23.突き付けられた敵意
亡者ユニコーンとの戦いから1週間後。
カワラバトのジョニーは、木に止まって教会を眺めていた。
そこは地方の教会とはいえ、司教が滞在する規模の大きな場所である。今は質素な服を着ているにも関わらず、司教には威厳があり、任務に失敗した白の兵団に厳しい目を向けていた。
「……でこれだけの被害を出した上に、ユニコーンホーンは黒い馬にまんまと掠め取られた……と」
「面目ありません」
司教は険しい顔をすると、十字を切った。
「神よ……我が部下をどうかお許しください」
そう祈ると、司教は隊長を見下ろした。
「これほどの犠牲者を出した以上、貴殿には罰を与えねばなりません」
「如何なる罰も、甘んじて受けさせていただきます」
隊長が頭を下げると、司教は言った。
「では、貴殿には今日限りで隊長を退任していただきましょう」
その言葉を聞いた部下3人は表情を変えた。
「そ、そんな!」
「お、お待ちください司教様……隊長は白の兵団に必要な男!」
「そうです、必ずやあの黒い悪魔を見つけ出し、角を奪ってご覧に入れます」
その言葉を聞いた司教は、より険しい顔をした。
「殺めるのでは、我が教会の教えに相応しくありません。生け捕りにし、自らの罪を悔い改めさせなさい。そのうえで、この教会に連れてくること」
「……」
「……」
「……」
その言葉を聞いた部下3人の顔は青ざめた。あの化け物じみた空飛ぶユニコーンを殺すのではなく捕らえ、更に悔い改めさせて教会に連れてくるなど不可能だと思っているようだ。
司教は厳しい表情のまま言った。
「できないのなら、貴方がたも左遷です」
「無茶はよせ」
隊長が言うと、部下たちは無念そうに顔を下に向けた。
「そしてあなた方の次の勤務先ですが……」
司教が地図を出すと、隊長と部下たちは驚いた様子で表情を変えた。
「ここは!」
「フィン丘陵の近くではありませんか!」
司教はしっかりとした目で彼らを見た。
「ここの村の人々は、日々様々な動物に襲われながら生活しています。ここに行って彼らのために尽くしなさい」
隊長一行は、つま先までびしっと揃えて敬礼した。
「はっ、直ちに準備に入ります!」
「……頼りにしていますよ」
その話を聞いていたジョニーは飛び立つと、オスカーの元へと向かった。司教の教会から30分ほどかけてフィン丘陵へと到着すると、彼はいつも通りに空からオスカーの姿を探した。
「今日のオスカー様は~っと、んん、いつもの場所にいないな」
「ジョニーではないか」
「おおっ!?」
なんとオスカーは、フィンから空の飛び方を習っていた。
「何かおもしろいことがあったのかい?」
「お、おう、司教さまの教会を覗いたら、おもしろいことがわかってよ」
フィンも頷いた。
「あと5分ほど飛んだら、今日はここまでとしよう」
「わかりました」
空から降りたオスカーは早速ジョニーを見た。
「それで、何がわかったんだい?」
「前に亡者ユニコーンと戦ってたホワイトファイターたち、この丘陵の近くに左遷されたらしい」
「……なるほど。警戒されたか」
フィンも頷いた。
「人間の集落からは見えない場所で訓練しておいて正解だったな」
「ええ」
ジョニーは視線を後ろに向けた。
「誰か来たな」
間もなく、フィンの部下である古馬がやってきた。
「長、ユニコーン会から使者がお見えです」
「わかった。通してくれ」
古馬が歩いて行くと、オスカーはフィンに尋ねた。
「ユニコーン会とは?」
「この大陸東部には、大小様々な馬の群れがあるんだ」
「その群れの代表が集まる、組織のようなもの……でしょうか?」
「ああ、一つ一つの群れが小さくても、たくさん集まれば列強種族にも対抗できる……ということだ」
「なるほど」
間もなく、ユニコーン会の使者が現れた。その額には角こそないが、多少なりとも大地のオーラが漂う貫禄のある牡馬だった。
「遠路はるばるご苦労だった。して、何用かな?」
「単刀直入に伺いたい。フィン殿は人間の育てた家畜を次期リーダーに指名しましたか?」
フィンは表情を曇らせながら頷いた。
「ああ」
「ご子息がいるにも関わらず、その判断を行った理由をお聞かせ願いたい」
「我が群れは、人間の住処に最も隣接している。このオスカーはまず武勇に長けていること。人間の生態を熟知していること。まだ若いにも関わらず優れた判断力を持っていること。この3点を理由に次期リーダーに指名した」
「さようでございますか……」
そこまで言うと、使者はフィンを睨んだ。
「大変残念ですが、ユニコーン会は森の主たちの組織。家畜をリーダーに迎えようとする軟弱な群れなど必要ないと、多数の群れから指摘を受けています」
フィンの表情は険しいものになった。
「我々馬族は、人間や他の種族に敗れ続け、次々と領土を失っていることは知っているか?」
「存じています」
「我ら馬族に最も必要なのは種そのものの結束。生まれでいがみ合っているうちは……」
フィンは声を荒げた。
「現状は悪くなる一方だとなぜわからん!?」
オスカーは、その迫力に身震いした。フィンは淡々と喋るリーダーという雰囲気だったが、あれはあくまで部下の馬たちの言葉を代弁していたのである。
今の言葉は、ずっとフィン自身の胸の内にしまっていた本音なのだろう。そう思わせるほどの凄みがあった。
「と、とにかく、結論を申し上げます。近日中にユニコーン会で臨時集会が開かれます。議題は恐らく……この群れを追放するか残留させるかでしょう」
「……つまり、我々に出席の権限はなさそうだな」
「はい、結論が出たら再び参ります」
フィンはため息をついた。
「わかった」
「では、御免」
使者が立ち去ると同時に、オスカーは血の気が引いていくことを感じていた。今のやり取りを多くの馬たちが木陰から眺めており、やがてひそひそと囁きだしている。
彼らが、夜逃げの相談をしていることは明らかだった。
「……」
このフィン丘陵は、オスカーが関わってしまったがために崩壊の危機に瀕している。かつて武装盗賊たちが自分の馬房の前で言って、お前さえ生まれてこなければという言葉が、脳裏によみがえった。
「長オスカーアライズにとっての最初の試練だ」
「……!?」
フィンの言葉を聞き、オスカーは決意を固めた。




