4日目 異世界で三助見習はじめます
ひとまず、衣食住を得るために働きます。
午前中、というアバウト極まりない面接時間に悩んだ末、恐らく10時くらいだろう時間に風呂屋に向かった。一刻も早くこの世界の時刻法を覚えなくちゃならないな・・・
「すみませーん。ハロワ、じゃない、ハロジョだっけ?違うや、口入屋だ―――から紹介を受けて来ました、川端です―――じゃない、オトヤです。」
こっちの世界は苗字より名前。道案内さんの教え、ゼッタイ。
風呂屋、と聞いていたから日本風の銭湯をイメージしていたけれど、まあ、んなわきゃないわな・・・
石造りの古代ローマを思わせる大きな平屋。宴会場並みに広い蒸し風呂、浸かったまま飲み食いができる小ぶりな浴槽がいくつもあり、中庭付きで休憩所完備―――もはやちょっとした娯楽施設だ。蒸し風呂と浴槽は男湯と女湯が別になっていて、混浴文化はこの世界にはないらしい。中庭と休憩所は男女共用だ。先月引退したという元三助のお爺さんに案内されて到着したのは休憩所部分。けっこう広い。周りを見渡すと、浴衣風の服を着たおじさんたちがウロウロしていて、午前中というのに利用客は多い。赤い棒を腰に差しているヤツがいる。どうやら未来の商売敵が散髪やカッピングで小銭を稼いでいるみたいだ―――俺もちゃんと手に職つけていけるのかな・・・?薬湯を煎じている人もいるし、爪切りしている人もいる。薬湯の順番待ちをしている客は老婆で、爪を手入れされている客は妙齢の女性だ。しっとりとボディラインに張り付く浴衣がたまらん。この世界では基本的に個人宅に風呂は無く、こういう浴場に来ては蒸し風呂と休憩所を行き来するサウナスタイルが一般的で、日常よく見かける浴衣姿はこの世界では男女の欲望の対象にはならないらしい。俺からするとエロでしかないんだが―――あ、なるほど、日常の姿ってことは、制服姿やエプロン姿に欲情するかどうかってことと同じくらいの個人差ってことか・・・じゃあもう、女性側が安心しているだけで男側からしたらただのムッツリ案件じゃないか。異世界人の俺だけが特殊性癖なわけじゃないよな、これ?ちなみに、こちらの先輩三助さんは、肩を痛めて按摩ができなくなったから引退したそうだ。まあ、だからこそ求人が出てたんだろうけど。
三助爺さんがひょこひょこと奥へ引っ込んでいき―――代わって出てきたのは・・・誰だこのゴリゴリのマッチョメンは!!
「はーあい!キミね、ハロジョからの紹介で来てくれたのは!あらカワイイ!」
口入屋はハロジョって呼ばれてるんだね、フツーに。俺が言ってるだけじゃなかったんだね・・・
というか。上から下まで値踏みされるように―――というか、ねっとりじっとり嘗め回すように何周も見られているんだが・・・居心地悪い・・・
あと、声低っ!イケボ声優やれるよ・・・?
「ワタシがこの風呂屋の浴場主よん!」
バチンと音がしそうな力強いウインク。浴場主―――ってことはオーナーさんか。
「あら、瀉血棒持ってるの?っていうことは理髪外科医よねえ?なんで三助に応募したの?まあ、うちはもう出入りの子がいるから他の子には営業させれられないし、三助やる気があるんだったら構わないんだけど・・・」
いや、どんだけ視線を上下往復させるんだよ・・・っていうか、理髪外科医っていうクラスは就活においても不利なのか?好きで選んだんじゃないんだよ?
「サン・スーケ爺さんが見どころがありそうって言ってたけど・・・ふうん?カワイイ坊やだけど―――悩むわね~。」
元三助の爺さん、その名もサン・スーケだったんだね・・・そりゃ天職だわ。
「本当は女湯担当を探してたんだけど・・・ううーん・・・」
女湯で三助・・・これはムフフの展開の予感・・・!体を洗って、マッサージして・・・ヤバ、鼻血でそ。ていうか想像だけでもう下半身が―――最高の仕事だな、三助!
