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7、入浴

 いよいよ、これからどうするかを決めなくてはならない。

 再びソファに戻ってきたグレースは、天を仰いだ。


 アルフレッドはというと、やらなくていいというのに「こうしないと何か落ち着きませんので」と言って食器洗いをしている。

 もし明日殺されてしまうのだとしたら、それはまったく意味のないことだ。

 でも、そこがとても彼らしいと思った。


 とにかくなんでも真面目で努力家なのだ。そこがとても好ましいとグレースは思――。


「ん? わたくし、いったい何を……」

「お待たせいたしました、お嬢様」

「ふわあああっ!」


 突然近くにやってきたので、グレースは自分でも意図しない叫び声をあげてしまう。

 淑女じゃない。全然淑女じゃない。

 恥ずかしさと自己嫌悪で、グレースはどこか隠れられる場所があるなら今すぐ隠れたいと思ってしまった。


「す、すみません……。驚かせてしまいましたか」

「い、いえ、気にしないで。アルフレッド」

「本当に、申し訳ございません。ご勘案中でいらっしゃったようですね」

「ええ、まあ……そんなところ」


 アルフレッドはひどく申し訳なさそうに腰を折り、そのままグレースの向かいのソファに座った。


「それで、これからどうされるのですか」

「えっ?」

「ああ、いえ、あの大きな決断の方ではなく……ひとまず湯あみなど……どうされるのかと、そうお聞きしたかったので……」

「あ、ええ、なるほど!」


 グレースはそう言うと、さっそく立ち上がった。

 そうだ、お風呂に入ることでまずは決断を先送りにできる。


「じゃ、じゃあ、お先にいただくわね。というか、お風呂って沸いているの?」

「はい。先ほど料理に取り掛かる前に準備しておきました。我が国と似たような構造で助かりました」

「そう。本当にアルフレッドは有能ね!」

「……っ」


 今度は口元を隠す間もなく、瞬時に顔が真っ赤になる。

 グレースはそんなアルフレッドからとっさに顔をそむけて、謝った。


「あ、ご、ごめんなさい。でも……本当のことよ。いい仕事をしてくれた方にはわたくし、屋敷にいた時からよく……」

「存じております。他の使用人たちから、お嬢様によくお褒めいただいていると……聞いておりましたので」

「そ、そう」

「はい……」


 グレースはよくわからない胸の疼きに混乱しながら、そのままくるりと踵を返した。


「じゃ、じゃあ行くわね」

「ええ、お嬢様。行ってらっしゃいませ」


 背中に、アルフレッドの強い視線を感じる。

 でも、その視線を受け止めきれなくて、グレースは走り出した。




「はあ……」


 湯船につかりながら、深い深いため息をつく。


 本当にさっきからおかしいことばかりだ。

 牢屋にいた時と、ほぼ変わらない環境のはずなのに。

 どうしてこんなにも心がもやもやしているのだろう。


「今もこの壁の向こうで、あの買主が見ているのよね……」


 湯船のすぐ隣にも、不透明なあのガラスの壁があった。

 自分の裸を見られていると思うと不愉快極まりなかったが、それでもこちらからはその視線をいっさい感じ取れないので少し安心する。


 しかし、それより気になるのはアルフレッドの視線の方だった。

 さっきはどうしてあんなに気になったのだろう。


 ふと、グレースはアルフレッドのあの伸びきった無精ひげを思い出した。

 スープを飲むのにさっきは少し、邪魔そうだったわね。あのひげは触ったらちくちくするのかしら。もしあの口と、キスをすることになったら……?


「なっ、わたくし何を考えてるのっ!?」


 ばしゃんと思わず顔を水面につける。

 なんで、なんで、どうして!?

 買主にあんな命令をされて、感化されてしまったのだろうか。

 こんなはしたないことを想像するようになるなんて。まるで自分が汚らわしい存在になり下がってしまったみたいで、グレースはショックを受ける。


「(違うわ、わたくしはあんな変態じゃない!)」


 お湯の中でぶくぶくとそう叫んでいると、廊下から荒々しい足音がして、風呂場の扉がこじ開けられた。


「お嬢様! お嬢様っ!」

「ぶく? ぶくぶくっ?」


 それはグレースが溺れてしまったのかと慌てて入ってきたアルフレッドだった。

 脇を抱えられ、水面から頭を引き上げられる。


「大丈夫ですか、お嬢様。しっかりしてください!」

「あ、アルフレッド……?」

「ああ、やはり、まだ今の状態でお風呂をお勧めするのはよくありませんでした。疲れてらっしゃったら、こういうことも十分ありえるのに。申し訳ございません。私がいたらぬばかりに」

「いえ、あの……」


 意識が戻ったのを確認し終えたアルフレッドは、グレースから離れると、洗い場の床の上で土下座しはじめた。


「申し訳……申し訳ございませんでした」


 グレースはそんなことよりも、脇とはいえ素肌を直接触れられたり、裸を見られたことにひどく動揺してしまう。


「あ、アルフレッド……? わたくし、ただ顔を水面につけていただけだったのよ。だからその……もう大丈夫。もう、いいから!」

「え?」

「は、恥ずかしいから、少し外に出ていてくださる? お願い……」

「あっ、し、失礼いたしましたっ!」


 言うが早いか、すぐにアルフレッドは立ち去った。

 今度こそ、胸の奥が変だ。

 こんなにも、こんなにも自分の心臓は速く鼓動していただろうか。


 グレースはのぼせてしまう前に、風呂からあがることにした。


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