あるときここに、俺はいました
はじめまして、執筆者のしもひかりと申します。
物書きとして初投稿です。
暇なときに私の小説を楽しんでいただければ幸いです。
喉の渇きで目が覚めた。
ゆっくりと覚醒していく頭と見慣れた天井。今日が何月何日なのか覚えてない。
頭の方に手を回し、スマホを探す。
電源を入れると少し眩しかったが、時計を探す方が面倒だ。
時間は23時40分。どうやら5時間ばかり寝ていたらしい。
台所まで歩いて飲み物を探す。
無い、寝る前に飲んだ緑茶が最後だったらしい。
仕方なく、近くのコンビニまで行くことにした。
スマホ、財布、家の鍵。それだけを持って街灯を頼りに歩く。
街灯には名もない虫が集まっていた。
夜の闇を避けて街灯に群がるもの。
それは本能故か、恐怖故か。
歩く
都会のネオンにはもう慣れた。
夜風は心地よく、心が少し楽になった。
歩く
普段ならこんな夜中に家を出ることは無い。
今日は少し疲れていたんだ。
歩く
帰ったら現実見ないと。
心身とも疲弊していたが、このまま逃げるわけにもいかない。
今日に逃げた罪は、明日は罰となって帰ってくる。
「いらっしゃいませー」
考え事をしていたらコンビニに着いていた。
柔和な笑顔の店員さんが、商品の品出しをしながら挨拶をしている。
決まりが悪いのでそそくさと買い物をすることにした。
水と緑茶のペットボトルをかごに入れ、レジへと動く。
飲み物を探している内に、有名小説が目の端に映った。
タイトルは実写映画化した作品だった気がする。
しかも新進気鋭の若手作家様。
不確かな記憶であったが、今の自分には関係なかった。
羨望も嫉妬も湧いてこない。
ただ少しだけ。
あれを書いた作家と俺、どこが違うのか知りたいと思った。
「ありがとうございましたー」
時間は深夜0時を回った。
コンビニを出る前にレジ横の缶コーヒーを買った。
このまま家に帰るのももったいない気がしたので、公園に寄り道をした。
真新しい鉄製のベンチに腰掛ける。
缶コーヒーのプルタブを捻りゴクリ、と一口。
頭が少し冴えてきた。少し落ち着きも取り戻せた。
冷静になった今、改めて確認したい現実があった。
それは一通のメール。件名は
「小説家企画の応募について」
形式的な文面にはたくさんの前置きと挨拶の後、
『厳正なる審査の結果、貴方の作品は不合格となりました』
そう綴られていた。
「やっぱ、現実は厳しいな。さてどうしようかね」
見る前から結果は分かってた。
この会社に作品を出すまでに4社に送ったのだ。
それらもすべて不合格。ならば残りの一社にかけてみようと考えたが御覧の有様。
ショックは前四社ほどではないが、最後の一つにまで選ばれなかった失望は大きい。
何もかも考えるのが嫌になったので不貞寝していたというわけで。
周りが就職し、中には結婚していく中でいつまで経っても俺はまだフリーターのままだった。
夢を追ったはいいものの、その日暮らしのアルバイトに漠然とした不安を抱えていた。
今でも友人はいる。困ったら助けるとも言ってくれている。
きっと俺は友人に恵まれていると思う。学生時代は一緒にバカやって、今でも普通に接してくれて。
だが、彼らとて暇なわけではない。
日中は働き、夜や休日は家族と過ごす。
そんな生活を送っているのだ。俺に無縁のそんな生活。
正直。誰もいない、将来もない。そんな自分の部屋に帰るのが怖かった。
寝る前にどうかこのまま覚めない夢に浸らせてください、と神様に願ったが
都合の良いことは起きないらしい。
気づけばコーヒーは既に空になっていた。
ベンチから立ち上がり、缶を投げる。缶は縁に当たり、ゴミ箱から弾かれてしまった。
ゴミ箱の中は甘味系の清涼飲料水ばかりだった。
あらためて缶を拾い上げてゴミ箱へ入れる。
「さて、帰るか」
帰り道、街灯に群がっていた虫が死んでいた。
名前も知らない、世間のためにならない灯りに群がる虫。
気づかなければ、その死さえ悼まれない五分の魂。
だがその虫が死んだところで、世界は無常に今日も周り続ける。
曇天。今にも雨が降り出しそうだった。
***
帰りの道すがら、昔のことを思い出して感傷に耽っていた。
故郷の田舎では野山を走り回る子供だったこと、
子供の頃は弱きを助け、強きを挫くヒーローになりたかったこと
学生の頃はほどほどに勉強して、ほどほどに部活をしていたこと。
いつしか小説家を夢見て上京し、希望に満ちていたこと。
そしてこんなもんかと思って絶望していたことも。
あぁ、あと一つだけ覚えている記憶
「ばぁちゃんに絵本読んでもらってたっけ」
なぜそれを今、思い出したのか分からない。
それでも心に残っている記憶。
あの頃は童話の世界に夢中になって本気で怒ったり、
泣いたりしてた。今思えば、とても幼稚だと思うがあの頃は
今ほど擦れていなかった。感受性が豊かだったのだろう。
家に着いた。
誰もいない部屋に光が灯る。
灯りをつけると地面には散乱した紙とペン、
ちゃぶ台の上に『〆切まであと3日!』と書いたまま日付が捲られていないカレンダー
机の上には大量の栄養ドリンクと電源ついたままのパソコン、流行の廃れたゲーム機。
どうにか足場を探して机まで歩き、パソコンの電源を落とす。
今日も今日とて変わり映えのしない一日。
刻一刻と迫るタイムリミットに怯えて暮らす毎日に嫌気が差していた。
夢は叶わないからこそ夢なのだ。そんなことを自分に言い聞かせて。
だから最後に感傷に浸ることを許してほしい。
明日からもう夢を見ないから。現実だけを見ていくから。
寝る前に本棚の戸を開く。
小説を書く勉強に、と買った流行りの少年漫画。
その下にあるのは嘗て夢見た変身ヒーローのフィギュア
ヒーローの名は『マスクドブレイヴァー』
もう何年も掃除していないせいで埃を被ってたが、胸に輝く緋色の輝きは失われていなかった。
さらにその下。何冊もの絵本。
我ながら子供っぽい趣味だとは思うが、なぜだか気が向いた時は童話の絵本を買っていた。
特別好きだった訳ではないが、なぜだか買わないといけない気がして。
気づけば本棚の一列を埋めるほどの量になっていた。
その中にたった一つ、変な本を見つけた。
手に取ってみる。
表紙の無い真っ白な絵本。
大きさこそ他の絵本と変わらないものの、この本だけ特別に重い。
ページを捲る。
するとカッ、と強く輝いた後、本から七色の光が放出された。
光を浴びると体が粒子となって本に吸い込まれていくのが分かった。
意識が光に包まれる中、何かが始まる予感がした。
これは主人公(現代)のお話です。次回から投稿するお話は異世界(童話)になります。
楽しい冒険譚を書こうと思っておりますが、同時に書きたいものを書いていこうと思います。
応援よろしくお願いします。