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天国の孫の手

作者: N(えぬ)

 街によくある雑貨を扱う店で「孫の手」が売り出された。

 むかしからよくある竹細工で加工したものとは少し違った。全体が樹脂製で色合いがいかにも人肌っぽい。触った感じもソフトタッチで、「本物の腕と見まごう」ほどではないけれど、それなりにリアル感がある。リアルだけれど、リアルすぎて嫌悪感を抱かせるほどでもない、ちょうどいい線を行ったできあがりに見えた。

 その「孫の手」は店の健康グッズのコーナーの一角を占めて売られた。

 売り場に、ひもで繋がれた「お試し品」が置かれていて、通りすがる客がちょっと触ってみる。触った客達は、見た目が少しリアルな「手」の様なだけで、機能的に特筆に値するものはないと思っていた。ところがそうでもないことが、使ってみるとすぐにわかる。「お試し品」のそばにも張り紙に、そんなようなことが書いてある。『ただの、孫の手だと思わないで!』

 売り文句に惹かれ、その孫の手を手にした人は、何人かに一人は声を上げる。柄を持って孫の手の先を自分の背中のかゆいところへ近づけると、孫の手の指が優しく動き出し、掻き始めるのだ。そこで「ああ、もうちょっと下」とか「少し左」とかいうと、孫の手の指先が巧みに動いて痒いところを探し当てて、ポリポリと掻いてくれるのだ。使った人、特に年寄りは、「やあ、これはいいわ」と感激し、しかも値段が安いからすぐにも買っていく。

 しかもこの孫の手は、機能は「痒いところを掻く」だけではない。そもそも商品名が「天国の孫の手」という。

 本人が手の届かない痒い場所を優しく的確に掻いてくれれば、それだけでも「天国」の名にふさわしい気もするが、この商品にはほかにも大きな特徴があった。

 「天国の孫の手」は、「右」と「左」があり、セットで買い求め、「孫の手」の根元で繋ぐことが出来るのだ。

 腕が2本になれば効率も2倍と言うことだが、こうして腕を繋ぐ意味はほかにもあった。肩を揉んでくれるのである。中がどういう構造になっているのかまるでわからないが、孫の手がしなやかに動き、肩を揉んでくれる。


 この「天国の孫の手」は売れに売れた。ほうぼうのネットのレビューで絶賛されたし、なにしろ値段が安いこともあった。「革命的な商品」として、もてはやされた。

 中には「本当の孫より優しく、いつまでも背中を掻いてくれるし、肩を揉んでくれる」という声も多かった。

「いくらやってもらっても、お小遣いを上げなくてもいいところが、いい」と言う声もあった。

 それでも「やっぱり、本物の孫にやってもらいたい」「これを使っていたら、一時の気休めにはなったけれど、しばらくしたら余計に孫の顔を見たくなった」

 そんな声も増えていった。

 ストレス軽減のためのアイテムが、新たに違うストレスを生み、孫を持つ人々を中心に広がっていった。

 その結果、「孫に会いたい」という鬱積した思いから、祖父母のほうから子供達家族の家を訪問したり、子供親子に里帰りを切望する人も増えていった。

 そういう祖父母の希望も、「今は、移動はあまりしたくない」とか「ネットでカメラ越しに見るだけで勘弁して」などの子らの反発を呼び、軽いストレスと呼べないような状態へとエスカレートしていったのだった。

 症状が重くなると、「祖父母にも孫に会う権利がある」と訴訟を起こしたり、逆に「子供達に祖父母に会う機会を多く与えると、自分たち親の教育方針と乖離してしまい問題だ。だから、不必要に合わせないか、今後は全く合わせないことを考えている」という家族も出てきた。「孫は誰のものか?」なんていう、考えなくてもわかるような問題も提起する人がいた。

 ただのありふれた道具の発展版は、多くの世の中に新たな遺恨のタネをまいてしまったように見えた。


 その「天国の孫の手」のブームも一段落した。

 樹脂の孫の手は、竹製などの自然な素材と違い、使い込むことで艶が出て渋い色合いになると言うことはなく、「手垢にまみれた感じ」がもろに出ていた。一見して汚らしい感じだ。それらの使い込まれた樹脂製孫の手は、ただ使っただけの汚れ以上に、なにか不気味などす黒さを呈していた。うっ血とか、打ち身とか、なにかそういう青黒い感じも、孫の手という腕全体に広がりつつあった。それに、それらは買ったときより少しぶよぶよとして太くなっていた。かわいい、包み込みたくなるような華奢な愛らしい手ではなくなっていた。

 そんな感じだから、背中を掻いたり肩を揉んだりするそういう用途では、未だそれなりの需要はあったが、人気という点ではすっかり地に落ち、「色も汚らしいし」と、ふだんは部屋の物陰に放り込んで仕舞われるようになっていた。


 ある月のない晩の深夜。家庭の部屋の隅で、もぞもぞと動くものがあった。

 使っていた人々の種々の愚痴を、鬱積した感情を一身に受けて蓄積し、その蓄積物を腕の中にため込み発散するしかなくなった「天国の孫の手」は、月の光がない夜の闇に一斉蜂起したのだった。

 樹脂製の薄汚れた孫の手は、闇を這いずりだし、指先で場所を確かめ、ズサズサと進んで、それを使っていた人々の首に輪掴みに手を掛けて、ゆっくりと絞めた。気づかないほどソフトに柔らかく、快感を覚える様な手つきで絞めたので、誰も絞められていることに気づかなかった。

 翌日、主に高齢者が布団の中で息を引き取っているのが大量に発見された。

 傍らに例の「天国の孫の手」が落ちていたが、それが原因で死んだというのは考えもされなかった。

 現場に残っていた「天国の孫の手」は、汚らしい色が抜けて、元のように、本物の孫の手のような愛らしい色と形をして柔らかく、握るとほんのりと暖かいらしかった。

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