従兄と結婚した。巌の弟の次男を、婿養子として迎えたのだった。この若い夫婦も、乳牛相手の事業に邁進することになった。


 鞠子が小学校を卒業するころ、巌は高額納税者の末端のさらに末端あたりに名前を連ね、わずかながらも資産と呼べるものを築いていた。


 鞠子を華族女学校へ入れる。ある日、思いついた。悪くない考えだ。開校当初から、士族と平民の入学枠も設けられている。華族は授業料が免除され、士族と平民はそうではなかったが。

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