1.ノロマのオスカー
青毛馬が走っていた。汗を流しながらも牧草を蹴っている。
このオリヴァー牧場は、村はずれにあるオンボロ牧場だ。だけど馬が走り込みをするだけのコースはあり、やる気さえあれば練習できる環境は整っていた。
「はぁ……はぁ……」
汗をびっしょりと流しながらも青毛馬は、懸命に牧草を蹴った。毎晩のように秘密の特訓をしているんだ。
負けない。今日こそ勝つ。そう思いながらラストの直線コースへと入った。
「……!?」
ところが、後から走ってきた0歳馬に抜かれた。それだけでなく2頭目、3頭目と立て続けに抜かれていく。
――そんなバカな……彼らはいつ努力していると言うんだ!?
そう思いながら、青毛馬は一番最後に出入り口の前を通過した。
「……」
青毛馬は、ゆっくりと脚運びを緩めていくと、先にゴールしたワルガキトリオは、ニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
「あいかわらずノロマだなオスカー!」
「ほんとうにレンシューしてんの?」
オスカーが答えるよりも前に、別の仔馬がからかうように口真似した。
「してるよー、まよなかにたっぷりと!」
仔馬たちはどっと笑った。
「かわいそーに、サイノーないんだな」
「オマケに目がまっかっか~」
「それは生まれつきだよ!」
青毛のオスカーが赤々とした目を見開くと、仔馬たちはギョッとしたようだ。
「うわ……こわいこわい、やめろやめろ!」
「あっち行こうぜ」
「うん」
ワルガキトリオが走り出すと、オスカーは羨ましく思いながら後姿を眺めた。
毎晩ずっと努力を続けている自分より、練習サボりの常習犯である彼らの方が速いのである。人間たちがどちらを大切にするかといえば、ワルガキトリオの方である。
「はぁ……うらやましいな。ぼくと何が違うんだろう?」
ため息交じりに嘶くと、声が聞こえてきた。
「うーん、これは筋肉のつくりから違うね」
「わかるわかる。ワルガキトリオは跳ねるように走ってるけど、ノロオスはいかんね。動きがぎこちない」
「力自体はありそうなのが勿体ないよ」
そう言っていたのは、近所に住む牧場主たちだった。この道数十年というベテランたちの目は鋭く、ほんの数秒眺めただけで、オスカーの才能の無さを見抜いている。
「……」
オスカーが絶望している間も、牧場主たちは世間話でもするようにオスカーを鑑定し続けた。
「こんな馬をよくボン・クラデス様も買おうとしているよな」
「青い毛並みに赤い目だからじゃないか。こんな不吉な馬がダークエルフにでも見つかったら大ごとだ」
牧場主の1人は頷いた。
「エルフは厄介だよな。見た目は人間とは変わらずに、凄い戦闘力を持ってる」
「吟遊詩人の話のように、耳でも尖っていてくれれば見分けもつくのになぁ」
「そうそう。どこぞのノロマ馬みたいに見分けられれば狼のエサにでもできるんだけどな」
「……」
オスカーは、なんで僕は馬になんて生まれてきてしまったのだろうと思っていた。人間として生まれてこれれば、脚の遅くても何か向いている仕事ができたかもしれない。
こんなことなら生まれてこなければよかった。そう思いながら、オスカーは納屋の中へと戻った。
その日の夕方、牧場主の娘アンジェリカがやって来ると、オスカーの馬房の前で立ち止まった。
「ん? どうしたのオスカー?」
「……なにが?」
アンジェリカは、オスカーのバケツに入ったミルクを眺めた。
「ミルク、全然減ってないじゃない」
「飲みたくないんだ」
オスカーはそう言いながら寝そべった。彼の馬房には母親の姿はない。母親は彼が産まれたその日に難産が祟って死んでしまっている。
アンジェリカは、そっとオスカーの額を触った。
「……平熱だね」
「ぼくにかまわないで」
「……」
アンジェリカが去ると、オスカーは思った。
お母さんがいないのが嫌だ。いつも虐めてくる3頭の同級生が嫌だ。毎日、集まっては僕の悪口ばかり言っている近所の人たちが嫌だ。だけどそれ以上に……自分自身が嫌だ。
「もう、練習なんてしてもムダだな」
翌日も、翌々日もオスカーはミルクを飲むことを拒否した。馬房の中でうずくまるように寝転がっていると、いじめっ子であるワルガキトリオがやってきた。
「おい、ノロオスなにひっくりかえってんだよ?」
視線だけ向けると、話しかけた仔馬は身を引いた。
「うわ、目がしんでるよ」
「びょーきにでもなったんじゃね?」
「ノロオスなんて、いてもいなくてもいっしょだし」
「そうだな、いこいこ!」
オスカーは、馬房の奥を眺めた。
何だかぼくは生まれてからずっと、嫌だとしか言っていない。何だかそんなところも嫌になる。本当は何かに感謝したいのかもしれない。だけど、感謝するほど満たされるものがなにもないんだ。
「……」
「……」
そういえば、ここで母さんはぼくを産み落としたんだよな。そう思いながら目を細めると不思議な気持ちになった。
――どうして、こんなぼくを産んだんだろう?
「……」
「……」
「どうでもいいか。だって、ぼくなんて生きててもしょうがないんだもん」
そう吐き捨てると、オスカーは眠った。
目覚めると夕暮れ時になっていた。
オスカーは目を開いたり閉じたりしながら耳を立てると軽やかな足音が聞こえてくる。アンジェリカだ。
「オスカー、体の具合はどう?」
彼女はそう言いながらミルクを持ってきた。
「いいよ、飲まないから」
アンジェリカは表情を変えた。
「のまない?」
どうやら、その一言で彼女は確信したようである。
「どうしてのまないの?」
「飲んでも仕方ないじゃないか! だってぼくは不吉なんでしょ! この目も毛も!!」
「そ、それは……」
アンジェリカが目を白黒させる間も、オスカーの苛立ちは収まらなかった。
「何でぼくなんかを産んだんだよ。お母さんはバカだ!」
ずっと胸の内でため込んでいた一言を吐き出すと、アンジェリカの目は大きく開き、彼女の手がオスカーの頬を叩いた。
「……」
「……」
「リトルアライズを……悪く言わないで!」
オスカーは体を震わせていたが、立ち上がるとバケツを弾き飛ばして納屋から駆け出した。
「ど、どこに行くの!?」
「もー嫌だ! 何もかも嫌だ!!」
アンジェリカは走ったが、オスカーの脚に追いつけるはずもなく、納屋から出るとかなりの距離が開いていた。
そこで彼女は笛を用いて、番犬たちに異変を知らせた。
「止まれ、ノロオス!」
「とめないで!」
オスカーが突っ込むと番犬たちは慌てて道を空け、勢いのついたオスカーは牧場の出入り口に蹴りを見舞った。
「……扉が!?」
ワルガキトリオと狼たちは、あんぐりと口を開いたまま蹴破れらた門を眺めている。
「意外と速いじゃないか。ノロオスなんて言われてるけど……」
「感心してる場合か! 森には狼たちがいるんだぞ。馬……増しては仔馬なんてあっという間に餌食だ!」
皆さん初めまして! オスカーアライズです。
後から考えれば、1話はみっともないところばかりで恥ずかしいけど、応援してくれると、とてもうれしいな。これからがんばって強くなるから楽しみにしててね♪
あと、この下にある【ぶっくまーく】と【☆☆☆☆☆】から、作品の応援をお願いします。これからも、オスカー空をゆくを応援してください。
……これでいいんだよね、スィグさん?




