6.ぶつかり合う心
「ガア!」
最初に動いたのはキメラの方だった。
オスカーとの距離が半分まで迫ったとき、角は5発の炎弾を放った。炎はそれぞれの動物の首を正確に狙い撃ち、オスカーは巧みな脚運びでキメラの突進を避けていく。
キメラとオスカーの追いかけっこが始まった。
――オスカー、援護するよ
オスカーはアンジェリカの火傷を気にしていたが、彼女は更に言った。
――角の意識だけ貸して
――了解
キメラの脚の方が速いが、オスカーは曲線的に逃れていく。そのうえ両者の距離が迫ると、角からは何発かの炎弾が発射され、それらはキメラの顔を攻撃した。
「ガアア!」
「……」
なんという威力だろうとオスカーは思った。自分の炎弾の威力を100とすると、アンジェリカは150ほどの鋭さ、つまり密度や温度を持っている。
それだけでなく、同時発射数もアンジェリカの方が一枚上手という雰囲気である。
――走ることに集中して!
――ああ
再び角の周囲に炎弾が具現化すると、聞き覚えのある声が響いた。
「待て、そいつの首は盾のようなものだ!」
姿を見せたのはマベリックだ。彼の口元には血の跡がある。
「たとえ引きちぎったとしても、すぐに復活する」
「何だって!?」
オスカーが背後を睨むと、キメラは焼け焦げた首を自分から切り落とし、新たな狼や犬の首を蘇生した。
「多分、奴の本体は牛の部分だ」
「わかった」
心の中で強く念じると、角が再び光った。
飛び出した炎弾は6発。それらは曲線的に飛びながらキメラの腹部を繰り返し狙い撃った。
「グオオオオオオオオ!」
全ての首は呻き、よだれを垂らしながらオスカーを睨んでいる。
「よし、奴さんには聞いてるみたいだぞ!」
マベリックが労うように言うが、オスカーは険しい顔をしていた。
「だんだん、眠くなってきた……」
「は……?」
――ごめんなさい。私自身の気持ちで撃ってた。体から出れば……
――やめた方がいい。君は全身に火傷を負っている
今まで数々の魔法を使い続けたオスカーには、もはや限界が迫っていた。
彼は懸命に考えてた。どれくらい炎の弾を撃てる? 10……いや、もっと少ないし、これからは威力も目に見えて下がるだろう。
オスカーは距離を取ると振り返り、キメラを睨みつけた。
「……」
「グオオオオオ……」
キメラの首は、どれも怒りに満ちていた。どうやら向こうもいい加減に決着を付けたいようだ。
こちらも、これ以上の消耗戦は遠慮したい。
オスカーはしっかりと角を構えた。
オスカーとキメラは一気に駆け出した。首はどれも牙を剥き、ぶつかり合ったときにオスカーに噛みつこうとしている。
一方オスカーの周囲には燃え上がる炎が現れだした。
両者がぶつかり合うと、オスカーの額の角がキメラの胸に深く突き刺さった。心音がオスカーの体に伝わってくる。
「……」
オスカーは不思議な気持ちになった。キメラも生きている。いや、彼らにも合成される前の記憶が、生き物だった時の生きざまがあるようだ。
脳裏に、キメラの元となった牛の姿が現れた。
――僕は、人間になりたかった
――人間に……?
聞き返すと牛は頷き、ゆっくりと語りだした。
――僕は牧場に来た時から、家畜として特に変わらない生活をしてきた。朝起きてご飯を食べて、畑を耕すことを手伝って、夕食を食べて、ゆっくり眠る。だけど……
そのつぶらな瞳がオスカーを映した。
――僕はどうしても、その先を知りたかった。僕を動かしている人間は何を考え、何を思っているのか知りたかった。
――ぼくと……似てる!
瞳には涙が浮かんだ。
――だから、その、先に行こうとした
――わかる。僕だって、いや、家畜なら誰でもそう思う……!
