ヘッドフォン
三題噺もどき―ろくじゅういち。
お題:ヘッドフォン・外・無音
「……いってきます………。」
誰に聞かせるわけでもない、小さな声でそう呟いて、家の外へと出る。
一歩出れば、そこには人の音が、声が、溢れている。
それを遮断するために、ヘッドフォンをつける。
耳を覆うそれは、黒のシンプルなもの。
派手でも何でもない。
けれど、必要不可欠な、なくてはならないモノ。
その先には、なにも繋がっていない。
これをするのは、音楽を聞きたいとか、そう言う理由ではないから。
―ただ、外の声を、音を、聲を聞きたくないから。
それだけ。
幼い頃から、たくさんの、あれやこれやがあって。
そのおかげで、そのせいで。
人を信じることが出来なくなり。
他人など、自分以外の人間など、信用ならないと、知ってしまって。
そこまでする必要はなかろうと、言われるかもしれないが、これは自分を守るために必要なのだ。
人間の信用のなさを痛感してしまうと、聞きたくもない話が聞こえてしまう。
自分に向けてではなくとも、それが向けられていると思ってしまうのだ。
―逆にそうやって聞くことによって、避けられる物事もあるにはあるが。
それだって、たまにあるぐらいで。
大抵は嫌なことで、聞きたくもないことで。
小さな声で呟かれることが嫌い、他人の笑い声が嫌い、電車の走る音が嫌い、他人を怒鳴っている声が嫌い、他人が泣いている音が嫌い、他人に向けられた声が嫌い、自分に向けられた声が、嫌い。
嫌いで、怖くて、恐ろしくて、聞くに堪えなくて。
だから、自分を守るために、これ以上世界に絶望してしまう前に、ヘッドフォンをして、無音にして、外の声など、「聲」など、聞こえないようにして。
そうやって、守ってきた音のない世界が、壊れないように。
知りたくない事から、目を背けて、耳を塞ぐように。
今日もまた、ヘッドフォンを付けるのだ。