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3、奴隷商人

「よう、公爵令嬢様。処刑される寸前の気分はどうだ?」

「……誰ですか、あなたは」


 さらに翌日――。

 見知らぬ人間がグレースとアルフレッドのいる檻にやってきた。


 この牢に閉じ込められてからというもの、自分たちの顔を直接見にきた者は、看守を除いてはこれがはじめてだった。


 警戒しつつ、グレースは話をするために鉄格子の方へと近づく。


「大罪人の娘と、その使用人にいったい何の用です?」

「まあまあ、そう怒らねえで聞いてくれ。俺はしがない奴隷商人。名乗るほどのモンじゃねえが……今日はとってもいい話を持ってきたんだぜ?」

「いい話……」

「ああ、あんただけじゃなくて、そっちにいる使用人の男にも関係する話だ」

「……」


 グレースの背後には、今日も下男のアルフレッドがいる。

 アルフレッド・サマー。

 グレースが十になったころから家に仕えている古参の使用人だ。アルフレッドはちらりと横目で商人を見たが、すぐにまた壁の一点を見つめる作業に戻ってしまった。


 グレースはそんなアルフレッドを寂しげに見つめた後、奴隷商人に向き直る。


「あなたが何者なのかはだいたいわかりました。それで? わたくしたち二人に関係する話というのはどういったお話なんですの? さっそくお聞きしてもよろしいかしら」

「かーっ、『よろしいかしら』ときたもんだ。さっすが公爵令嬢様はお上品でいらっしゃるねえ」

「からかいに来られただけなら、とっととお帰りください。お出口はあちらです」


 そう言って、グレースは廊下の奥を片手で指し示した。

 商人は慌てふためく。


「あっ、いや、すまねえ! 茶化すつもりなんて、なかった。どうも普段聞き慣れない言葉を聞くと、背中がムズムズしちまってよ……」


 商人は非礼をわびると、困ったように頭をかいた。

 そして――。

 淡々と語りだす。

 

「……まず、あんたら二人は昨晩、奴隷として競売にかけられた」

「は? 競売?」

「ああ。そしてその結果、無事に買い手が付いた。あんたらはこれからその買主の元に移送することになっている。わかったか?」


 グレースはしばし考えた後、眉間をもみほぐしながら言った。


「……ええと、わたくしたちは、たしか二日後に処刑される予定だったはずですが」


 看守を見ると、大きくうなづいている。

 どうやらこれは看守も聞いていなかった話のようだ。


「一度刑が確定した者を奴隷として売った? しかもそれを、不特定多数の者に知られるような方法で? ……ありえません。こんなことが白日の下にさらされたら、ただじゃすみませんよ。あなただけじゃない。買った者も、奴隷として横流ししようとした者も、すべて――」

「まあまあ、いいじゃねえか。細けぇことはよ!」


 グレースの言葉をさえぎって、商人はニカッとした悪い笑みを浮かべる。


「あんたらは処刑されるはずだったのが無しになるんだ。助かることを喜びこそすれ、俺たちに説教するなんざ、野暮ってもんだぜ?」

「ですが……」

「別にこれで万事安泰ってわけじゃねえ。移送する途中でバレたら、全部元の木阿弥だ。だから、無事に逃げ延びられることだけを考えな」

「……」


 不可解すぎる。

 ここまで手を回されたこともそうだが、何よりいったいどこの誰がこんなことを計画したのか。

 実行できるとしたら、一部の限られた高位の者たちだけだ。

 でなければ危ない橋すぎて、命の危険すらあり得る。


 もしかして、父を陥れた者たちだろうか。

 無実の人間を殺してしまったと、良心の呵責に耐えかねて、その娘と使用人だけは助けようとした?


 いや、たとえそうだとして、こんなことをしていったいなんの利点があるのかわからない。

 そもそもこんなことをするなら、最初から父を陥れなければ良かったのだ。

 法を捻じ曲げるようなことまでして、自分たちを助けようとした理由とは――。


「いえ、やめましょう」


 グレースは商人に言われた通り、これ以上あれこれと考えるのをやめた。

 たしかに、今は自分たちの行く末を案じる時。


「一つお聞きします」

「あん?」

「そのお話、お断りすることもできるのでしょうか」


 ニンマリとした笑みを浮かべたまま、奴隷商人は言った。


「あんたら、このまま処刑されたいって言うのかい? 変わってるねえ。まあ、それならそれで俺は帰るだけだぜ」

「……」


 なるほど。合点がいった。

 これは最後の『慈悲』なのだ。


 誰かわからないが、グレースたちだけでも助けようという力が働いている。

 そしてそれは自分たちが協力しなければ叶わない。


 千載一遇の、チャンス。


 この話に乗ってここから脱出することができれば、いつか両親の仇に復讐できるかもしれない。

 売られた先でこれより過酷な運命が待ち受けている可能性もなくはない。だが、ここでむざむざと殺されてしまうよりはずっといい。

 なにより、自分一人ではなく――アルフレッドという使用人の命もかかってるのだ。


 グレースは決心した。


「わかりました。そのお話、お受けします。わたくしたちをここから連れ出してください」

「フフッ、そうこなくっちゃな」


 商人は看守に小金を渡すと、グレースとアルフレッドを解放させた。

 そして、裏口に停めてあった荷馬車の中に二人を押し込めると、その前後左右を幌で厳重に覆ったのだった。

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