だって人間は凄いんだから。オスカーは初めて気の合う友人に巡り会えたと思ったとき、その背後からおぞましい声が聞こえてきた。
――貴方のその願い。とてもおもしろいですね
オスカーが感じたのは寒気だった。記憶の中の雄牛は当然のように答えた。
――わかってくれるの
――もちろん。その願いを叶え、人間と同じにして差し上げましょう
その声に導かれ、いや騙されて雄牛はキメラとなった。彼がまずしたことは、牧場主の命を奪う事だった。
――僕は、こんなことをしたいんじゃない。人間を踏みつぶしたくない
「一緒にいたかった。寄り添いたかっただけなんだ――!」
オスカーの意識が戻った。キメラを見ると全ての首からは涙がこぼれ落ちている。
その時に直感した。苦しんでいる彼を、今の自分なら救い出すことができるのではないだろうか。
「…………!」
気を高めると、オスカーの角が光りを放ちダークキメラの体にヒビが走り出した。
やがて砕ける岩のようにキメラの体が崩れ落ちると、オスカーは角を光らせながら脚元を見た。そこには、まるで眠るように息絶えた牛が横たわっている。
――ありがとう。僕を地獄のような日々から救ってくれて……
「安らかに……」
オスカーは角で十字を切ると、牛の体は溶けだすように浄化され、土へと還った。
「これが……森の勇者の……ユニコーンの力!」
番犬マベリックが言うと、オスカーは難しい顔をしたまま彼を見た。
「どうやら、ぼくにしかできないこともあるみたいだね」
マベリックはしっかりとオスカーを見た。
「これからどうする?」
問いかけられたオスカーは牧場を見渡した。犠牲になったオリヴァー夫妻と、果敢に戦った末に力尽きた番犬たち、それに黒焦げになった武装盗賊団が横たわっている。
「これを見て、今の僕の姿を見たら……人間たちはどう思うかな?」
マベリックは難しい顔をした。
「なあ、ボン侯爵を頼らないか。きっと力になってくれると思う」
「それは駄目だよ。この武装盗賊団は彼らだけじゃないでしょう。いくらボン侯爵でも、キメラなんて差し向けられたらタダじゃすまないと思う」
「……確かにそうだな」
オスカーは目を瞑ると、アンジェリカに問いかけた。
――アンジェリカには悪いけど、牧場は放棄するよ
アンジェリカにも葛藤があったようだ。少し経ってから返事が来た。
――仕方ないね。貴方たちが安心して暮らせる牧場を、どこかで作りましょう
「行こう」
「承知した」
オスカーたちが歩き出すと、頬を風が撫でた。
その風には懐かしい匂いが混ざっており、オスカーの真っ赤な目が見る見る開いていく。
「これは……」
振り返ると、半透明のどこかオスカーに似た牝馬が立っていた。
『久しぶりですね。皆さん……それにオスカー』
――リトルアライズ……?
アンジェリカは裏返った声を響かせた。マベリックは目を丸々と見開いており、オスカーに至っては涙目になっている。
半透明の牝馬リトルアライズはまず、マベリックを見た。
『マベリック。命懸けで我が仔を守ってくれましたね』
その瞳に涙が浮かんだ。
『ありがとう……本当にありがとう……』
マベリックもまた、涙腺を緩めたまま目を逸らした。
「大したことはしていないよ。それより、息子さんと話を……」
『わかりました』
リトルアライズは厳しい表情をした。
『オスカー』
彼女の口は動いていたが、声は頭の中に直接響いてくる。
『人間の力を借りずに自分たちだけの力で生きて行くのは……辛いことですよ』
オスカーは表情を戻した。
「わかっているよ。だけど、あの武装組織は僕を狙っていた。人間に保護してもらえたとしても、今度はその人に迷惑をかけると思う」
『……』
「リトルアライズ。俺も……マベリックも同じ気持ちだ。何せ俺たちは連中を目撃しているんだからな」
――ええ。私もそう思う
牝馬リトルアライズは、オスカーたちを見つめた。
『貴方たちが本気だということはわかります。ですが、言うこと以上に行うこと……特に継続することがどれほど大変なことか、私は競走馬として身をもって知っています』
オスカー一行が頷くと、リトルアライズは険しい表情でオスカーを睨んだ。
『だからオスカー、その角を懸けて私と勝負をしなさい!』
「……ッ!」
はあ、やっと出番を貰えた。あ、申し遅れましたが、私はアンジェリカです。
もう逢えないと思っていたリトルアライズに会えて、何だかとても気分が高揚していますので、このまま皆さんに、お約束のお願いをしたいと思います。
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あ、いよいよ始める。次は注目の母仔対決!




