おれはいせかいにてんせいしました。
異世界転生開始です。ここから彼らの物語をお楽しみください。
****
遠く、水のせせらぎの音がした。
どうやら遠くで川が流れているらしい。
音を認識したことで、意識が覚醒したことが分かった。
大の字で仰向けに寝ている。
一瞬、視界が明るく光った。
「うわっ、まぶしい!」
その場から転がって退避した。
どうやら今の眩しさは、深く生い茂った木の葉の
隙間から陽光が差したようだった。
「あれ、ここどこだ?」
見知らぬ風景、見知らぬ土地。
時間は午前。明るい陽射しと肌に強く風が吹きつけている。
光に包まれる前の真夜中の自室ではない。
今、自分がいることはどこなのだろうか。
右を見ても木、左を見ても木。
そして周囲にはどうやら川が流れている様子。
どうやらここはどこかの森の中らしい。
どこかの山中なのだろうか。
近くを散策することにした。
無暗に探索したところでまた迷う可能性があるので、
川に沿って上流に歩いていく。
喉が渇けば水を飲めばいいし、上流までいけば山小屋か何かあるだろうと思った。
ケーンケーン、と鳥が鳴いていた。目元が赤い変な鳥だな...
しばらく歩くと川のほとりに民家があった。
しかし、どう見ても現代の建物ではない。
木と石で作られた家屋、はるか昔に建てられた家のようだった。
家の周りをぐるっと一周してみる。特に変な様子もない。
周囲には花が咲いており、花壇がいくつもあった。
また縁側からは生活の跡が見えた。
窓や扉が小綺麗な様子を見ると家主は几帳面なのかもしれない。
この家には誰かが住んでいるらしい。
「いてっ」
頭に何かぶつかった。
痛みに目を向けると看板が立っていた。
道路標識かと思っていたが違っていた。
看板にはカタカナで書かれていた。
『ヤサシイ オニノ イエデス ドウゾ オハイリクダサイ』
「おにの・・・いえ?」
俄かに信じられなかった。
現代日本で解明されている鬼。そんなものがいるはずもない。
いたとしてもそれは童話の中の話か創作物の中だけだろう。
それに鬼が優しいはずもない。
俺がもし鬼だったらこの看板を立てて、中に入った人間にいたずらするだろう。
そんなことを思っていた。
だが、頭の片隅ではこの山奥に飛び出す前のことを考えていた。
あの時は本を開いてここにやってきた。
それなら少しは本物の鬼に会える可能性あるのかな。
疑問だった。
しかし、ここ以外に自分の場所を知る術はなく。
とりあえず家主が帰ってくるのを待つことにした。
***
半刻が過ぎた。
待つのもちょっと飽きてきた。
踵を返して川の方へ戻ろうと振り返ったその時
「あーーー!なんか変な生き物が来てる!ンー....人間じゃないけどヨシ!」
悩む素振りを一瞬見せたかと思うとサムズアップしてきた。
変な生物とは失礼な。こっちは20年以上人間やってんだぞ。
てかヨシいうな。
声を上げたのは全身が赤い少女であった。
やや幼く可愛らしい顔と、それに不釣り合いな大きな体躯。
全身は血管が浮き出たかのように濃い体色。
黄色と黒の爬虫類を連想させる瞳。
そして頭部は長髪を両側に結んでおり、二本の円錐状の突起が生えていた。
それは少女体であることを除けば、漫画や童話でよく見る鬼そのものだった。
特に180cmを超える体躯と両腕に抱えた数十kgある水桶が彼女の異常さを物語っている。
「やー、マジで暇だったんだよね。時々、人間の子が来てくれるけどあたしが
鬼だからめったに来てくんない。チョーさみしくってさ!」
水桶を振り回しながら話しかけてくる。
フランクすぎるぞこの鬼。陽キャか。
「てかさアンタ、いったい何?この山のことだいたい何でも見たことあるし知ってるけど、
アンタみたいなの見たことないよ?」
「え、みるからに、にんげんですが」
それを聞いた鬼は一瞬戸惑ったあと、堪えきれずに腹を抱えて笑いだした。
「ぷっ...あははは、いやだってその見た目で人間って無理ありすぎない???顔洗いながらそこの川で
自分の顔見てきなよ」
鬼に言われたことは癪だったが、喉も渇いていたし自分のことを確認するために川へ向かった。
その川面に映っていたのは
「なんだこれ」
衝撃を受けた。
自分の顔とは似ても似つかぬ変なマスコット姿だった。
なんか等身が低い、ご当地キャラとして着ぐるみにいそう。
異世界転生が昨今のブームとは聞いてたけど、まさか自身がゆるキャラっぽい姿になるとは。
チートで強くなるどころか、戦闘能力なさそうな見た目してる。
スローライフの方が似合いそう。
「だろー。まさか気づいてなかったのか」
後ろから声をかけられた。
認識が間違っていたのは自分の方。
「あぁ、そうだ名前言ってなかったな。アタシの名前は"アカネ"よろしくな!」
笑顔で手を差し出してくる。その手を握ろうとするがちょっと手が届かない。
どうやら鬼の娘の名前はアカネというらしい。うん、覚えやすい。
「えと、名前は俺・・・」
自分の名前を言おうか逡巡した。
ここで名前を言っても良いものだろうかと。
だが名前を告げるより先にアカネが口を開いた。
「"オレ"って名前なのか、変な名前だな。よろしくな『オレ』!」
こうしてオレはアカネと出会い、物語のページが捲られる音がした。
< むかしむかしあるところに、俺がいました・・・・・・・ >
勘の良い諸兄は、この物語がなんのお話でどんな結末を迎えるかお分かりかもしれません。