21.フォレストキャップ
角でフォレストキャップを突いたからだろうか。レースが始まると同時に、彼の思念が流れ込んできた。
――青い馬体と、炎と風の角か……まるでフォレストゲイルだ
オスカーは最初の崩れた柵を飛び越えると、最初のコーナーを走っていく。2番手はフィン、フォレストキャップは最後尾である。
先頭を走るオスカーは、2つ目の崩れた柵も飛び越え、第2コーナーを悠々と進んでいく。フィンとの差は4メートル。フォレストキャップとの差は9メートル。それぞれは自分のペースで走っている雰囲気である。
オリヴァー練習場は特殊な構造をしているため、オスカーは第3コーナーへと入った。そこでも崩れた柵、いや、彼の表情が変わった。
「水たまり!?」
崩れた柵の先に水たまりができており、天然の水濠ができていた。オスカーは強めのジャンプで飛び越えたが、続くフィンは水たまりに脚を踏み入れ、フォレストキャップも柵に少し脚を引っ掻けていた。
「……!」
続く第4コーナーでも、オスカーは驚いていた。
以前はただのカーブだったが、柵が倒れて新しい障害物となっている。オスカーは何とか飛び越えると先に進み、フィンやフォレストキャップも無難に飛び越えて先頭を追った。
オスカーは2周目に入った。5メートル後方にフィン、12メートル後方にフォレストキャップがいる。
――脚力、体力ともに申し分ない。私が競馬場で相まみえたかった競走馬とそん色ない!
オスカーにとって、これ以上嬉しい言葉はなかった。
彼が渇望していたのは自分を認めてくれるライバル。流れ出そうになる涙を堪えると、歯を食いしばって走っていく。
その思いが彼に更なる力を与え、どこかぎこちなかったフォームが少しだけ滑らかになった。
――そのフォーム……フォレストゲイル!?
フォレストキャップから強い思念が放たれると、オスカーはとても羨ましく思った。
恐らく、フォレストゲイルとはフォレストキャップの父親のことだろう。きっとこの競争をどこかで見守っているのだろう。母馬と一緒に。
フォレストキャップは良血馬として生まれ、あの戦場で果てるまで大切にされたに違いない。
父はおろか、母すらいなかった自分とは違う。そう思ったとき、フォレストキャップの意識が流れ込んだ。
――勘違いしてもらっては困る。フォレストゲイルは母の名だ。
その声が低くなった。
――私は母が大好きだった。ずっと甘えていたかった。実際に甘えすぎていたから、同級生たちにマザコンキャップと罵られたのだろう
「……」
マザコン。そう呼ばれるなんて、とても恵まれた立場の子供だ。母のいなかった自分とは比べ物にならない。そう悔しさを噛みしめると、フォレストキャップは自嘲した様子でつぶやいた。
――今にしてみれば、そんなことなどどうでもいいと思う。だけど、当時はとても嫌だった。とてもかっこ悪くて情けない子供だと自分で思っていた。だから、強がった
「……」
オスカーは第3コーナーへと入った。
2番手のフィンとは6メートルの差があり、最後尾のフォレストキャップとは14メートルの差が開いている。
――だから、私は男らしくあろうとした。率先して競馬場に出て、1着になり続け、同級生たちを見返そうとした。
彼の言葉が弱くなった。
――しかし、世の中はそれを許してくれなかった。戦争が激化すると、まずは同級生たちが徴用され、成績の良かった私にも、お呼びがかかる日が来た
オスカーの心理状態は、とても冷静に戻っていた。
――そして、あの古戦場へと……?
――ああ
「……」
「……」
――私が最期に見たのは、一緒に徴用されていたフォレストゲイルの……泣き顔だった
オスカーは歯を食いしばって走っていたが、背後にいたフィンは冷静だった。
――なぜ、その話を今?
訝しい顔をしていたフィンだったが、意味が分かったらしく表情を戻した。
「……そういうことか」
オスカーが第4コーナーを抜け、最後の直線に入るとフィンやフォレストキャップも足運びを速めた。フィンは風の加護による追い込み、そしてフォレストキャップは魂を燃やすように炎をまといながら進んでくる。
オスカーは走りながら、少しずつ息を整えた。
残り150メートル。オスカーとフィンの間は6メートル半。フィンとフォレストキャップの間は5メートル。
残り100メートル。オスカーとフィンの間は3メートル半。フィンとフォレストキャップの間は2メートル半。
オスカーはゴールの先に3頭の牝馬の姿を見た。その中には母リトルアライズの姿もある。
その口調や性格は、大好きなエマによく似ている。もしかしたら知らず知らずのうちに、母親の面影を探していたのかもしれない。
「そうか。そうだな……」
彼は笑うと、闘志を燃やすように風と炎の力を解放した。
残り50メートル。オスカーとフィンの間は4メートル。フィンとフォレストキャップの間は50センチメートル。
残り25メートル。オスカーとフォレストキャップの間は2メートル。フォレストキャップとフィンの間は1メートル。
フォレストキャップの顔が見えたところで、思念で言葉を伝えた。
――牡馬は皆……マザーコンプレックスを抱えているのかもしれん
――!!
間もなく3頭がゴールポストを走り抜けた。
1着はオスカーアライズ。2着はフォレストキャップ。3着はフィンの順番だった。
『女々しい。と思うことが……まさか普通のことだとはな』
「生き物が他者を罵る時は、自分の劣等感をぶつける……という話もある」
『はは……はははははっ。そのことにもっと早く気づいていればよかった!』
フォレストキャップの体は、少しずつ薄くなりはじめた。
『約束は果たす。だが、その前に……』
「ああ、家族に会ってこい」
彼の体は夜空に溶け込むように薄くなると、駆け上がっていった。
おお、いいレースを見れました。
申し遅れました。私はこの牧場主のオリヴァーです。妻と娘の3人だけでひっそりと、しかし、牧場主としての誇りを持って動物たちを育ててきました。
リトルアライズ、オスカーは……しっかりと成長しているようだ。このまま逞しく生き抜いて欲しい。
それに娘のアンジェリカ。中犬マベリック。お前たちも頑張っているぞ。お父さんとお母さんは草葉の陰から応援しているからな。
ん、何か忘れてるような……まあいいか。はははははは……