「でも、レディたちにサービスさせるには体つきも顔も若すぎるのよね~若い男の子はレディを喜ばせるアクセサリーだけど若すぎる男の子はちょっと―――むしろもうちょっと幼かったら需要もあったんだけど・・・ああ、中途半端だわ~。」
中途半端って言うな、中途半端って!悪かったな、若い燕にするにはガキすぎてショタのお姉さんに奉仕するには育ち過ぎてて!
「坊や、男湯担当ね!」
最悪の仕事だな、三助!
「そうと決まれば話は早いわ!ハロジョからの話じゃ三助は初めてよね?サン・スーケ爺さんが非常勤で来てくれているうちになんとかこの子を一人前にしなくちゃ!そうねえ、まず、修行前の今の腕前を見たいからまずはワタシの背中を流してもらおうかしら♡」
丸太のような腕でひょい、と持ち上げられる。強制連行だ。俺に拒否権はないらしい。ハロジョに行った時から薄々感じてはいたけど、職業選択の自由って俺にはないのか?
―――っていうか、給与とか休日とか説明してくれないの?この世界の雇用契約ってどうなってんの?
ボディビル選手権なら「よっ!冷蔵庫!」とか言われるんだろう見事な背筋に石鹸の泡(ちっとも泡だちゃあしない)をつけ、布で擦る―――いや、何やってんだ、俺。どうしてこうなった・・・?三助の面接なんて受けるんじゃなかった・・・異世界召喚ってもっとこう、チートでハーレムでムフフな展開なんじゃないのかよ・・・何が悲しくて俺はおっさんの背中を流しているんだ・・・
「ああん、もっとぉ。」
そしてこの筋肉達磨はなぜイケボで喘ぐんだ・・・心底怖いんだが。一刻も早くこの地獄を終わらせたい・・・!ええっと・・・背中を流して肩を揉んで―――背中全体を軽くマッサージすれば終われるんだよな、監修のサン・スーケ爺さんよ?
「いいわぁ、優しいと油断させておいてこの強引さ!器用そうだし、上達も早そうね。サン・スーケ爺さんのお眼鏡にかなっただけのことはあるわ!これは確かに逸材だわ!」
どうやら俺は、正式に採用されてしまったらしい。どう見てもショッキングピンクでしかない陽気な半被を手渡されたんだが、これが制服なんだろうか。似合う自信がない。
明日からサン爺さんによるしごきが始まるらしい。今日のところは男湯の常連さんに紹介されて放免された。
っていうかアレだな、見事におっさんしかいないんだが!まあ、若い男がいたところで地獄絵図に変わりはないんだが・・・俺、口入屋の受付嬢以外、この世界でおっさんと爺さんにしか知り合ってないんだけど、なんか呪いなの?異世界の友達とか作らせてくれないの?
#日記 4日目(帰還まであと1092日)
三助見習いになった。
なったけどさ、なんなんだよ、この絶賛おっさん健康ランドな仕事は!納得がいかない。大事なことだからもう一度。納得がいかない。
うさぎはいつの間にか魚売りとしてスカウトされたらしい。通りすがりに口の悪さが理想的なんだと口説かれたそうだ。まあ、中身はヤンキーキャラのDKだからな、お上品な口の利き方なんてしないだろう。この世界の魚好きはMなんだろうか?謎だ。毎日漁師のところへ行って魚を受け取り、町で振り売りをして上がりを8:2で分けるそうだ。まずはお試し期間ということで9:1の取り分で、と最初言われたらしいけれど、「あ゛あ?」の一睨みで即賃金アップしたそうだ。得意の喧嘩を見せてやったら取り分が逆転したんじゃないだろうか?
いいなあ魚売り・・・普通の仕事じゃん・・・俺なんて裸のおっさんを世話する仕事だぞ・・・どうしてこうなった・・・#
「魚売り女」には「がみがみ女」という意味があるときいて、ヤンキー気取っている一匹狼のうさぎ君にはちょうど良いかと・・・後悔はないです。